ぼんやりと覚醒した直後に、妙な身体のだるさを感じた。 「・・・・・・。」 人の動く気配や音、鳥のさえずりもしないので、まだ夜明け前だろう。 なんとなく喉が渇いているが、水差しを取るために起き上がるのも億劫で、 隣りで眠る政宗のほうへ寝返りをうつだけにしておいた。 風邪でも引きかけているのだろうか。 実は昨日の夜あたりから元々気分が優れなかったのだが、 原因は昼間に体験した政宗のアクティブすぎる馬の扱いのせいだと思っていた。 しかし、昨日と同じような気分の悪さが今も続いているのは、さすがにおかしい。 無理をして食べた夕餉が胃の中で停滞しているような感覚がする。 「・・・・・?」 ふいにかけられた声に、はなぜかほっとした。 顔を上げると、最愛の夫が寝起きとは思えないはっきりとした目線でこちらを見ている。 「起こしちゃってごめんなさい。」 「いや。お前まだ気分悪いのか?」 「はあ、なんとなく・・・・・というか、私が気分悪いのよく分かりましたね。」 「顔見りゃ分かるだろ。水飲むか?」 「・・・はい。」 身体のだるさは当然変わらないが、政宗の言葉に自然と笑みが浮かんで、気持ちも明るくなった。 政宗が水差しを枕元へ引き寄せてくれたので、はなんとかのろのろと身体を起こす。 ぬるい水を流し込むと喉の渇きだけは癒えた。 「はー・・・・・。」 水差しの水を全て飲み干して、は布団にごそごそともぐりこむ。 すると政宗が抱き寄せてきたので素直に寄り添った。 気持ちの良い体温。 「熱は――・・・なさそうだな。」 「はい。寒くもないです。でもなんとなく気だるいというか気分が悪いというか・・・。」 「起きて医者を呼ぶか?」 「もうちょっと様子見たいので、このまま朝まで寝てもいいですか?」 「分かった。酷くなるようなら言えよ。」 「はい。」 頷いて政宗の胸に顔を寄せると、柔らかく頭を撫でられた。 独眼竜と恐れられる男がこんなにも優しく自分に触れることに、 少しのおかしさと、結構な優越感と、大きな幸せを感じながら、は再び眠りにおちた。 朝がきても気分の悪さは変わらなかったが、寝ていないと辛いほどではなかったので、 着替えて政宗と朝餉をとることにした。 薄く開いた障子からは朝独特の清々しい空気が流れ込んできて、それが心地良い。 「今日も良い天気ですね。」 「そうだな。」 幾分表情が和らいだを見て、彼女の前に座っていた政宗も穏やかに返事をした。 ゆったりとして甘い時間の流れにほっとする。 と、小十郎が朝餉を持った侍女とともに現れた。 「朝餉をお持ちしました。」 「おう。」 「小十郎さん、おはようございます!」 小十郎は朝餉のときでも政宗の側に控えて、おひつからご飯をよそうまでする。 最初こそそれに驚いたものの、今では慣れてしまった。 夕餉のときには、小十郎の都合が合いそうなら、一緒に食べませんかと誘うこともある。 すっかり家族みたいだなあと思って、は小さく笑う。 そんなを見て小十郎が小さく呟いた。 「・・・なんだ、平気そうだな。」 「はい?」 「いや、政宗様からの調子が悪いと伺っていたんだ。」 「政宗さんったらわざわざそんなこ――」 唐突に途切れたの言葉に、小十郎も政宗もはっとした。 はというと、いきなり襲ってきた吐き気にぎくりとしていた。 ただし今回ははっきりと吐き気の理由が分かった。 小十郎と会話をしている間に目の前に出された朝餉の、焼き魚の匂い。 毒見のせいで若干冷めてしまっているにもかかわらず、なぜか焦げた匂いが鼻につく。 まるで異様に嗅覚が鋭くなっているかのようだ。 じんわりと浮かんだ冷や汗とともに、吐き気は増すばかりで。 が口元を押さえて俯いた瞬間に、小十郎よりも早く政宗が動いた。 「!」 「は、吐く・・・・・!」 小さな声を聞き取るなり政宗はを横抱きにして立ち上がった。 そのまま部屋から出て行こうとしながら、短く小十郎に命令する。 「小十郎、医師を。」 「はっ。」 は吐き気を必死でこらえるが、政宗が早足に歩く震動も辛い。 けれどまさか彼の着物に・・・なんて、死んでも嫌なので、とにかく政宗にしがみつく。 そうこうして連れてこられたのは一番近い厠だった。 「吐くなら吐いちまえ。」 政宗のあんまりにもあんまりな対処と物言いに、吐き気は止まらないのにはふにゃっと笑った。 そうしてお言葉に甘えて、思い切り嘔吐する。 みっともなく胃の中身を吐き出しながら、はひとつの予感を胸に感じていた。 確信にかなり近い予感を。 「・・・っ、はー・・・、吐いたー・・・。」 「まだ吐くか?」 「や、多分大丈夫です。 それより吐いてるとこ見られたのがすっごい恥ずかしいんですけど・・・!」 「何言ってんだ。これが初めてじゃねえんだから、今更だろうが。」 口元をぬぐいながらきょとんと顔を上げると、政宗が眉をひそめてこちらを見ていた。 途端にフラッシュバックする記憶。 ――ああ、そういえばこの人と初めて会ったときに、いきなりゲロ吐いたんだっけ。 あれから1年も経っていないのに、すっかりあのみっともない出来事を忘れていた。 自分の脳みその都合の良さに苦笑しながらも、はしみじみと感じる。 「思えば、あれからいろんな意味で遠くまできちゃったなあ・・・。」 「それも今更だろ。」 「全くですね!」 あははと笑ったに政宗も安心したように笑んだ。 そんな夫の顔を見ると、この『予感』を言いたくてたまらなくなってきた。 まだあくまで予感なのだから、もしはずれたときにがっかりさせてしまうかもしれない。 でも、なんとなく、はずれていない気がするのだ。 落ち着いてきた吐き気とは逆に、鼓動が速くなってきた。 はきゅっと政宗の着物の裾を掴んで微笑んだ。 「政宗さん、赤ちゃんできたかも。」 「・・・・・・Ah?」 ・・・そのときの政宗さんの顔といったら! |
「つわり」についてかなり調べたんですが、症状は本っ当に様々みたいで、困りました・・・(^ ^;)
まあそれだけに、ものすごい間違いを書くこともないだろうから、ある意味安心かも。
ところで政宗様のあの馬に乗ったヒロイン、お腹の子どもは大丈夫なんだろうか。(笑)