未来のようにはまだまだ医療が発達していないものの、
医師はにこにこしながら美緒の妊娠を診断した。
何より美緒自身が自分でも不思議な確信を持っていたし、
それまで気持ち悪いほど規則的だった生理がぴたりと止まっているので、ほぼ疑いようがない。
医師からの話を受けて、政宗と美緒はなんとはなしに部屋ではなく庵に来ていた。
縁側に2人並んで座って雪が解けきった庭を眺める。
そのままぼーっと黙り込んでいたが、先に口を開いたのは政宗だった。
「正直、実感湧かねえんだよな・・・。」
難しそうな顔をして政宗がそう呟くので、美緒は噴き出しそうになった。
なんのかんのと真面目な人だ。
「自分の身体に変化が出るわけじゃないから、男の人はそういうものなんじゃないですか?」
「そういうもんかねえ・・・。
 ただ、とにかくお前が心配ではあるんだよ。」
「私? 今朝のは単なるつわりですし、吐いたら落ち着いたのか今は元気ですよ?」
元気さをアピールするために腕をぶんと振り上げる美緒に、
そういう単純なことじゃないとばかりに政宗はため息をついた。
「そのつわりだって、これから重くなっていく可能性があるだろ。
 そういうお前が一番辛いだろうときに、多分俺は戦で城を空ける。
 そもそもお前の時代の医療の進み具合と比べて、
 こっちじゃ出産で命を落とす女はまだまだ多いし、流れることも多い。」
「でもそれはしょうがないことです・・・。」
「ああ、しょうがない。だが心配くらいさせろ。」
そう言って、慈しむように睫毛にかかる前髪をそっとよけられた。
そんな小さなことひとつにも彼の愛情を感じ、美緒は最愛の人を見て柔らかく微笑む。
実感がないなんてことは、ないではないか。
「私、元気な子が産めるように頑張ります。
 政宗さんも自分がするべきことを頑張ってくださいね。」
「・・・・・ああ。
 ――それから、お前に相談っつーか、もう俺の中では決定事項なんだけどな。」
「それ相談って言わないと思いますけど。」
久しぶりに政宗の傍若無人ぶりを目の当たりにして思わず突っ込みを入れる。
「2つあるんだが、両方ともお前にとって悪い話じゃない。
 ひとつはこの庵を増築して、お前の出産用にきちんと『東館』とする。」
「へ? ・・・・・えええっ!?」
つまり自分のためにひとつ家を建ててくれるということなのだろう。
この庵をぽんと自分にくれたときにも相当驚いたが、
未来では普通有り得ないような政宗の更なる申し出に、美緒の口があんぐりと開かれる。
そんな彼女のリアクションをものともせず政宗は続ける。
「重臣の中の古狸は未だに妙な迷信を信じてる節があるからな・・・まあそれはいい。
 お前、この庵のほうが落ち着いて出産できるだろ?」
政宗が言葉を濁した迷信とやらが少し気になるものの、
確かにここなら安心して出産までの期間を過ごせるだろう。
「もうひとつは、新しいお前付きの侍女を呼び寄せる。
 俺の乳母で小十郎の姉の、喜多という女だ。」
―――は?」
最早何から驚けばいいのか分からなかった。
政宗の乳母で、小十郎の姉。
なんだかよく分からないがとりあえず強そうな人だと美緒は思った。
「喜多はしっかりしているから、俺がいないときは喜多を頼れ。
 お前の出身についてのだいたいの事情は祝言を挙げたときにいってるはずだが、
 改めて俺から喜多に話をしておく。」
「はあ・・・。」
今も勿論、美緒つきの侍女はいるし、最近やっと彼女らと打ち解けた雰囲気になってきた。
それなのにここにきてまた新しい人と関係を作っていくのが、美緒には正直少し億劫だった。
政宗に打ち明けたことはないけれど、ここでの人間関係には結構苦労しているのだ。
気兼ねなく話ができる相手があまりにも限定されすぎている。
しかしそんな美緒の心のうちを知ってか知らずかは分からないが、政宗はにやりと笑った。
「不安に思うことはない。だいたい考えてみろ、小十郎の姉貴だぞ?
 あいつのガキの頃の話も、いかにして畑作りにのめりこんでいったかも聞けるぜ?」
想像して思わずぷっと笑いそうになった。
「そ、それはものすごく聞きたい・・・!
 じゃあ政宗さんが子供の頃のお話も聞けるわけですね!?」
「そっちに関しては徹底的に口止めしておく。」
「何それずるい!! 絶対聞き出してやる!!」
軽く政宗の胸にパンチを繰り出すと、三倍返しとばかりに額を叩かれた。
それがまたいつものように容赦ない力加減だったので美緒はむっとする。
「お腹の子に障ったらどうするんですか!」
「俺の子だからそんなに軟じゃねえはずだ。」
「おーい、こんな凶暴なおとんに似ちゃダメだからね!!」
「こんな口の減らねえ母親に似るなよ。」
早速お腹に向かって話しかけるのは、なんとなく楽しくて心温まる行為だった。
きっとまだ人の形さえとっていないだろうはずの存在。
それが既にこんなにも幸せな気持ちを与えてくれるのが、
不思議で仕方がない気がする反面、当然だという思いもある。
「・・・生まれてくるのが楽しみですね。」
「そうだな。」
微笑みあって軽く唇を合わせた。
大丈夫、きっとなにもかもうまくいく。
穏やかな気持ちで見上げた空は、昨日と同じくらい澄んだ青だった。







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若干短めですみません、そのぶん次がちょ~~っとだけ長いです。
で、成実さえ出てこないうちのサイトで、ここにきてまさかの喜多さん登場です。(^ ^;)