夜の庭園はひっそりとしていたけれど、茂みから小さく虫の声が聞こえ、 確かに生き物が生活している気配がした。 ふくろうの少し間の抜けたような声も聞こえる。 濃紺の夜空に満天の星、そして上弦の月。 2人手を繋いでひどく穏やかな気持ちで歩く。 泣きそうになるほど幸せな瞬間だった。 「あ、やっぱり夜は魚も寝るんですね。」 池の鯉の多くが動きを止めて隅に集まっているのを見て、がしみじみと呟く。 そんなに政宗は呆れた声で返す。 「お前・・・本当に高等教育機関に通ってたのか・・・?」 「ちょっ、知らなかったわけじゃないですよ!? ただ実際にその現場を目撃してちょっと感動しただけです!!」 「夜中にうるせえ。」 べしっと額を叩かれてむっとすると同時に、は不思議な脱力感を覚えていた。 なんだかごちゃごちゃと考えていたのが馬鹿らしくなってきた。 「・・・なんかもういろいろどうでもよくなってきました。 政宗さんの玉子焼きが美味しすぎて、どうでもよくなった。」 「俺もいろいろ考えるのに飽きてどうでもよくなってきた。 お前が間抜け面して玉子焼き食ってるの見たら、どうでもよくなってきた。」 まったく、自分の恋人はいつまでたっても口が減らない。 でもそれでいい。 冷たいはずの夜風が火照った頬に優しい。 「もういいし!政宗さんの陣羽織に刺繍しちゃうし、出陣前だって政宗さんに触るし! 誰がなんて言ったって私はもう政宗さんの嫁だし子どもも生まれるし! 未来から来たんだからそんなすぐにこっちの習慣なんて分かるわけないし!」 「俺ももう自分が思ったようにするわ。 気ぃ遣ってもなるようにしかならねえことが今回よく分かった。 俺は俺なりにお前を大切にして、それに対してお前が怒ってもそんときゃそんときだ。」 「え、あの、なんかさらっと私恥ずかしいこと言われたんですけど!」 夜の暗闇でも分かるほどにの頬がぽっと赤くなる。 急にもじもじとしはじめる彼女へ、政宗は近すぎるほど顔を寄せた。 「時間っていう普通人間が手を出せない相手から、お前をかっさらってきたんだ。 俺に愛されてることぐらい、とっくの前によーく分かってんだろうが?」 なぜそんなこっぱずかしい台詞を悪そうな顔をして吐くんだ、この男は。 「まっ、政宗さんは私の気持ちをよく分かってませんよね!? 迷信のことだって、別に政宗さんの口から教えてくれればよかったのに!」 「許せ。」 「軽っ!軽すぎるし!!」 「許せねえのか?」 政宗はわざとらしく眉根を寄せてこちらを見つめてきた。 やはり距離が近すぎて、はぱっと顔を背けた。 繋いだ手が少し汗ばんで恥ずかしい。 「やっぱり政宗さん、私の気持ち、分かってない!」 出陣前日、は陣羽織に刺繍・・・とはお世辞にも言えないものを施した。 裁縫を習いたての小学生が雑巾に自分の名前を縫うレベルで、 陣羽織の襟のところに黒い糸で『必勝』と入れた。 画数が多いので『勝』の字が『必』よりかなり大きくなってしまったが、 細かいことを気にしていたら一国一城の主の妻なんてやっていられない。 近づいた敵兵がこれを見たら、きっと笑って戦意を喪失するだろう。 そこまで接近されるようなことがあってはならないことにも気がつかず、 そう言って自慢げに陣羽織を政宗に突きつけると、無言で叩かれた。 けれど、糸を取れとも言われなかったので、 この人実は結構喜んでいるのでは?とは密かに思ったのだった。 その晩は政宗の部屋で一緒の布団に入ってくっついて眠った。 そして迎えた出発の日は、快晴。 庭に面する障子を開け放した部屋は、注ぎ込む陽光で明るい。 「・・・・・ぶっ!!」 陣羽織の襟を見て思わず噴き出したに、政宗の頬が引き攣った。 ガチャリと甲冑をならして彼女に近づくとぎりりと頬をつねる。 「あのな、これ誰がやったと思ってんだ?ああ?」 「や、もうすっごいクールですよ!超格好いい!私天才!」 「覚えてろよ・・・帰って来たらお前の小袖に『ゲロ女』って入れてやる・・・。」 「そんなことしたら私だって陣羽織に『命』って縫ってやる・・・!」 それはもう仲睦まじいやりとりを繰り広げる二人に、小十郎と喜多は苦笑いを浮かべる。 戦の前なのだからもう少し厳粛な雰囲気でと思わなくもないが、 これが等身大の夫婦なのだから良いのだろう。 「そろそろ行くが、、しっかり飯食ってしっかり寝ろよ。」 「政宗さんはむやみに敵に突っ込んでいかないようにしてくださいね。」 「。」 「はい?」 「I'm hopelessly devoted to you.」 (「お前をどうしようもないくらい愛してる。」) 意味を理解する前に唇をさっとかすめとられた。 小十郎と喜多はさっと目を逸らしたようだが、多分見られている。 茹で上がったように真っ赤になって、はわなわなと震える。 「なっなっなっ・・・・・!!!」 「行くぞ、小十郎。」 「はっ。」 あっさりとに背をむけると、振り向かずに手だけひらひらと振って、 小十郎を引き連れた政宗は部屋から出ていった。 怒りと恥ずかしさをぶつけたい相手にあっという間に去られたは、 口をぱくぱくとさせて固まるしかなくて。 「・・・政宗様は、なんと仰られたのですか?」 「言えませんっ!!」 にこにこしている喜多に、は大声を上げた。 |
政宗様の最後の英語は、反転で意味が見えるようにしてます。あー恥ずかしい。(笑)
いやでもせっかくの愛の言葉に「hopelessly」ってどうなんだろうなあ。
私の英語力ではどんな単語におきかえられるかわかりません、さーせん。