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[景譲]甘い恋の日

 湯煎で溶かしたチョコレートは、アルコールを入れると固まらない。その上に混じり気のないビターチョコを重ねたら、外側がカリッとして、中身はトロッとした大人の味。
 ブランデーもダークラムも合うけど、相手を想えば、やっぱりスッキリと香りの良いオレンジキュラソー。
 今年一番の自信作。
 いや、今まで作った中で、たぶん一番。
 毎年なぜか、なんとなく作ってしまうのは、喜んでくれる人が確かにいるからだけど。
 今年は、いつもの比じゃない。

 景時さんは、きっと喜んでくれる。きっと、喜ばせる。

 手渡した時の照れた笑顔。封を解く時の期待感。箱を開ける時の鼓動。勿体ぶって小さく含む唇。嬉しそうに上がる頬。
 全部欲しい。
 一番の笑顔で、美味しいと言わせたい。

 たかだかチョコレートを作るだけで、こんなに本気になる自分は、どうかと思う。
 女の子の行事なのかもしれない。
 可愛い少女がやれば微笑ましい光景なのかもしれない。
 ほんの少し心をくすぐる劣等感。
 それでも。
 ただ、自信を持てる「料理」で…貴方を笑顔にしたいだけ。
 ムキなる自分は、少し愛しい。


 カチャ


 玄関の鍵が小さく立てる音を聞いて、前掛けを外す。
「美味しそうな匂いがするね〜♪」
 楽しそうな足取りで近づく気配に向き直る。
「ただいま、譲くん」
 行事の意味を知ってて、全身で期待して広げる腕に、飛び込んで。
「おかえりなさい、景時さん」
 幸せな瞬間を一番の特等席で眺める贅沢。

 差し出した包みに、心底嬉しそうに照れ笑いする貴方。
 無言でリボンをゆっくりと解く、子供みたいな瞳。
 箱を開ける前、無意識で胸に当てた指。
「わぁ」
 小さい歓声と、食べてもいいの?と見つめる顔。
 鼠みたいに小さく囓るから、作りたてのチョコレートが指を汚して。
 慌てて全部口に入れるもんだから、言葉にもならずに。
「んー…!!」
 身振り手振りで、美味しい美味しい美味しい!!なんて伝えてくれる。
 一番の笑顔。

 俺は、今また、貴方を好きになった。

 バレンタインのチョコレート。…好きですなんて、言えない。
 もう、好きですじゃ、足りない。
 愛しくて恋しくて貴方の全てが欲しくて。
 指先を汚した甘いものを舐め取ると、少し驚いた顔の貴方が、すぐにクスッと笑った。
 片付ける暇もなかったキッチンの、固まらないチョコレートを指に絡めて……俺の唇につけては舐め取り、はだけた首筋を、胸元を、脇腹を、汚しては…キスをして。
 全身から、甘い匂いと…気化したアルコール。
「んはぁっ」
 いきなり沈みこんだ質量に背を反らすと、覗き込んだ顔が幸せそうに笑った。
「ほら、まだあるよ、譲くん」
 差し出された甘い指に……貴方に酔いながら。
 一番に幸せな、甘い恋の日を過ごした。