「イノリは桃の、実と花と、どちらが好き?」
唐突に聞かれたから、あんまり考えないで答えちまった。
「そりゃ花だろ。桃の実は美味いけど、桃が咲かねーと春になった気がしないじゃん?」
「ほう‥‥風流なことを言うね」
「へへ。姉ちゃんが好きな花だからなっ」
「‥‥姉上、ね」
ガッカリしたような声に、少しカチンとくる。
そーいや天真にも「しすこん」だとかなんとか、からかわれたんだ。
「お前もオレのこと、ガキだって言いたいのか。姉ちゃんの大切なものを大切だと思っちゃ悪いのかよ。思い出だってなんだって全部一緒に持ってるのに、影響されたら子供だっていうのかよ。家族ってそういうものじゃないのかよっ」
なんか無性に腹が立つ。
ホントは解ってるんだ。
姉ちゃんのことばっかで、オレには自分だけの「大切なもの」が無い。
姉ちゃんを守らなきゃってそればっかで、そんなもの、作る暇なんかなかった。
時間が足りない。
早く、早く友雅より大人になりたいのに。
狡いよ‥‥‥一人で、勝手に格好良くてさ。こんなんじゃ一生追いつけない。こんなんじゃ一生、コイツの恋人になんかなれない。
口惜しくて切なくて、涙がボロボロ零れてきた。
あーあ、何やってんだろオレ。これじゃ本当に、ただのガキだ。
「イノリ、‥‥すまないね」
困り果てたような声で抱き寄せるから、なんか逆らえなくて、その腕の中にスッポリと包まれる。
安心して。それがまた情けなくて。
全身がブルブルと震えてる。
「馬鹿にした‥‥‥わけではなくてね。私は姉上に嫉妬をしたのだよ」
嫉妬? 何言ってんだコイツ。
わけがわからなくて顔を上げて真っ正面から見据えると、お手上げだと言わんばかりの苦笑いがある。
「嫉妬って、なんだよ」
鼻声で言い募ると、ふてくされたように横を向く。
「皆まで言わせるのかい」
「言わなきゃワカンネーだろ」
逃がすものかと必死で食らいつくと、降参したように両手を上げて、笑った。
なんか、すげぇ優しい笑顔だ。
「イノリ‥‥一番好きな花は?」
「桃」
「それは姉上の好きな花だろう?」
そうだけど‥‥他に、花なんて。
「私の好きな花を教えたかな」
「友雅の?‥‥‥‥‥‥あ‥‥」
「さあ、イノリ。君の好きな花は?」
何を言いたいのか、ちょっと判った。
「桃。‥‥だけど、木蓮も好きだぜ」
たぶんこれからもっと。
「可愛くないねぇ」
傍にいれば、もっと。
「ったりまえだろ、男なんだから」
木蓮とか、橘とか、秋の花も冬の花も。
「まぁ‥‥解ったようだし、今はそれでよしとしようか」
もっと好きになるから。
「オレは花より、お前が好きだぜ」
ちょっと照れて、だけど真っ直ぐぶつけた言葉に、友雅は不意を付かれたみたいな顔をして‥‥やっぱり、ちょっと照れて。
「ありがとう、イノリ」
反則だろってくらい優しい顔で、笑った。