のつわりは日に日に酷くなっていった。
気分の悪い時間が増え、横になってもうなされることがしばしばあった。
そうなると食事も困難になり、無理をして口に入れても嘔吐する。
しかも食事に関してはとにかく匂いに敏感になっており、
特に魚・獣肉の類の焼いた匂いは、嗅いだだけで吐き気をもよおすこともあった。
匂いのきついものも当然受け入れない。
が口にするのは専らおかゆや具の少ない汁物、匂いの薄い野菜料理や果物になった。
食事の回数も量もぐっと減ったせいで、短期間では随分痩せた。

「失礼致します。」
自室でぼーっと窓の外を見ていたの耳に明るい声が入った。
振り向くと部屋の前で喜多が頭を下げていた。
「喜多さん!」
様、珍しいお菓子がありますので召し上がりませんか?」
傍らの盆を手にして、喜多がにこにこしながら側にやって来る。
その盆の上には、湯気の立つ熱いお茶と、懐かしい・・・
「カステラ!?」
あの黄色い焼き菓子に驚いて思わず声を上げると、喜多も驚いた顔をした。
けれどすぐに微笑んでの横に座る。
「さすが様、カステラをご存知なのですね。
 未来では日頃から口になさっていたのですか?」
「そんなに頻繁に食べるものではないですけど、簡単に手に入りはしましたよ。
 ・・・あの、食べていいですか?」
おずおずと遠慮がちにそう尋ねるに、喜多はほっとしたように笑った。
最近では主が自分から何か食べようとすることは珍しい。
「勿論です。 様が気分の良さそうなときにお出しするようにと、
 殿が自らお取り寄せになった品なのですから。」
「政宗さんが・・・。」
嬉しいと同時に、言い知れない寂しさと不安が胸を襲った。
実のところ、この頃政宗と顔をあわせる時間が急激に減っているのだ。
丸一日顔を見られない日さえある。
政務の量だけでなく、やはり軍議の時間が格段に増えているらしい。
いよいよ戦が近いのだろう。
本当はカステラよりも、少しでも多く彼が顔を見せてくれるほうが、
よっぽど元気が出るのだけれど、そんなわがままは言えるはずもない。
それに、彼にするべきことを頑張れと言ったのは他ならぬ自分なのだから。
「今日の夕餉は殿がご一緒なさいますよ。」
「本当ですか!?」
めっきり青白くなったの顔が赤みを帯びるのを、喜多は嬉しそうに眺める。
お茶が冷めないうちにと勧めると、は笑ってカステラとお茶を食べ始めた。
その手つきも軽いことから、今日は本当に調子が良いのが分かる。
「美味しいなあ・・・。 喜多さんも食べましょう?」
「はい、恐れ入ります。」
きちんと盆に用意されている喜多のぶんのお茶とカステラ。
毎回が『喜多さんも一緒に』『喜多さんの分は?』と尋ねるので、
早々にお茶の時間は喜多のぶんも用意されるようになった。
普通の侍女ならばいくら言っても恐れ多いと遠慮するのだが、
その点喜多は政宗の乳母で小十郎の姉であるだけあって一味違った。
政宗から申し付けられてはいるのだろうが、喜多はよく自分からに話しかけてくれるし、
しかも話してくれることがどれもこれも面白い。
が未来とは違う習慣に戸惑っていても、変な顔をすることなくフォローしてくれる。
小十郎と似た鋭い目元の、ハキハキした美人だ。
政宗と会える時間が減ってもまだが明るくいられるのは、喜多のおかげだった。
「そうそう様、『東館』の増築作業が始まりましたよ。」
「早いですね。この前政宗さんと部屋数とかを相談したばかりなのに。
 ・・・相談って言うか、ほとんど政宗さんが決めちゃってましたけど。」
少し口を尖らせるに、喜多は朗らかに笑う。
さまのためにあれこれできるのが、殿はお嬉しいんですよ。」
「はあ・・・。 あ、東館といえば、はじめてその話をしたときに、
 政宗さんが迷信がどうのこうのって言ってたんです。
 喜多さんはその迷信っていうの知ってるんですか?」
「迷信・・・。」
喜多は少し目を伏せて繰り返した。
読めない表情だ。
「恐らく、未来からいらっしゃった様だけでなく、
 私達でさえ根拠がないと思うようなものです。
 わざわざ様のお耳に入れるようなお話ではございませんよ。」
「・・・・・そうですか。」
よく考えれば、政宗が言わなかったようなことを喜多が話すはずがない。
そんなにも縁起でもない迷信なのだろうか。
しかしこれ以上言及したところで先は見えなさそうだ。
「姫様、喜多様、失礼致します。」
ふと、部屋の前で別の侍女が床に手をついていた。
喜多はお茶を置いて彼女に向き直る。
「どうかしましたか?」
「上様がおなりです。」
「!!」
途端にがぱあっと明るい表情を浮かべるので、喜多は苦笑する。
様良かったですね。」
――なんだ、そんなに嬉しいのか?」
早速どかどかとやって来た政宗に、喜多も廊下の侍女も深く頭を下げる。
はというと、政宗のからかうような笑みに少し顔を赤くした。
他の人がいる手前、素直に嬉しいと言うのが恥ずかしくて、は敢えて話題を変える。
「こんな昼間から時間があいたんですか?」
「俺じゃなくても処理できそうな仕事は小十郎たちに押し付けてきた。」
「な、なんつー・・・。」
頭を押さえるを気にせず、政宗は部屋に入ってきて彼女の横に腰を落ち着ける。
「喜多、下がれ。俺の分の茶は必要ない。」
「かしこまりました。」
喜多は自分の分の茶を片付けて、素早く去っていった。
いつの間にか廊下にいた侍女もいなくなっている。
予期せぬ2人きりの時間に、はなんとなくそわそわする。
ちらりと政宗のほうを見るとびっくりするくらい優しい隻眼が自分を見ていた。
ごく自然に、政宗の手がの頬へと伸ばされる。
「今日は気分が良さそうだな。顔色もいい。」
「朝も、おかゆだけですけど全部食べられたんですよ!
 カステラも美味しいです、ありがとう。」
「しっかり食えよ。・・・ったく、お前また痩せたか?」
今度は手をとられてその甲を撫ぜられる。
くすぐったい。
「政宗さん、いっつも会うと痩せたかって言いますよね。
 そんな毎日ずんずん痩せてちゃ死んじゃいます。」
「だが一ヶ月前のことを考えれば、随分痩せた・・・っつーより、薄くなった。」
「平気です。食べられるときはちゃんと食べてるから。
 それより、あの・・・・・今日は一緒に寝ていいですか?」
「大胆だな。」
にやにやと笑いながらも抱き寄せられて、は素直に身体を預けた。
これまでは情事のとき以外でも一緒に眠っていたのだが、
最近では夕餉も食べずにが自室で横になりっぱなしであったり、
政宗が遅くまで自室に帰ってこなかったりと、別々に眠ることが増えた。
。」
「はい。」
政宗の匂いと体温にほっとする。
うっとりと目を閉じていると、政宗の声が身体中に染み入ってくる。


「5日後に出陣する。」







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どこに戦に出るかは今後も具体的に書くことはしませんので、ご了承下さい〜。
ていうかぶっちゃけ考えてないですすいません(´∀`;)