はじめは、ちょっとした遊びだった。
仲間に冗談で着せられてしまった女物の着物。なんとか趣味の悪い余興からは抜け出してきたものの、いざ脱ぐ時になって、よくある『アレ』をやってみたくなったというか…景時の反応を見てみたくなったというか。
譲は、そんな自分に苦笑いしてしまう。
それでも何故か、二人きりの時ならば、こんな倒錯した遊びも楽しいと思ってしまうのだ。同じ性別…不自然な交わりを続ける『情人』との関係に、疑問を感じないわけではないが。男である自分が女の役を持つことに、違和感を持たないわけではないが。
相手が景時であれば、何もかもを許してしまいたくなる。
困ったものだな。
こんな自分の変化すら、今は楽しい。
矛盾も不安も、景時の前に立つと掻き消えてしまう。…まるで自分が消えてしまうようで、怖くもあるけれど。
いっそ、消えてしまえたら、いいのに…。
どこかでそんな願望を感じながら。
「俺は男ですから、少しくらい乱暴にしても大丈夫です。変に謝られたりすると、こっちが恥ずかしいですから」
「御意~♪ 譲くん、ノリノリだね。じゃ、いくよ?『よいではないかよいではないか~』あっ、譲くん怪我しなかった?今、変な風に手ぇ付いたよね」
オロオロオロ。
「……ですから、…大丈夫、だと…」
「ゴメン…。やっぱり心配だよ。帯で遊ぶのはやめよ?」
そう言いながら景時の身体が後ろに回り込んで、袷の間から少し乱暴に胸を弄り始める。
「え…っ、景時さん、なんで…」
「ん~?だって譲くんは、少し乱暴な方が感じちゃうんでしょ?だったらほら、怪我しない方法で……奪うから」
紐を解かないまま着物を分けて、強引に指が入り込んでくる。
「あ……ダメ、そんな……景時、さ…ぁんうっ」
抵抗も虚しく腕を押さえ込まれて、床に押し付けながら、まだ慣れていない場所を貫かれた。
「景時さ、ん…っ、………あぁ…」
痛みは相当なものだろうに、譲は恍惚とした表情でそれを受け入れる。
そして抵抗できない自分をこそ恥じるように、顔を逸らす。
「むりやり奪われると、感じちゃう…?」
少し意地悪な気分になって耳元に囁くと、熱を帯びて潤んだ瞳が見つめ返した。
「……………イジワル……」
「言ったでしょ、俺は優しくなんかないよ、譲くん。……そんなに気持ちよさそうな顔をすると、もっと酷いことしてみたくなるじゃない…。悪い子だね」
そう言うと、挿し貫いたまま強引に足を掴み上げ、身体半分を宙に吊り上げた。
譲の身体は後頭部と肩…肩胛骨の辺りまでしか地に着いていない。
「あ…ぐっ………ん…っ、っあああぁ」
上から叩きつけるように腰を打ち下ろされる。
繋がりの深さに眩暈を覚えて腰を逃がそうとしても、足首から吊り上げられている状態では避ける術もない。
あんまり快感に我を失いそうになり、譲は初めて怯えることを覚えた。
見上げれば、残忍なまでに整った顔が、悪びれもせずに笑っている。
「苦しくて痛いのが、そんなに好き?……今さら怯えた顔をして、譲くんは俺をどこまで壊せば気が済むのかな…」
うっすらと灯る、憎しみの炎。
忌々しげな舌打ちの後、乱れた髪をかき上げて、苦しげな唸り声が名を呼んだ。
「譲くん…。君を、壊してしまいたいよ」
君ノ瞳ハ、狂気ヲ煽ル。
無慈悲にも抉り込んだ質量に身を裂かれながら、いっそこんな…非現実な陵辱こそが、自分を救うような気がして。
振り回されて情の熱を叩きつけられてる間は、悪夢も…過去の悲恋も、全てを忘れられるような気がして。
「あ、あっ、ア、んああっ。景時さん……景時さ、ああああっ」
我を忘れて嬌声を上げながら、屍のように身を投げた。
全て貴方の思うがままに。
俺を支配して……この苦しみから逃れさせて…。
撒き散らした白い雨が譲自身を汚していくのをボンヤリと認めながら、その身体に己の熱を全て打ち付け、注ぎ込み……ようやく身体を解放する。
……床に投げ出された、小さな影。
常に何かを抱え、何かに怯え、何かに耐える……美しい人。
壊したいのは、彼が人知れず抱える強大な影。
自分が抱えるそれにも似た、しかし全く非なるもの。
真っ直ぐな心に『死の影』にも似た不安を抱き、自虐的な程に肌を求める、悲しい恋人。
「まったく、参っちゃうね。…ほんの遊びのつもりだったのにさ」
日常の他愛ない交わりの中に、時折こんな、残酷な影が差す。
全てを手放ししっとりと横たわる恋人を、軽々と抱き上げ、寝所へと運ぶと、無惨に汚れた身体を…顔を、そっと清めた。
浅い眠りの中で悪夢にうなされる人。
せめて今だけは……ゆっくりと休めるように。
心ばかりの結界を張り、包み込むように身体を添える。
今だけは、俺の腕の中でだけは、君の寝顔が穏やかでありますよう。
祈りにも似た口づけを落とし、罪深い恋人は意識を手放した。
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姫はじめ、景時バージョン(笑) |