手袋越しでもわかる程に勃ち上がった胸の突起を容赦なく責め続けた。嫌だという言葉も全部、聞こえないふりをしながら。
無防備な姿を晒し続ける肌は次第に熱を持ち始め、うっすらと汗を滲ませる。
例えそれがクリフトの意思に反していても、元々感度のいい身体はすぐに快感に溺れて熟れていった。
指で揉むように摘み上げ捏ね回す。もう片方は口に含んで吸い上げ、舌で嬲る。
「……ぁっ……痛……」
「…痛い?」
ふと耳に入った声に唇を離すと、呼吸と共に上下する胸と、赤くなった肌が目に映った。
指で何度も弄った場所。多分、手袋の布で肌が擦れたんだろう。
「……ああ。肌、赤くなってるね。擦れちゃったか」
赤くなった箇所をもう一度ゆっくり撫でて、クリフトの身体から一旦身体を離す。
それを目で追いながら、クリフトは僕に向かってぎこちなく微笑んだ。
「……ユーリルさん。もう、やめましょう。こんなこと……ね……?」
「やだよ。やめない」
……何もわからないくせに。
まるでなだめるような台詞が余計僕を苛立たせる。
顔を見下ろしながら言葉を突っぱねて視線を外すと、ふとさっき飲みかけていた紅茶のカップが目に入った。
手にとって軽く揺らしてみても湯気は立たず、肌に近づけても熱は感じられない。
考えてみたら、僕が部屋に来てからもう結構時間も経っている。中身ももう冷め切っているんだろう。
「……そうだ。これでいいや」
独り言と一緒に、僕はカップの中身をテーブルの上に全て零した。
そこに両手を浸して、手袋を濡らす。滴った雫はぽたぽたと音をたてながら床を濡らしていった。
「何をっ…ユーリルさん!?」
「布の摩擦で肌、擦れちゃったんだよね。けどこうすればもう大丈夫だよね」
「……なっ…」
自分の手とその向こうのクリフトを眺めながらもう一度ベッドの前に立つと、身動きの取れないままの彼を見下ろして僕は口元だけで笑った。
「これでいいでしょ?……クリフト」
「……ユ…っ、ん…」
ぎしり、と自分の体重がベッドに圧し掛かるのとほとんど同時に、腕を縛り上げたままのクリフトの唇を塞ぎ、それから脚を開かせた。
大きく開いた脚の間に濡れた手袋をしたままの手をやると、愛撫に張り詰めた性器に触れてそれを掌で包み込む。
「――…っんッ…!」
口付けを交わす、というよりは唇を塞がれながら与えられた刺激に背中を反らせる。
閉じようとする脚を半ば無理矢理押し広げて、勃ち上がったそれを湿った手袋で撫で上げると、びくびくと身体が震えた。
吐息のひとつも零さないように唇を押し付け塞ぐ。抵抗の言葉すらその中に吸い込まれて、篭った声だけがそこに残った。
「……ん、ふっ……んんっ…」
握りこんだクリフト自身を、唇は解放しないまま何度も上下に扱く。
首筋を舌で舐め上げ、耳たぶを甘く噛んで中に舌を這わせると抵抗する力も抜けていく。ただ小刻みに身体を震わせて、荒い呼吸を繰り返した。
「…ふ、あっ………ぁ…」
先端から染み出た雫が手の動きを促し、卑猥な音が響き渡る。
表情や声も次第に艶めかしく潤んで、自身を愛撫する手は限界を訴える雫で更に濡れていく。
「早いね。もうこんなになってる。……もう限界かな」
「………ユーリル…さん…」
「そんな顔しないでも、ちゃんと望み叶えてあげるって」
「…え……?」
戸惑うクリフトににっこりと笑いかける。 望みって、と言いかける唇を無視して、開かれた脚の間に再び手を伸ばした。
ただし今度は後ろ…つまりクリフトが僕を受け入れる場所に。
まだ乾いて固く閉じたままの入り口に指を宛がい、その窪んだ部分を指先で確かめるようになぞる。
「……!!」
途端に表情が引き攣ったかと思うと、みるみるクリフトの顔から血の気が引いていく。
それは望み、の意味と自分に向けられた笑顔の裏、それを一気に理解した証だった。
そのことに気づきながらも指先で入り口を弄り、強張る表情にも構わず指先にぐっと力を込める。
「や、嫌だっ!やめて…!」
「……ッ、ちょっ…」
「やめて下さい、嫌です、こんなのっ…!」
指で蕾をなぞられると、半ば予想通りの言葉と共に必死で抵抗を始めた。
自由にならない身体で、それでも僕の手の中から逃れようともがく。
身体を捩って、足をばたつかせて。
本気で、心の底から嫌がっていることは明らかだった。
