「・・・ですので、様は今は横になっていらっしゃいます。 私がついていながらこのような・・・申し訳ございません。」 深々と頭を下げたまま顔を上げようとしない喜多に、政宗は静かに答えた。 「いや、別にお前が気に止むことじゃない。」 「いいえ、おこがましいことではありますが、 冷静になればこういうことになり得るのは分かったように思います。」 「つまり俺の考えが浅かったんだ。 喜多、今までと同じようにについていろ。」 「・・・・・はい。」 静々と喜多が退室するのを、政宗は黙って見ていた。 隣では同じように黙ったままの小十郎が控えているが、 小十郎に何か尋ねたり意見を求めたりするまでもない。 自分は今回もを守るためのやり方を間違ったのだろう。 東館の建築自体は間違っていないと思うし、 頭の固い古参の重臣どもの偏見も、わざわざ本人に伝えることではない。 ただ、妊婦にかかわることくらいはに話しておくべきだったのかもしれない。 けれどできるだけ醜いものを彼女から遠ざけてやりたかった。 いや、この時代の古臭さをに辟易されるのを恐れていたのだろうか。 どちらにしろ慶次がやってきたときと自分は何も変わっていないのかもしれない。 『綺麗なものも、面白いものも、醜いものであっても、全部政宗さんと一緒に感じたいから。』 あのときはそう言った。 現に彼女はこの時代のことを何とかして知ろうとし、馴染もうとして頑張っている。 産着を縫う練習をはじめたというのも、それのひとつなのは明確だ。 ――多分自分は未だに戸惑っている。 素直に愛しいと告げれば全身で応えてくれる存在に。 そして、失うことを強烈に恐れている。 陽だまりの中で穏やかに笑って自分の名前を呼ぶ存在を。 彼女を・・・手に入れた幸福を繋ぎ止める術が分からない。 そもそも、繋ぎ止めるものでさえないのかもしれない。 「なかなか変われねえもんだな・・・。」 「・・・・・。」 自嘲気味に呟かれた政宗の言葉を、小十郎は肯定も否定もしない。 その代わりにすっと立ち上がるって、あの強面で薄く微笑んだ。 「茶をお淹れしましょうか。」 「・・・そうだな、頼む。」 全くもって『出来た奴』だと、政宗は思った。 本当に気分が悪くて、晩は何も口にすることができなかった。 今日は一回も政宗に会っていないなので心細いけれど、会ったら会ったで泣いてしまいそうだ。 そんなことを思いながら横になっているうちに、はそのまま寝てしまっていた。 眠りから覚めたのは、頬に触られる感覚がしたからだった。 「・・・・・。」 夢見心地でうっすらと瞼を上げると、夜にしては闇の濃度がいつもより薄かった。 燭台に明かりが灯っているようだ。 頬に少しざらついた確かな感触がする。 それだけでわけも分からず涙が出そうになる。 「・・・わら・・・いで。」 「・・・?」 掠れた声を発すると黒い影が顔を覗きこんできた。 逆光で顔がよく見えない。 「触らないで下さい・・・・・。」 「嫌だ。」 即答された。 目尻からつっと涙が零れた。 かたい指が涙をぬぐってくれる。 「私に触ったら・・・政宗さん、死んじゃうかも・・・。」 「バカか。死ぬかよ。」 また即答。 なんて短い言葉。 それどころかバカだなんて。 それなのに不安がどんどん吹き飛んでいくのは何故? ごちゃごちゃと考えこんでいた思考が全部まっさらになっていくのは、何故? 「政宗さん・・・触っていいですか・・・・・?」 ぽろぽろと涙を流しながら震える手を差し出せば、ぎゅっと指を絡めて握られた。 嬉しくて嬉しくて、強く握りかえす。 額をこつんとくっつけられ、鼻先が触れた。 「触っちゃいけねえ理由なんてないだろ。」 政宗がふっと笑う気配がする。 「、気分が悪くないなら、これから厨に行くぞ。」 「は、い・・・?」 きちんと返事をする前に、さっさと政宗に抱き起こされた。 