「クリフト、今時間ある?ちょっと部屋入ってもいいかな」

次の日の夜。
いいですよ、と微笑みながら部屋へと促すクリフトの顔を見た瞬間、 僕は自分で自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。
わくわくもしてたし、ドキドキもしていた。どんな顔をしてくれるんだろう、そんなことばかり考えていた。
昨日の夜、それから手袋を選んでた時間、ずっと思い浮かべてたのはクリフトの笑った顔だった。
持ち金ほとんど全部使い果たしたけど、そんなことはどうでもいいんだ。
……ほんのちょっとだけでも笑ってくれたら、喜んでくれたら。それだけでいいんだ。


「それで、話って何ですか?」
二人分の紅茶をカップに注ぎながらクリフトが尋ねた。ハーブの香りがふわりと鼻を掠める。
「うん。あのさ……」
湯気の向こうに見える顔を眺めながら、隠していた手袋を目の前に差し出すと、クリフトは少し戸惑ったような顔をしながら僕と手袋を交互に眺めた。
「……これ、使って」
「…え…?」
「昨日縫ってた手袋、もうボロボロだったでしょ。 だからクリフトに似合いそうな新しいやつ買ってきたんだ。
前のよりも薄手だけどすごく手に馴染むし、きっと使いやすいと思うよ」
「……ユーリルさん。ですが、これ……」
「あ、皆のお金には手ぇつけてないから心配しないで」
その言葉に逆に申し訳なさそうな顔をしながら、それでもクリフトは微笑んでくれた。
差し出した手の先をじっと見つめ、それから僕のほうを見て笑顔を作る。
「…ありがとうございます。嬉しいです…とても。……これ、大切にしますね」
「本当!?」
手袋を受け取りながら見せてくれた笑った顔に、胸が熱くなった。
それと同時にほっとした。受け取ってくれてよかった。喜んでくれてよかった。
クリフトが笑ってくれた。ありがとうって言ってくれた。それだけで張り裂けそうなくらい胸がいっぱいになる。
「よかった、気に入ってもらえたみたいで。
……あ、そうだ。新しいやつ買ったし、これボロボロだし、もう捨てちゃっても……」
「―――だ、駄目です!それはっ」
ふと目に入ったのはあの縫い跡だらけの手袋だった。
新しいのを買ったんだから、そう思ってそれを捨てようとした途端、さっきとは全く違うクリフトの声が響く。
意外な言葉に、何で、と尋ねようとした瞬間見えた彼の顔は声と同じで酷く慌てていた。
血相を変えて僕の手にある古い手袋に手を伸ばすクリフトの、まるで独り言のような声が、小さいけれど確かに僕の耳に届いた。
小さくても確かに、はっきりと。

「それは…、それは姫様の―――」

言葉はそこまでだった。
途切れた声の後で、しまったとばかりに咄嗟に口を塞いで僕を見るクリフトの顔は、血の気が引いていくようにも見えた。
だけどもう遅い。確かに聞こえた。今……


「……姫…様……」
重く響いたその言葉だけを無意識に繰り返す。
繰り返した響きがまた胸の奥を深く抉った。
姫様。
……クリフトの大事な人の名前。
一番聞きたくなかった名前。
…きっと僕なんかよりもずっと、大事な人の。



そうか。……そうだったんだ。


「………姫様の…好きな人のくれた物だから捨てられないんだ」
少しの間沈黙が流れ、それを破った声にクリフトがはっとなって僕の方を見た。
「違っ…!」
「違わないだろ」
慌てて否定しようとするクリフトの言葉を思わず遮った。
数段トーンの落ちた声に怯んだのか、クリフトはぐっと言葉に詰まった。そしてまた重い沈黙が流れる。
さっきまであった、あの温かい気持ちが嘘のように消えていくのを感じた。
そして、代わりに込み上げてきたのはどうしようもないくらいの怒りだった。
こんな時でもクリフトはアリーナのことしか考えてなかった。
昨日僕の声が聞こえなくなるくらい必死になって手袋を繕ってたのは、それだけあの手袋が大事だからだったんだ。
……大好きなアリーナのくれた、大事なものだったから。
「……嬉しいなんて嘘だ。大事にしますだなんて、何でそんな嘘言うんだよ。
…最初ちょっと困ったような顔したのは、これを貰ってもアリーナに貰った手袋があるから……だから本当は迷惑だったんだよな?
だったらそうやって言えばいいだろ、迷惑だって!何であんな嘘つくんだよ!
そんなんで喜んでもらったって嬉しくも何ともない!!」
本当のことを言ってくれたほうがまだよかった。
あんな嘘で喜んで、舞い上がって……僕一人バカみたいだ。
もしかしたら、僕のことを傷つけないようにっていうクリフトなりの優しさだったのかもしれない。
……だけど時にその優しさが何より残酷だっていうことを、どうしてわかってくれないんだろう。
悔しくて苦しくて、涙が溢れそうになる。
「違うんですっ、ユーリルさん、話を……」
「―――もういい!!」
怒りに任せてそう叫ぶと、クリフトの手に握られたままの手袋を強引に奪い取る。
声が震えそうになるのを抑えながら、真っ直ぐにクリフトを見据えて静かに呟いた。
「……これは僕が使う。………僕がクリフトに使ってあげるよ」
握り締めた手に力を込め、クリフトの顔を見上げる。
その時怒りでも悲しみでもない、不気味なくらい静かな気持ちが自分の中にあるのがはっきりとわかった。
口元に僅かに笑顔を浮かべながら、でもその時の僕の瞳は多分、笑っていなかったと思う。