いつもの自分だったらこんなことをされようものならそこで止めてしまうに違いない。
だけど今はそんなことができるはずもなく、暴れる身体を押さえ込むと、中に強引に指を進めようと力を込めた。
自分の中を流れる血が、どくどくと熱くなっていくような気がした。
自分で自分を抑えられない。
「――…ッ…!」
苦痛に顔を歪めるクリフトに一瞬は怯んだものの、やめようとは思えなかった。
けれど素手とは違って厚みのある手袋をしているせいか、クリフトの言葉通り、今のままだときっと一本指を受け入れさせるのも難しいだろう。
僅かに涙の滲んだ瞳と、苦しげに呻く声がそれを証明していた。
「……やっぱキツいか」
一旦指を止めて反対側の手でポケットを探り、小さな瓶を取り出して栓を抜く。いつも使う潤滑油だ。
暴いた秘所にそれを全て流し、瓶を放り投げてから指で具合を確かめる。
止めない、という意思表示でもあるその行為に、クリフトは顔を背けて唇を噛んだ。自分には止められないと、もしかしたら心の中で悟ったのかもしれない。
「今度は大丈夫そうだね。…入れるよ」
「……う…」
手袋をしたままの指をゆっくりと差し入れると、一瞬苦しそうな声を上げたものの潤滑油のおかげで幾分滑りのよくなったそこは、今度はさっきより随分スムーズに僕の指を飲み込んでいった。
それでも指を奥へと進めて行くにつれ、クリフトは苦しそうに眉根を寄せた。けれど構わず更に一本指を増やす。
「……あ…っ……」
苦しそうな声の中に、快感に悶える声が確かに混じる。それを確かめて指を更に奥へと沈めていった。
「…ほら、二本入った」
「……っ、やめて……こんなっ……」
強引に事を進められ、泣き声にも近くなった声でまるで訴えるように言うクリフトの声も、今はただ僕を煽るに過ぎない。
全てが僕の嗜虐心に火をつける。
喘ぐ声、涙を浮かべた瞳、汗ばんだ肌。
何よりベッドの上で身体を拘束されて、脚を大きく開かされ身悶える様は、僕の目にこの上なく妖しく映った。
「やめない、って言ったよね。………動かしてあげるよ」
「…や、……ぁっ…」
片方の手で、変わらず張り詰めたままのクリフト自身に触れて握りこむ。
快楽の渦に呑まれながら、それでも嫌だと身を捩ろうとする彼の瞳は濡れていた。
強姦まがいのこの行為に泣いているのか…それとも、押し寄せる快感の波に必死に耐えようとしているのか。
そんなことを気に留める余裕もないまま、挿入した指と一緒に前と後ろと同時に刺激を加えようとすると、涙を溜めた瞳を薄く開いて、クリフトは何かを訴えかけるような目で僕を見上げた。
「………です…」
「……え?」
「……手袋…は………手袋は嫌…です……」
「…………………」
「………外してほしい?」
絞り出すような声にクリフトは小さく頷いた。ふっと声を漏らして笑った後、彼の瞳を真っ直ぐ見据える。
「…だーめ」
「………やっ…、…お願…っ……ッあぁっ…!」
濡れた性器の先端を指でぐりぐりと撫で回し、入れた指で中をかき回す。
外してほしいと言われた手袋をしたままの指先には限界の近いことを訴える透明な液体が絡み、皮肉にもそれが行為をスムーズに進めるための潤滑油になった。
クリフトの喘ぐ声と、跳ねる背がきしませるベッドの音、それから淫らな水音が二人きりの部屋を満たす。
「……いや……手袋…っ…、……あ、あぁっ」
前立腺を何度も擦りながら、強弱をつけて前も扱く。 切羽詰った声が耳を掠めても構わず攻め続けた。
痛い程尖った乳首を舌で転がして、手袋をしたまま下半身を苛め抜く。
「――っ、も、もうっ」
吐息に混じった途切れ途切れの言葉の後、びくびくと身体を震わせたかと思うと、白濁の液体が僕の掌を―――いや、掌を覆っている手袋を汚した。
絶頂を迎えた後の脱力感の中で、何の言葉もなく肩で息をするクリフトを見下ろしながら、僕もまた何も言わないまま後ろに入れた指をゆっくり引き抜いた。
二人とも口を開くことのないまま、しばらくの間部屋の中には沈黙が重く垂れ込め、静寂と共に時間が流れていった。
体中の力が抜けてしまったのか、まだぐったりしているクリフトの腕の拘束を、何も言わずに解放する。
それから手袋を外してクリフトの脇に投げ捨てると、伏せられていた彼の瞳はゆっくりとその視線を手袋に移し、そして僕の顔を見上げた。

