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[友鷹]賭事

 まさか、負けるとは。
 あんなにふざけていたのに。ちっとも真面目に考えているようには見えなかったのに。

 

 何をやらせても完璧な人間というのはいるもので、友雅殿はその典型のように見えた。文武両道、楽も舞も唄も遊びも、何も真面目にやらないくせに、要領よくこなしてしまう。……そんなだから、情熱が足りないなぞと贅沢なことを云って愁うのだろう。
 とにかく一度は「負ける」という経験をしてみればよいのだ。
 すぐに「あーあ」と諦めてしまうことではなく、何か……そう、何か、友雅殿をその気にさせる餌のようなものがあれば、それでいい。
 なんでもいい。悔しい顔をさせてみたい。
 それでムキになる事があれば、今までは上手くいきすぎていただけで、本当は人並みの心を持っているのだと、あの方を安心させられるのではないか。

 だからあの方が自分を条件にしてきた時は、それもいいと思った。
 囲碁など、友雅殿にとっては退屈なもの。
 こればかりは経験の差がモノを言うだろうと思ったのだ。
 実際に動かし方1つから確認を取る辺り、とても勝負になるとは思えなかった。

 しかし。
 なぜか。

「ふふ。………もしかして、勝てたりするかな」
 そう言って、思いもしないような場所に置かれた石。
 油断していたのは、対局中も延々とやまない話し声のせいか。それにしても『負ける』という結果は、断じて有り得てはならないものだった。
 あまりのことに、二の句を失う。
「………どうする? 続けたら、勝敗は変わるかな」
 よく解らないのだけれどと云って笑う人に、殺意すら覚えた。
 確かに終局と云うには早い段階だが、このまま続けても打開策が出るようには思えなかった。……いや、いつもの相手なら知らぬ顔で続けてしまう所だが、どうやら友雅殿には『この段階での勝敗』が見えたらしい。そういう相手に盛り返して勝つことはできない。
 気持ちが重くのしかかる。
「それで?…本当に、思い通りに動いてもらえるのかな」
 楽しそうな友雅殿には悪いが、あまり色っぽい気分にはなれなかった。
 賭けの内容など、この際どうでもいい。
 慣れぬこの身では、どちらにしても貴方の導くままに動くことしかできぬ逢瀬の時間。それを今さら『好きにさせて』などと云われても、負担には思わない。
 しかし……何故負けたのだろうか。
「鷹通。…鷹通。そんなにショックだったのかい? 今日はもう帰ろうか?」
 あまり長い時間固まっていたものだから、友雅殿にいらぬ心配をかけてしまった様子だ。
「あ……いえ、大丈夫です。そろそろ昼の支度をさせますね……」
 フラフラと部屋を出て女房達に声をかける。
 なんとはなく味のしない食事を口に運びながら、やはり言葉を交わす気にはなれなかった。

「まあ、そんなに落ちこむことではないよ。確かに、完璧だと思うことを相手に出し抜かれると、良い気はしないものだがね。……私は君より多く生きているのだよ。さすがに碁を囲んだのは久しぶりだったから、初心者のように色々聞いてしまったが、それなりに相手をさせられてきたこともあるのだから」
 易しく諭されて、我に返る。
 初心者でないのなら、確かにあまり落ちこむことではないのかもしれない。
「それでは友雅殿。たまにで構いませんので、私の相手をしてくださいませんか。貴方の腕なら相手に不足はありません」
 ここのところ囲碁の相手をしてくれる者もなく、勘が鈍っていた節はある。
 たかが勝負事とはいえ、負けたままで終わるには心が残る。
 それに、こんなに他愛のない時間を友雅殿と過ごせること自体が、もう楽しくて仕方がない。
「ふぅん………構わないよ、今日と同じ条件で良ければ、ね」

『もし私が勝てたら、今日一日は君を好きにさせてくれるかい』

 これも賭事の一つなのだろう。
 それを言って窘めても、友雅殿は意にも介せず『ご褒美というのだよ』などと返してくる。元より負けるつもりのないものだったし、それで友雅殿が本気になるというならば……その『ご褒美』とやらを手に入れられずに口惜しがるのならば、妥当な条件だと思った。
 だから、少し吹きかけるような言い方をした。

『かまいませんよ。私が負けたら、何でも貴方のお好きなようにいたしましょう』

 確かに、そう言った。
 ニコニコと上機嫌な友雅殿は少し怖いが、命に別状があるわけでなし。他人に迷惑をかけるでなし。一日くらいは、それもいいかと……むしろ、そこまで云う友雅殿が、いったい何をさせようとしているのか、少し好奇心が湧いたのかもしれない。
「よろしいですよ?……して、私は何をすればよいのですか、ご主人様?」
 友雅殿の頬に紅が差す。それを可愛いなどと思ってしまうのは悪い癖だ。
 一日は主従関係を結ぶという意味ならば、家の使用人と同じ。
 何をお望みですか、友雅殿。
 なんでも致しましょう。
 そう思うことも楽しいのだから、どうかしている。
「こんなことでも真面目にこなすのだから、君は本当に面白いね……まったく、退屈しない。それでは鷹通、君の書斎に案内してくれるかい」
「書斎、ですか?……別に構いませんが、何もありませんよ?」
 不可解に思いながら部屋を渡る。
 そこは机一つがポツリと置かれた素っ気ない空間。
 友雅殿は机の前に腰を下ろすと、なにやら大切そうに机を撫でて小さく笑った。
「長く居る場所なのだろう……鷹通の気配が在る」

 なんだ……。

 ふと、気が抜けた。
 別に私が心配せずとも、この人の心は既に安定しているのだ。
「何を笑っているんだい?」
「いえ。愛されているものだと……。嬉しかったので」
 穏やかな気分で笑うと、友雅殿の笑顔が意地悪く崩れた。
「愛しているさ。しかし、だから優しいばかりとは限らないのだよ。……さて、どう料理をしようかな。なんせ今日は、君のご主人様だからね」
 ええ、構いませんよ。
 何をお望みですか、ご主人様。
 貴方が私を望むのならば、なんでもして差し上げたいのです。
 
 
 
 
 
 
 
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続きのエロが読みたくば、裏に忍んでおいで。ふふふ。でも本当に、エロしかありませんからっ!!(強調)心の充足を求める方は、ここでやめておいた方がよろしいかと(笑)