「―――何するんですか、やっ……ユーリルさんっ!やめて……!」

自分よりも腕力のないクリフトを押さえ込むのはそう難しくはなかった。
いつもなら鋭く響くはずの悲鳴のような声も、今日は遠くでかすかに聞こえる音でしかない。
ためらいなく言葉を無視して服を全て剥ぎ取ると、両腕を縛り上げてベッドに括り付けて自由を奪う。
放り投げた服がパサリと床に落ちる音に、嫌な予感を感じ取ったのかもしれない。
床に放られた自分の服と見下ろす僕の顔を交互に見ると、クリフトはどこか怯えたような声で静かに言った。
「『僕が使う』って……一体何するつもりなんですか」
縛り上げた腕に力を込めて身体を捩ろうとする度、ぎしぎしときしむような音が響く。
身動きが取れないせいか、それとも僕の瞳が笑っていないのに気付いたのか、クリフトは不安そうな顔をしながら僕を見上げた。
精一杯冷静であろうとしながら、でもその目は僕を映して怯えている。
表面だけの微笑みを返すとますます不安げな表情をして身体を竦ませた。
「……ユーリルさんっ…」
クリフトの言葉には答えずに、僕は脇のテーブルに置いてあった、自分の買った手袋を両手にはめた。
手袋を指先まで馴染ませるように、何度か指を曲げてみる。皮がしんなり指に馴染む感触に、一瞬ちくんと胸が痛んだ。
……あの時はまさか自分でこれをすることになるなんて思わなかったな。
『それは姫様の…――』
不意に頭にあのときのクリフトの声が蘇る。
……姫様の、何だよ。何なんだよ。
結局クリフトはどんな時でもアリーナなんだ。
僕がどんなことをしても、きっとクリフトには届かない。
……どれだけクリフトのことを想っても、きっと。
クリフトに使ってもらうはずだった手袋で自分の両手を覆い、僕は無言のままクリフトを見下ろした。
「……ユーリルさん…、まさか」
見下ろした先から声が聞こえる。その後もう一度名前を呼ぶ声。
それにも答えないまま、僕はベッドの上に乗り上げた。 クリフトを見下ろしながら手袋をしたままの指で、薄い色をした胸の、その先端を摘み上げる。
「―――んっ…!」
ぎゅっと力を込めて摘んでやると、すぐにそこは紅く腫れあがった。
それと同時にぴくんと反応する身体に、どこか身体の奥からゾクゾクと震えが起こる。
自然と口元を綻ばせながら、焦らすように周りをなぞるとそのまま固く尖った先端を指先で捏ね繰り回した。
怯えながらも強張った表情はすぐに甘く蕩け、見上げる瞳に滲み始めたのは紛れもなく快楽の色だった。
抵抗することも顔を隠すこともできず、せめて声だけは出さないようにと唇を結んで声を殺す。それが精一杯の抵抗だった。
「………ふっ、…く……」
「ここ、こうされるの好きでしょ。……素手と違って、どうかな、こういうの」
紅く色づいた胸の飾りを優しく撫でるようにしながら、穏やかな声でそう尋ねる。
敏感な先端を弄られて僅かに息を乱しながら、クリフトはその質問に恐る恐る口を開いた。
「…ご……ごわごわ、します……」
「………そう」
「―――あっ…!……っく、……やっ…」
にっこり笑いかけると、胸を撫でていた手でもう一度乳首をぎゅっと摘み上げ、今度は更にもう片方のそれを口に含んだ。
自分でも不気味なくらいの笑顔を作りながら、心の中では笑ってなんていなかった。
ただ煮えくり返りそうな感情を笑顔の中に封じてただけ。…それだけのこと。
クリフトが何て答えようと、そんなの本当はどうでもよかったんだ。
「んっ、あ、やめ……」
唇を寄せて、固くなった突起を吸い上げて、尖った舌の先端でそれを転がす。
わざと音を立てて吸い上げると、嫌だと言わんばかりにその白い喉を仰け反らせた。
執拗な胸の愛撫に身体を小さく波打たせ、どんなに抵抗してもそれと一緒に零れる吐息は酷く甘い。
ごわごわすると眉を歪ませながら言っていても、下半身に目を遣れば早くもそれは反応し始めていた。
言葉と裏腹に堕ちていく身体に満足感を覚えながら、手袋をした指先と舌で更にその身体に快楽を刻み込む。
もっと感じればいい。もっと喘げばいい。
……もっと、僕の動きに溺れればいいんだ。
残酷な考えだけがどんどん膨れ上がる。気がつかないうちにそれは僕の心を支配し始めていた。

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