「心配をかけてごめんなさい、もう大丈夫ですから。」 あっという間に自室に整えられた布団の上で、は苦笑していた。 あたたかく火鉢のたかれた部屋で、顔色はすっかり元に戻っている。 ひととおりを見た後、医者も薬湯を用意してすぐに去って行った。 しかし未だ傍には政宗、慶次が、さらに部屋の外には小十郎も控えていた。 「自分がこんなに血に弱かったなんて知りませんでした。 伊達政宗の妻がこんなんじゃ、情けないですね。」 「いや、血なまぐさいとこ見せて悪かったな。 これからは今まで以上にお前の前では戦の話はしないよう心がける。」 「ありがとうございます。」 一見何の問題もない穏やかな会話。 そんな2人のやりとりに、それまで押し黙っていた慶次がいきなり声を上げた。 「――あのさあ、アンタらそれで本当にいいのか?」 「え?」 「Ah?」 そう声を発して振り向いた2人に、慶次はイライラと頭をかいた。 「が気分悪くしたのは、単に血に弱いんじゃなくて、 自分の旦那が傷つくのが見てられなかったからだろ!? それから政宗が奥州筆頭である限り戦の話は避けては通れないし、大事なことなのに、 それをなるべくに聞かせないようにするって無理があるぜ? 大事なところから全部目をそらしていたら、いずれ破綻する!」 思い切り核心を突いた慶次の台詞に、だけでなく政宗さえ動きを止めた。 いい加減業を煮やした慶次は勢い良く立ち上がると、唐突に政宗の首根っこをつかんだ。 「Goddamn!テメェ何しやがる!!」 「人の色恋沙汰に必要以上に首突っ込むのはよくないとは思うんだけどさ、 今回はちょっと余計なお世話をさせてもらうよ。 独眼竜には右目がいるんだから、あんたはそっちで話聞いてもらえよ。」 そう言うなり慶次は障子を蹴り開けると、廊下に政宗を放り出した。 「こ・・・んの慶次!いい加減にしやがれ!!」 「よろしくな、右目さんよ。」 「・・・・・フン。」 普段の小十郎なら怒り狂うはずなのだが、今日は慶次を睨みつけただけで、 暴れる政宗を抑えて隣の部屋へと主君を連れて行った。 それを見届けてから、慶次は今度は静かに障子を締めた。 そして一瞬の出来事にぽかんとしているの側にゆっくりと座った。 「け、慶ちゃんってすごいね・・・。あの政宗さんをまるで子どもみたいに・・・。」 「別にすごくなんかないって。 どっか自分でも自覚してるから、政宗も無理にここに残ろうとしなかったんだろ。」 「そっ・・・か・・・。」 ぽつりとそう呟くと、再びは俯いて黙り込んだ。 さっきの騒ぎが嘘のように室内は静かだ。 そのまましばらくも慶次も何も言葉を発さなかった。 それは心の中で渦巻いているものをひとつずつほどく時間が与えられたかのようで。 そうしてどれくらい経ってからか分からないが、静寂を先にやぶったのはのほうだった。 「――政宗さんと慶ちゃんが戦ってるのを見て、すごく怖かった。 政宗さんを斬った慶ちゃんを酷いと思ったけど、慶ちゃんを傷つけた政宗さんも酷いと思った。 戦になったら・・・傷つけるだけでなく、殺すこともあるんだよね? もっとたくさんの血が流れて、もっといっぱい悲しむ人ができるんだよね・・・? 政宗さんは乱れたこの国をなんとかするために刀を振るってるのは分かるんだけど・・・。」 独白のようなそれを、慶次はただ黙って聞いていた。 先を促すようにただを穏やかな目で見つめている。 それに応えては続ける。 「・・・だけどね、私、本当は矛盾してるし、ひどい女なんだ。すごく偽善的。 戦になればたくさん人が死ぬかもしれないのに、 政宗さんが生きていればそれでいいって、心のどこかで思ってるんだもん。 こんなんじゃ一国の主の妻失格だよ・・・。」 覚悟してこちらに来たつもりだった。 けれど所詮、つもりはつもりでしかないのだ。 政宗の気遣いに甘えて『何も知らないふり』をしている。 そんな自分が嫌で、情けなくて、言い出すこともできなくて。 こんな心根の自分があの真っ直ぐな人の妻であっていいのか、不安になる。 