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[頼詩]困らせないで

 そんな瞳で見つめないでほしい。

 これ以上焦がれてはいけないと、水に打たれても。
「風邪引いちゃいますよ。はい、手拭いと着替えを持ってきましたから。‥‥頼久さん、どうかしたんですか?」
「いや‥‥‥すまない‥‥」
 煩悩は消えることがなく。

 これ以上求めてはならないと、無理に遠ざけても。
「よかったぁ。何処に行ったのかと心配してたんですよ?‥‥貴方がいないと、お屋敷が広すぎて‥‥たまに泣きたくなっちゃいます。ダメですね、もっと強くならなきゃいけないのに」
「無理もない。慣れない世界に迷い込んだのだから」
「はい。‥‥でも、なるべく心配かけないようにしますからね。だから‥‥傍に、いてくださいね」
「‥‥‥‥‥もちろん、だ」
 いつの間にか隣で笑っている。

 これ以上惹かれては危険だと‥‥もう、私は私という男を保っていられる自信もなく、お前の前から消えてしまおうかとさえ考えたのに。
「だ〜れだ♪」
「!!!?!?」
 無邪気な笑顔に、振り回されてばかり。

「だって頼久さんてば、最近相手にしてくれないんだもぉん♪」

 いけない。狼が子兎を狩るようなものだと知りながら、私は己を律する自信すらない。お前の前にいると、獰猛な欲が嵐のように吹き荒れるのを感じるのだ。
 詩紋。私は‥‥‥危険だ。
「頼久さぁん。また眉間に皺が寄ってますよ? そういう顔ばかりしていると、そういう顔になっちゃうんだから」

「頼久、ダメだ。コイツのは『確信犯』っていうんだ。騙されんじゃねーぞ」
「うんうん♪ 無邪気な顔して、詩紋くん最強だからねー♪」
 天真‥‥神子殿‥‥?
「天真先輩もあかねちゃんも、変なこと言わないでよ。頼久さんに誤解されちゃう」
「その目が曲者なんだっ!!」
「頼久さん、頑張ってねー♪」

「今のは‥‥‥その‥‥」
「うーん、あの2人はボクをからかって遊んでるだけですから、気にしないでくださいね。隠してもバレちゃうみたいで‥‥」
「隠す?」
「うん。ボクが頼久さんのこと、大好きだってこと」

 不意に後ずさったせいで無様に倒れた私の頭を優しく膝に乗せて、堪え切れぬように笑う詩紋を、ぼんやりと見つめる。
「狼狽えた振りしたってダメですよ。もうすっかり知っていたくせに‥‥ねえ、頼久さん、ボクのこと嫌いですか?」
 目を反らせぬままに力無く首を振ると、答えを知っていたかのように小さく笑う。
 近づいてきた顔を好きにさせて、柔らかな唇に触れる。

 私は罠にかかったのだと、そこで気付いた。

「よかった。ボク、誰に何を言われてもいいんだ‥‥貴方が傍にいてくれたら、それだけで」
「傍にいてもいいのか?」
 今更‥‥と、私の中の私が笑う。
「頼久さん、大好き!」
 無邪気な顔をした子兎に牙を抜かれた気分で。

 木漏れ日の色をした柔らかな髪を、そっと引き寄せた。