「……ユーリルさ…――」

部屋を包む沈黙を破ったのはクリフトの声だった。けれど呟いた名前はそこで途切れた。
言葉を失ったままクリフトは僕を見つめる。そして、僕の視界はゆらりと波を打った。
「………僕は…アリーナが好きなクリフトが大嫌いだ」
自分の声が震えているのがわかった。見下ろした床に雫が落ちてそこに染みを作る。
どんなに唇を噛んでも涙が溢れて止まらない。……今の自分はどれだけみっともないんだろう。
動くことないクリフトの視線が痛くて、僕はそれだけ言うと彼に背を向けた。
「……アリーナが羨ましい」
「………え…」
「アリーナが……クリフトにそこまで想われてるアリーナが羨ましいよ…」
「………………」
「……捨てていいから、その手袋。 ………おやすみ」
涙声になっていく自分がたまらなく情けなくて、振り返ることもしないままドアのノブに手を掛ける。
ドアを開けた瞬間、一瞬引きとめようとする声が聞こえたような気がしたけれど、それさえも聞きたくなくて乱暴にドアを閉めると、僕は部屋に向かって走り出した。



「――…っく…、……うぅ…っ…」
逃げるように部屋に戻った後は、ひたすら涙が流れた。
自分のしたことの馬鹿さ加減と後悔、アリーナへのみっともない嫉妬。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに絡まって、僕は一人きりの部屋でベッドに突っ伏して、しゃくり上げて泣いた。
「……何…やってんだよ………ちっくしょ……」
……何であんなことしたんだろう。
あんなことしたって何にもならない。何も変わらないのに。そんなこと、わかってたはずなのに。

ほんの少しでいいから喜んでほしかった。
笑ってほしかった。
僕のことを見てほしかった。
少しでもこの気持ちが届けばいいと思った。………ただ、それだけだったんだ。
それなのに結局、あんなことをしてクリフトを困らせて、泣かせただけだった。

きっと、無理なんだ。
僕の気持ちは、きっとクリフトには届かない。
どれだけクリフトのことが好きでも、どれだけ想っても、きっと。


絶望と痛みの中、ベッドに潜り込んでも涙は流れ続けて止まらなかった。
シーツと枕が濡れてしまうくらい泣き続けて、しばらくするとぼんやりと頭が霞んで、目蓋も重くなっていった。
もう何も考えたくない。遠のいていく意識の中でそんなことを思いながら、それでも頭に浮かんでくるのはクリフトの笑顔だった。
『…ありがとうございます。嬉しいです…とても。……これ、大切にしますね』

