愛ならば、足りている。身体も飽きるほど重ねてきた。
「友雅殿‥‥?」
だからそんな、誘うような素振りをしなくてもよいのだよ。
そうすることで私を繋ぐような、気持ちを測るような‥‥そんな態度を垣間見せる恋人に、何をしてやれるというのだろう。君に不安を与えてしまうことをこそ、何よりも怖れているのに。
「鷹通」
抱きしめる。
余計な欲を押し殺したまま、君を丸ごと抱き寄せる。
「もう、私を抱く気にはなりませんか」
噛みしめるように言う鷹通が、悲しい。
「どうしてそうなるんだい。それではまるで交わりだけが愛の証しと聞こえるよ」
こんなことを私が言うのは、おかしいかい。
それも一つの形として、君の身体を求めてきた。
隠された欲望を、君の情熱を知りたいと思ってね‥‥それは未だに充たされぬ渇望ではあるけれど。
しかし、これではまるで。
「鷹通‥‥‥愛していると言っても、君は信じないのかい?」
強い刺激のない関係は成り立たないかのような『焦燥感』を感じるのだよ。
他ならぬ、君の瞳から。
そんな風にしてしまったのが私なのだとしたら、さてどうしたらよいものか。
「信じられません‥‥そう思うのなら、いつものように強引に奪ってくださればよいものを。私には、飽きられましたか」
けなげに、縋り付くように衣を落とした鷹通が、悲しくてならない。
私はそんなに酷いことをしていたのかい。
君を壊してしまうほど、君を泣かせていたのかい。
「鷹通‥‥鷹通‥」
言葉にすることもできずに、ただ、その名を呼んだ。
愛を告げるほど、追い詰められていくような恋人を‥‥生涯にただ一人、本気で失いたくないと願う手中の光を、抱くことしかできず。
「愛しているだなどと真顔で告げるのはやめてくださいっ。それではまるで、別れの言葉のようではないですか。貴方がなんと言おうと、私には選択権など無いというのに。貴方が此方を向いてくださらないのならば、身を引く以外に何も残されていない道というのに‥‥っ」
ああ。
不幸というのは、どうしてこんなにも間近に、罠を張っているのだろうね。
まるで愛することそのものが『悲しみの始まり』であるかのように。
「鷹通‥‥‥すまないね。私は君が此方を向いてなくとも、身を引く気などないのだよ。君が思うよりも、ずっと強烈に身勝手に、君を愛している。‥‥別れが来るのならば、君に涙を悟られる前に儚くなってしまおうと決めている程というのに」
零れた涙を吸い上げながら、震える肩を包みこむ。
安心したのか、悲しくなったのか、わけもわからずといった具合にしゃくり上げる鷹通は、まるで子供のようで。
救うことも叶わぬ、小さな子供のようで。
涙が、止まらなかった。
理不尽だと思う。
これほどまで通じ合って、愛して、心にも気持ちにも何一つ足りない部分は無いというのに。‥‥むしろ溢れて零れている程だというのに。
それが幸福とは限らないのか。
これ以上の場所に行くことは叶わないという極みに立って尚、絶対の安心など無縁のものなのか。
泣かせたくない。
そう願っても君を解放することすらできない。
想い合う果ては無限の地獄なのか。
「鷹通、君を幸福にしてさしあげることなどできそうにない。それでも私の傍にいてほしいのだと、こんな我が侭を聞いてくれるのは世界に一人きりではないかい」
無様であれ、この手を引くことはできないのだから。
「そうですね‥‥朽ちて果てるまで、お付き合いさせて頂きます。‥‥前言撤回をなさるなら、責任を持ってこの命を絶ってくださいますよう」
「ふふ。まるで頼久のような物言いではないか」
「そうですか‥‥そうかもしれませんね」
自然に伸ばされた腕に身を任せるように肌を合わせて、また訥々と語り始める。
音にならぬ音。
浄化できぬ愛。
欲望というより、願いのような交わりだった。
永久に続けと願えるほど強くもなれず、この瞬間の痛みを拭うような陳腐な試みやもしれぬが、それ以上に高める必要もなく。
「友雅殿‥‥友雅殿‥‥っ」
譫言のように名を呼ぶ人が、ただ愛しくて、恋しくて。
「鷹通」
名を呼ぶだけで、意識を手放しそうなほど。
とても、抱きしめるだけでは足りない。
鷹通、私はいつか君を失うのだろうね。
せめてその瞬間まで、世界が閉じる瞬間まで、君の恋人でいさせておくれ‥‥‥‥愛しい人。