「――はバカだなあ。」 「・・・・・へっ?」 すっかり沈み込んでいたの脳天に、慶次の言葉は直撃した。 バカと言われればたいてい腹が立つのだが、他ならぬ慶次から言われるとショックだった。 そうか、自分はバカだったのか・・・バカ・・・。 そんなに苦笑して、慶次は彼女の頭をぽんと撫でた。 「あのな、。は自分は異質な考えを持った人間なんだって口ぶりだけど、 この国の人間はたいていと同じ考えだと思うぜ? 誰も戦があって当たり前だなんて思ってないし、血が流れるのは嫌だ。 好きな相手が一番に無事であればいいと思うのは当然だろ。 勿論、だからって他のやつらがどうでもいいとかそういうわけじゃない、そうだろ? 誰かが誰かを大事に想う気持ちが組み合わさって、平和が訪れるんだ。」 慶次の言葉はどこまでも真っ直ぐで、力強く、ストレートにの心を突いた。 現実はそんなに甘くはないし、もっとシビアだ。 誰だってそうすぐに気がつくような台詞なのに、反面そうであればいいと願って止まない『現実』。 「見なきゃいけない現実から逃げちゃうのなんて、簡単なんだ。 それも自分が選択するものだから、本当は他人がとやかく言うことじゃないかもしれない。 まあそれでも口を挟みたくなるのが人情ってもんだよな。 ・・・なあ、一国の城主の妻なんてやめて、俺と一緒に来るかい? 綺麗なもの、面白いもの、いろんなものを2人で見るんだ。」 そう言いつつ、慶次の声色に誘うような響きは全くなかった。 がどう答えるか全て分かった上で、慶次は訊いているのだ。 そして分かっていても、それを言葉にする大切さも、彼は知っている。 だからはぐっと顔を上げて微笑んだ。 「――行きません。綺麗なものも、面白いものも、醜いものであっても、 全部政宗さんと一緒に感じたいから。」 「それが全ての答えだよ、。」 慶次は顔中でにっと笑うと安心したように息をついた。 姿勢を崩して両手を床に着いて、何を見るでもなく天井を仰ぐ。 「これは俺個人の考えなんだけどな、全てを理解しようなんて、傲慢だと思うんだ。 だけど、理解しようと努力して、いろいろな人や事柄に心を沿わせること。 結局はそれが大事なんじゃないのかな。」 「・・・慶ちゃんって、政宗さんと同じくらい優しいね。」 「ありがとな。」 素直にそう答える慶次に、も顔いっぱいに笑った。 このタイミングで、この前田慶次という人と出会えて本当に良かったと思う。 そんな和らいだ空気の中、慶次はにやにやしながら振り向かずに声を上げた。 「つーわけだ、独眼竜。どうせ今も立ち聞きしてんだろ? あとは2人が話すしかないと思うんだけどな。」 「え!?ちょっ、また立ち聞き!?」 ぎょっとするの瞳に、障子にゆらりと写る影が見えた。 いっそ自分の夫には盗み聞きの趣味でもあるのではないかとも思ったが、 これが政宗の不器用さの表れなのかもしれない。 そう考えるとさっきまでのもやもやした気持ちは完全に吹っ飛んでしまって、 は声を上げて笑いたいような気分になる。 「、独眼竜に飽きて俺と一緒に生きたくなったら、いつでも呼んでくれよな?」 悪戯っぽくそう言うと、慶次はスパンと障子を開けてどかどかと部屋を出て行った。 室内に廊下の冷気が流れ込んでくる。 そして慶次の代わりに、なんとも言えない表情をした政宗が現れる。 そんな政宗には笑って声を掛けた。 「・・・取り敢えず、どこから聞いてたのか教えてもらいましょうか。」 「俺と慶次がやりあってるのを見て怖かったってあたりからだ。」 「最初っからじゃないですか!」 投げつけられた枕をキャッチして、政宗は苦笑した。 ――さあ、2人で話をしよう。 |
小十郎の空気感が酷い。
なんか、書きたかったことがさっぱりまとまってなくてしょんぼりです。(- -;)
「慶次ならこう考えるだろ」ってことで私自身の考えとあまり一致しない部分もあるんですが、
こういう考えもあるんだっていうことで。
そして、果たして慶次自身は『見なきゃいけない現実から逃げ』ているのか、それはまた別の話で書けたらいいな。