………もう考えたくないのに。何も考えたくなんてないのに―――


「―――ユーリルさん……」

部屋を飛び出した後、放り投げた手袋を見てクリフトがそう呟いていたことを知らないまま、僕はいつしか深い眠りへと落ちていった。




「……あら?クリフト」

―――あれから一週間後。
一人ぼんやりと歩いていた僕の耳に届いたのはアリーナの声だった。
「クリフト、まだ使ってるの?その手袋。もうボロボロなのに」
声のした方を見ると、少し離れたところにクリフトと、クリフトに話しかけるアリーナの姿。どうやらクリフトの手袋に気がついたらしい。
二人に気付かれないように物影に隠れて、僕は二人の会話に耳を傾けた。
「もう、そんなになってまで使わなくても、新しいの買えばいいじゃない」
あの縫い跡だらけの手袋を見ながら、アリーナはあのときの僕と同じことを言った。
多分クリフトはこの後こう言うんだろう。……あなたに頂いたものですから捨てられません、って。
聞きたくないと思いながらもそこを動けずにいると、クリフトは小さく笑って言った。
「ですが、これは神官になって……
―――姫様の護衛になると決まったときに王様から頂いたものですから捨てられません。これは、私の誇りでもあるんです」
「―――え…!?」
―――姫様の護衛になると決まったとき、王様から―――
あまりにも予想外だった言葉に僕は思わず二人のほうを見た。その時一瞬、クリフトと目が合ったような気がしてまた身を隠す。
…見つからなかっただろうか。鼓動を速める胸を押さえていると、クリフトが言葉を続けた。
「でもさすがにあちこち破れてきて、修復も難しくなったので……下にもう一枚、薄手のものですが身につけているんです」
「…………!」
どくん、と確かに心臓が大きく脈を打った。
慌ててクリフトのほうを見ると、クリフトはアリーナにもう一枚の手袋を見せていた。
間違いない。見間違うはずもない。確かに僕があげたあの手袋だ。
「……何で………捨てていいって言ったのに……」
―――アリーナに貰ったものじゃなかった。
どうして。…どうして言ってくれなかったんだろう。 あれは王様に貰ったものだ、だから捨てられないんだって。
………いや、違う。言わなかったんじゃない。僕が言わせなかったんだ。
勝手に勘違いして、勝手に嫉妬して、それであんな酷いことして。
あんなに嫌がってたのに、手袋でこんなことされるのは嫌だって泣いてたのに、それでも聞く耳も持たなかった。
…僕はクリフトに何てことしたんだろう。
頭の中で後悔の気持ちが渦を巻く。それと同時に恥ずかしくなった。逃げ出したくなるような気持ちで胸が潰れそうな気がした。
そんな気持ちの中、僕の方へ足音が近づいてくる。その音は僕のすぐ目の前で止まった。
「………ユーリルさん」
聞きなれた声が名前を呼んだ。だけど顔を上げられなかった。
自分のしたことがあまりにも恥ずかしくて、クリフトに何て言っていいかもわからない。
俯いたまま黙り込んでいると、クリフトはいつものように穏やかな声で続けた。
「遅くなりましたけど、これ、ありがとうございます。
本当に、とても手に馴染んで使いやすいんですよ。あなたの言っていた通りです」
「……クリフト…」
恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもと何も変わらない、優しい笑顔があった。
あんなことをされたのに、まるで何もなかったかのように話すクリフトに僕は戸惑った。
何を言っていいのかわからずにいると、クリフトは少しだけ腰をかがめて僕に耳打ちをする。
「……洗うの大変だったんですよ?ユーリルさんいろいろ使ったから」
「………クリフト。
クリフトは僕を……」
怒ってないの?そう聞こうとするより早く、クリフトが小さく笑う。
「あんなことはもうしないでくださいね? ……やっぱり嫌ですから」
そして、手袋はあんな使い方しないでしょう?と続けて笑った。いつもと変わらない、あの微笑みを浮かべたままで。
……怒ってないんだろうか。僕のこと、嫌いになってないんだろうか。軽蔑してないんだろうか。
あんなことされて、もう触れられたくもないって思われたとしてもおかしくないのに。
「………じゃ、じゃあ……」
不安で胸がいっぱいになる。……クリフトは、一体何て答えるだろうか。
「じゃあ……素手ならいいの?……素手でだったら、その……」
言葉を詰まらせながら尋ねると、その先の言葉を察したのか、クリフトは少しだけ照れくさそうな顔になって言った。
「……あなたが望むならいくらでも」
それは、僕が恐れた答えとはかけ離れたものだった。
言葉と一緒に向けられた照れ笑いに、僕は自分の身体の奥から何か熱いものが湧き上がってくるのを確かに感じていた。
自分だけに真っ直ぐに向けられた言葉が、温かな何かになって身体を包む。 そしてあの時言えなかった言葉が、まるで溢れ出るように口をついた。
「あの時はごめん。……本当に、ごめんなさい」
下を向いたら涙が零れてしまいそうな気がした。だから前を見て、クリフトの瞳を見て、そう言った。
短い言葉の中に、言葉にならない思いも全て詰め込んで。

―――届かないと思っていたものは今、きっと。

返事の代わりに、温かい手がそっと、僕の頭を撫でてくれた。さっきよりもずっと、優しい微笑みを浮かべながら。

望んでいたのはきっと、こんな笑顔だった。こんな言葉だった。
僕の想いが少しでもクリフトに届いたらと、そう思っていた。
ずっと、ただそれだけを願っていたんだ。
いつか、こんなふうに笑ってくれる時が来ることを。
     

原作(話の流れ)をTRIPLEXのイナバユミさんが考えてくださり、それを私がSSにしました。
勇者→クリフトの気持ちが強く出ているこの話、流れを読んだときはとても萌えでした。
楽しく文章書かせていただきました。ありがとうございました!
2004.04.22