ラクガキ祭りからの派生
「‥‥‥‥譲くん、まさか、挑発してる‥‥?」
は?
突然の問いにずり落ちた眼鏡を押し上げながら、声の主を振り返る。
「どうしてですか?」
「それ」
困ったように指を指されて、手に持った食材に視線を落とす。
弁慶さんが薬草を採りに入った山で見つけてきてくれた、香りの良い天然のキノコ。この世界では知られているものらしく、もちろん毒性はない。元の世界でいうとエリンギのような形をしていて‥‥香りも、良くて。
まさか、そんな。
景時さんが何を見て「挑発」されてしまったのか、一つだけ思い至って赤くなる。大振りのキノコに口を寄せた自分は、あらぬ光景を連想させてしまったらしい。
「バカなこと言わないでください」
笑い飛ばしても恥ずかしさは消えなくて、ゆっくり作るはずの料理がやっつけ仕事になってしまう。
無防備な顔を晒していたんだろう。
後ろで揺れる肉食獣のような視線に煽られながら、物凄い勢いで調理の下ごしらえを終えた頃、すぐ後ろに気配もなく佇む恋人の吐息を感じた。
「バカなこと考えてゴメンね?」
「‥い、いえ‥‥ちょっとビックリしただけですから」
「ね、譲くん。バカなこと‥‥‥‥‥しない?」
‥‥ヒッ‥‥。
振り返ることも出来ず、伸ばされた指に項を遊ばれる。
「あ、‥‥景時、さんっ」
背筋を駆け上がる快楽に負けてパンッと調理台に手を付くと、器用な指が着物を弛めて入り込んでくる。
「料理してる譲くんって、色っぽいよね」
「んあっ‥‥‥そこ、ダメ‥‥ッ」
「いつもね、後ろから見てて思うんだ。‥‥美味しそうだなって」
「や、そんな、まだ入らな‥‥ァグ‥ッ」
「っん‥‥‥今すぐ食べたいなって、いつも」
「んあああっ、景と‥‥き、ぁん‥っ」
「料理って愛情だよね。誰を想って作るのかな、譲くんは」
無理矢理奪われた痛みよりも、景時さんの沈んだ声が苦しかった。
確かに、料理をする時は‥‥先輩の無事を祈っている事が多い。それはもう恋ではないけれど、幼い頃から抱き続けた愛情の名残。あの人だけは無事に返してやりたいと思う、ささやかで絶対の願い。
「‥‥ハグ、‥ン、ァ、ァ、アアアッ」
弱い所ばかりを集中的に攻められて、呆気なく訪れた限界が視界を奪っていく。
ボンヤリと佇む霧の中。突然、二人の声がした。
よく見れば切り立った崖にぶら下がる二人の姿。先輩は「私は大丈夫だから」と叫び、景時さんは「望美ちゃんを助けるんだ」と叫ぶ‥‥こんな時まで利己的になれない二人が、妙に現実的で悲しくなる。
これは夢だ。
判っていても何の助けにもならない‥‥俺の夢だから。ただの夢なのかどうかも判らず走り出す。
迷わず先輩を助け上げてホッする間もなく景時さんを振り向くと、そこに姿は‥‥。
俺は迷わず、貴方の後を追って、飛び降りた。
「‥‥ゆ‥‥るくん、譲くんっ」
パンパンと頬を叩く痛みに目覚めると、ポタポタと水滴を滴らせる景時さんの姿。
「無事、だったんですね‥‥」
「何言ってるの、大丈夫?」
「俺は何があっても先輩を助けます。‥‥‥だけど、何があっても、貴方を独りにしない」
「譲、くん‥‥?」
「不可能でも何でもいい。貴方を独りにはしない。貴方が居ない世界で生きる気にはなれない。景時さん、こんな愛は、迷惑ですか‥‥?」
よく見ると、水滴だと思っていたのは景時さんの汗で。
ここは元居た土間の片隅で。
ああ、俺は、またワケノワカラナイ事を‥‥。
「迷惑じゃないよ。譲くんを‥‥道連れに、したい。どこまでも、ずっと」
深い影を落とした瞳。
貴方が抱える闇の正体は解らないけど。
「連れて行ってくださいね」
貴方が居ない世界なら、踏みとどまる意味もない。
「きっとね」
「いえ、必ず‥‥です」
困ったように曖昧に笑うのは、嘘になる日を否定できない貴方の弱さ。
今は、それでもいい。
「どこへ逃げても、俺が勝手に付いていきますから」
宣言した俺を眩しそうに見つめてから、悪戯な笑顔を浮かべた。
「あんまり可愛いこと言うと、また襲っちゃうよ?」