「永泉様が‥‥?」
「うん、なんか変だったんですよ。こう、生気が抜けたように出て行っちゃって‥‥私の思い過ごしならいいんですけどね」
嫌な予感がして、たまらない。
「天真、神子殿を頼む」
突き動かされるように走って向かった先。
月明かりを映す神泉苑の水のように、透き通った涙を流して。
拭いもせずに佇む、想い人の姿。
気配を殺して近づくと、この身に気づきもせずに小さな声が私を呼んでいた。
「頼久‥‥頼久‥‥」
空耳なのだと自分の言い聞かせる。
まさか永泉様が、なにゆえに私の名など‥‥。
「‥‥っ、よりひ‥さ‥ぁ‥‥‥」
崩れ落ちんばかりに屈み込んだ身を、そっと支える。
腕の中で飛び跳ねんばかりに大きく震えて身を固くした貴方を見て、やはりあれは空耳ではなかったのだと気付く。
「私が貴方を苦しめているのですか」
ならば、この腹をかっ切ろうとさえ思う。
なによりも大切な貴方を苦しめる存在など‥‥許しておけるものかと。
「違います。違うのです‥‥私が、浅ましくも貴方の秘密を知ろうなどと思ったから。‥‥そんな権利などありはしないのに。貴方の苦しみを理解したいなどと、だいそれた事を願ったから。許してください、頼久。私はただ、貴方に近づきたかっただけなのです」
支離滅裂なばかりの言葉は、それでも永泉様の心をそのまま表していた。
身分が違いすぎるのだと押し殺していた心が、狂気となって我が身を切り裂く。
「永泉様‥‥」
そっと声をかけるだけで、涙を止めて真っ直ぐに見上げてくる、あどけなささえ感じる澄んだ瞳。
いっそ壊してしまったとしても‥‥。
そっと重ねた唇は拒まれることもなく、夢の中のような柔らかい匂いがした。