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[景譲]8ヶ月

「だ‥‥ダメですよ。こんなの、バレたら‥‥ここに住めなくなりますから」
 楽しそうに洗濯籠を持つ景時さんを振り返る。
「バレないように、黙っててね?」
 悪びれる様子もなくニッコリと返されて、泣きたい気分になる。
 風に煽られて捲り上がったエプロンに落とされる視線。
「見‥‥ないで、ください」
「可愛い。もしかして、俺を煽ってるのかな」
 そうなのかもしれない。
 無駄な懇願と知りながら「ダメ」だとか「やめて」だとか‥‥それは、景時さんを煽る結果にしかならないと、俺は知っているのだから。

 二人で暮らしはじめて、8ヶ月が過ぎた。
 俺に付き合ってこっちの世界に来てくれた景時さんは、今じゃちょっと名の知れた手品師で、舞台やTVに引っ張りだこ。それでも休日は洗濯物と格闘したいらしく、ベランダに洗濯板なんか出して鼻歌を歌ってる。
 いつの間にか東京の高層マンションの一室を買って、高校を卒業した俺を攫うように連れ込んだ‥‥というのが、先輩達の評価だけど。
「うん? 俺の顔に何かついてる?」
「いえ‥‥まだなんか、夢みたいで‥」
 誰にも言えない秘密がある。

『譲くんと、一生を添い遂げたい‥‥なんて言ったら、笑う?』

 卒業間近の春の日。まだ桜には早い季節。
 突然『花見に行こう』なんて誘われて驚いた俺に、『俺達の世界では、花見と言えば梅を愛でることだったんだよ。‥‥‥ね、お願い。せめて好きな香りに包まれて落ち着かないと、自分の言葉に負けそうなんだ』内容より軽い声の上で、驚くほど真剣な瞳が揺れていた。

 あれは‥‥プロポーズっていうんだよな?
 今の状況を忘れてボンヤリと考え込んだ俺を笑うように、指が滑りこむ。
「ァアッ」
「手袋越しなのは勘弁してね。ほら、洗濯物は汚せないしね?」
 それなら干し終わってから室内でゆっくりすればいいことなのにっ。
「でもこの手袋、気持ちいいでしょ」
 ゾリ、ゾリ、といつもと違う感覚が急所を煽る。
 上は半袖のTシャツのまま、そこに飾り気のないエプロンをして‥‥下は、何も履いていない。ズボンどころか下着すら着けることを許されずに、ベランダへと連れ出されたのは‥‥‥‥クダラナイ賭けに負けた、罰ゲームだ。
 確かにこのベランダは、周囲から見える構造じゃない。
 柵に縋ったまま身を落とせば、道行く人には俺の姿すら見えない‥‥けど。
「ア、ア‥‥ア‥ッッ」
「ほら、そんな声出すと、ここの住人に気付かれちゃうよ。ちょうど今は洗濯物を出すのに良い時間なんだから♪」
 そうなんだ。
 道からは見えないけど。
「隣からヒョイッと覗かれたら、恥ずかしいんじゃないかな〜」
 っっっっ。
「おね、がい‥‥‥もう、許して‥っ、くだ、さ‥‥んああっ」
「ダメだよ。洗濯物を干し終わるまでってルールだったでしょ?」
「ちっとも干してないじゃないですか!!」
「ふふ‥‥じゃ、すぐ終わらせちゃうから、協力してもらえるかな」
 手を休める気配もなく俺を攻め続けていた指が、不意に止まる。
「どうすれば‥‥?」
 のろのろと振り向こうとした俺の視界で、いきり立った熱源が揺れた。
「君が、入れて?」
 洗濯竿を拭きながらにこやかに‥‥物凄く、卑猥なことを要求された気がする。気のせいじゃなかったら、どうしよう。
「両手を空けて仕事に専念するからさ?」
 ニコニコニコ。
 悪びれる様子もない笑顔に、抵抗を諦めた。
 どうやら今の景時さんは『変なスイッチ』が入ってしまっているようだ。断れば更に酷い要求をされる可能性もある。
 ‥‥‥‥それを僅かに期待してる自分も、いるんだけど。