夜の厨は真っ暗でひっそりとしていたが、 政宗が火を入れると急に命を吹き込まれたかのように明るくなった。 木箱の上にちょこんと座らされて、は戸惑いながらも、政宗が袂を上げるのを見ていた。 「握飯は夕餉のときに準備させたもんだから、ちぃとばかし固くなってるが、我慢しろ。」 「・・・・・? こんな夜に食べるんですか?」 確かにずっと寝ていたせいか気分は悪くないので、今なら何か口にできそうだが。 「握飯だけじゃねえぞ。」 政宗は上機嫌で卵を器に割ると、砂糖と塩を適当に入れ、軽い音を立てて溶き始めた。 同時に未来の卵焼き器に似た鉄板を火にかけてあたためている。 「つわりは空腹だと酷くなるらしくてな。 日中食えないなら夜中に起きて食うといいらしい。」 「そうなんだ・・・。」 「俺もそれなりに勉強してんだ。」 「ふふ・・・。」 なんとなくおかしくて笑うと、政宗も少しこちらに目線をよこして微笑んだ。 ひたすら純粋に、幸せだなあとお腹の底からあたたかい気持ちになる。 そうこう言っているうちに、政宗は溶き卵を鉄板に流し込んだ。 甘い香りとじゅうっという音がする。 今更だが、卵焼きを作ってくれているらしい。 「・・・勝手に厨を使っていいんですか?」 「俺の城なんだから勝手も何もないだろ。 おい、握飯、焼いたら逆に食べにくいか?」 「多分。焦げた匂いをかぐと気分が悪くなることが多いので。」 「分かった。 、口開けろ。」 「あーん? ――熱っ!!!」 口に放り込まれた熱々半熟の玉子焼きの欠片には涙目になる。 熱過ぎて味も何も分からない。 恨めしげに政宗をにらみつけると、にやにやしながらこちらを見下ろしている。 腹が立ったので蹴ってやろうとすると、政宗はそれを察してさっと避けた。 お姫様にあるまじき行動。 でもは元々こういう人間だった。 そして政宗もこういう人。 それを再確認したのは、なんだかとても大事なことな気がした。 「ほら、食えるだけ食えよ。」 膝の上におにぎりを2つのせられ、手には箸とできたての玉子焼きののったお皿を渡される。 「こ、ここで食べるんですか?」 「部屋まで持っていってるうちに冷めちまうだろうが。 何のためにお前をここまで連れてきたと思ってんだ。」 「はあ・・・いただきます。」 確かにこちらに来てからは毒見のせいで冷めた料理を出されることがほとんどで、 あたたかい玉子焼きなんて食べたことがなかった。 さっきまでの腹立たしさも忘れて、は笑みを浮かべて玉子焼きを口にした。 今度は適温で、優しい甘みがふわっと広がる。 「美味しい!」 「そうか。」 ここのところ見ていなかった屈託のないの笑みに、政宗も微笑む。 ああ、まるでこれは・・・。 「なんか、未来にいたときみたいですね。 政宗さんが料理を作ってくれて、あったかいごはんを食べて。」 「この伊達政宗にメシ作らせる女なんてお前以外にどこにもいねえぞ。」 「あははっ、激レアだー!」 半熟の玉子焼きが美味しい。 固くなっていても、おにぎりも美味しい。 食べ物がこんなに美味しいのはつわりになって以来初めてだ。 気分が悪くなることもなく、どんどん食べられる。 そうして他愛もない話をしながら口を動かしているうちに、全部食べきってしまった。 これだけの量をすんなり食べきることができたのも本当に久しぶりだった。 お腹をさすりながら、は自然と口の端を上げる。 ――お父さんの作った玉子焼き、美味しかったよね? 「よし、腹ごなしに少し庭を歩いてから部屋に戻るぞ。」 「はいっ。」 差し伸べられた手をとって立ち上がる。 びっくりするくらい身体が軽かった。 |
なんで卵焼きなのかと言われても、「なんとなく」としか答えられない・・・。
ところで、うちのこじゅはホンットに出番が少ない上にあんまり喋りませんねえ・・・。
喜多さんより喋ってないよ、絶対。
でもこじゅにはこの後まだ美味しいとこが用意してあるんで!!(^ ^;)