 嫌々という風情を臭わせながら、腰を突き出して誘い込む。柵に両手を固定して固く地盤を作れば、景時さんの質量が俺の中へと入り込んだ。
「‥‥‥‥ンッ、‥‥クゥ‥ッ」
 ここに出てくる前に、中を潤すゼリーを仕込まれたり。
 卑猥な言葉で嬲られたり。
 なんだか‥‥俺、後戻りできない場所に追い込まれてる気がするんですけど‥‥。
 景時さんの言動に困っているワケじゃない。
 何をされても嬉しいなんて、馬鹿な悦楽を感じてる自分自身に困惑しているんだ。
「‥‥ア‥‥‥」
 込み上げる快楽に身悶えながら、貴方の言いなりになっている自分自身に酔いしれる。
 たぶん家の中に入ったら何事もなかったように優しい貴方に戻って、珈琲なんか煎れてくれるんだろう。ソファに座る貴方の足元に寄り添うだけで、少し顔を赤らめて、嬉しそうに、困ったように笑う‥‥そんな貴方も大好きなんだけど。
「〜〜♪〜♪〜〜〜♪」
 いつものように鼻歌なんか歌いながら、凍り付くような笑顔で俺を抱いてる、こんな酷い貴方も。
 俺は、好きなんです。

『添い遂げたいなんて可笑しいか。‥‥‥あのね、譲くん。これまで散々付き合ってきて、俺がどれだけヤバイ人だか、もう知ってるよね?』
『ヤバイなんて思ってませんよ。色んな顔を持ってることくらいは解りますけどね』
『うん。‥‥‥ふふ、なんだろうねぇ。これまでの人生で自分を殺しすぎた反動なのかな。譲くんの前にいると、いろんな感情が込み上げてきて‥‥自分でも驚くくらいなんだけど』
『はい』
『どれもこれも‥‥ちょっと無茶かなぁと思うようなのまで、君はぜーんぶ受け止めてくれるでしょう?』
 クスクス。
 だって、全部が愛しいから。
『だから‥‥もう、全部解禁にしちゃおうかと思って』
『解禁、ですか』
『君の前限定でね。酷い俺も甘い俺も、全部‥‥押し殺すことなく、全部、ね』

「アッ‥‥もう、俺‥‥っ、かげと‥きさんっ」
「うん。あと一枚で干し終わるからね。が・ま・ん・し・て?」
「そんな、‥‥んぁあんっ」
「はい、おーわーり♪‥‥‥中に出してもいい?」
 いきなり耳元に吹き込まれた言葉に赤面しながら、コクコクと頷くと。
「じゃ、君もイッていいよ。俺が受け止めてあげるから」
 開放感より、背中に抱きついた体温が気持ちいい。
「あれ、震えてる‥‥?」
「この格好、けっこう寒いんですよ、‥え、ひゃあっ」
 前触れもなく身体が宙に浮く。
 どうやら恥ずかしい格好のまま、抱き上げられたらしい。
「それじゃ、早く温めてあげなくちゃ。‥‥続けてしたら、身体が辛いかな」
 スルリと服を脱ぐように、一瞬ですっかり心配性の景時さんになった。
「平気ですよ。だから‥‥温めてください」
 絡みついた首筋に甘えて、何度も口づける。
「御意〜♪」

 8ヶ月。
 素直な貴方が感染するのには、十分すぎる時間なのかもしれない。

「譲くん。‥‥‥愛してるよ」
 ええ。解ってます。
「俺もですよ、景時さん」
 射るような視線から、触れる肌の温度から、貴方の吐き出す空気からさえ‥‥感じてしまう、執着。それがどれほど俺を安心させるのかなんて、絶対に教えてあげないつもりだけど。
 願わくば、擦れ違うことなく俺の心が貴方に届いていますように。
 こんなに甘い毎日が、これからもずっと続きますように。