慶次の出立はひどく唐突だった。 というか、一連の騒動の翌日の朝に、慶次はいきなり旅支度を整えていた。 すっかり庵を片付けていそいそと草履を履いている慶次を目の前に、 は呆然とし、政宗はどこか納得のいったような顔をしていた。 「い、行っちゃうの!?」 「ああ、世話になった!飯美味かったよ!」 「元々と会うのが目的だったって言ってたからな、そろそろだろうと思ってたぜ。」 「実は政宗の幸せそうなツラを拝むのも目的だったんだけどな。 両方達成できたから、今度は北端のほうに行って雪かきでも手伝ってこようかと。」 「なにそれ・・・。」 よく分からない次の目的地に脱力するを笑い飛ばして、慶次は夢吉を彼女の肩に乗せた。 夢吉は別れを惜しむようにの頬に身体を寄せた。 ふわふわの毛並みがくすぐったくては目を細める。 「キ〜・・・。」 「お別れだね、夢吉・・・。」 「まっ、また遊びに来るからさ!」 慶次が手を伸ばすと夢吉は少し躊躇ったもののすぐにぴょんと飛び乗った。 それを確かめてから、身体をほすぐようにぐんと伸びをする。 この時期の奥州では有り得ないような晴れた空。 慶次がやって来てからはなぜか天気の良い日が多かった。 そんなわけはないのだが、彼の明るさとパワーがそれをやってのけているように思われる。 「会えて良かったよ、。」 「うん、私も本当にそう思う。絶対また来てね。」 「勿論。いいよな、政宗?」 「Ha!なんて言おうが勝手に来るんだろうが。」 「「素直じゃないなあ・・・。」」 「ハモるな!」 青筋を浮かべる政宗を、と慶次は大声で笑った。 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指でぬぐってから、は改めて慶次に向き直った。 真っ直ぐなの目を、慶次も正面から見つめ返す。 「いろいろありがとう、慶ちゃん。 慶ちゃんにも『たった一人』が見つかるよう、奥州から私が・・・友達が、祈ってる。」 「・・・ありがとな。」 そう口にすると、奥州にきてから一番の笑顔を、慶次は浮かべた。 ――そうして慶次は案外あっさりと去っていった。 現れたのもいきなりで、去るのもいきなりで、それは慶次らしいといえば慶次らしかった。 多分彼はこうしてふらりといろんなところを訪れては、 いろんなものを見て、いろんな人と出会って、多くのものを吸収し、 そして誰かに自分が吸収したものを還元して歩いているのだろう。 豪快だけれど、ひどく繊細な一面も見え隠れする人。 前田慶次の訪れは、米沢城にも力強い風を吹き込んでいったのだった。 「あーあ、慶ちゃん行っちゃったな・・・。」 急に寂しくなった庵の縁側で、はぽつりと呟いた。 その隣に座っている政宗はひとつあくびをしてからさらりと返す。 「どうせすぐにひょこっと顔出すぞ、あいつ。」 「だといいですけど・・・。 あ、ねえ政宗さん、いつか京のお祭りに連れてってくれませんか? 慶ちゃんの話を聞いてたらすっごく行きたくなっちゃって。」 途端にいきいきとした表情を浮かべるに、政宗は苦笑した。 「だからこの前も言っただろ。 城下も桜も木々の緑も、祭りも蛍も見せてやるって。」 「うん・・・私、政宗さんと一緒にたくさんのことを感じたいです。 だから、なんでもいい、話してくださいね。」 そう言ってがふいに真剣な顔をすると、政宗も真っ直ぐに彼女の目を見返した。 もう誤魔化したり逃げたりするのはやめなければいけない。 力強い風が後押しをしている。 「――お前のためだという建前で、戦のことや血なまぐさいことは見せないようにしていた。 六爪のことさえ話していなかったのも不自然だよな。 お前にそういう面を見られてこの時代に来たことを後悔されるのも、 俺の刀が血に濡れることがあるのを知られて拒否されるのも――怖かった・・・んだろうな。 それが昨日みたいなことを起こした・・・悪かった。」 「違う!政宗さんが謝ることじゃないです!私が・・・」 「いや、違わねえ。出会ったときからお前は俺を受け入れてくれていた。 それに、お前がお前らしい感覚で俺の傍にいてくれることを、俺は望んだんだ。 なのに俺にとって都合のいい感情ばかりお前が持つようにしていた。」 「〜〜〜〜〜っ!」 もどかしそうには顔をしかめると、もの言いたげに口をぱくぱくとさせた。 感情が昂ってきているのか頬の赤みが増している。 と、ぺちっと音を立てていきなり両手で政宗の顔を挟んだ。 「っ!お前何す――」 「政宗さん、傲慢!」 「なんだと!?」 瞬時に声を荒げた政宗にひるむことなく、ははっきりと続ける。 「政宗さんにとって都合のいい感情ばかり私が持つようにしてた? ――バカにしないで!私はちゃんと私の感覚で毎日生きてる! そりゃ、周りの要因が影響した上で私は自分の決断を下してるわけだけど、 そういうのに全部あなたが責任をとろうとするのはやり過ぎたことです。」 強くそう言い切り、政宗をきっと睨んだかと思えば、はまたいきなり夫の首に抱きついた。 あまりに唐突だったので政宗は少し息を詰まらせたものの、 すぐにの背中に腕をまわして抱きしめ返す。 「多分また逃げ腰になることもあると思うんですけど、そのときは私を引き止めてください。 お願いしますね。」 「・・・お前も、俺が傲慢になったら言えよな。」 「根に持つなあ・・・。」 きつく抱きしめあったまま、お互い小さくこらえるように笑う。 「ていうか、結局私達って『自分が悪い』って言い合ってるだけじゃないですか?」 「だな。」 「アホだ・・・。」 「『バカ』なんだろ?」 「政宗さんに言われると腹立つ!腹立つからキスしてやる!」 「意味わかんね。」 触れ合った唇から愛しさが増して、キスをしながらまた笑った。 慶次からの贈物のような青空が気持ちがいい。 なんとなく今日は特別良い日になりそうな、そんな気がした。 ――ところで、その後慶次が再び奥州を訪れたのは本人も言っていたとおりすぐだった。 北端で雪かきの手伝いをした礼にもらったとかいう日本酒を持って、 雪解けの頃になってまたしてもふらふらっと城を訪ねてきたのである。 その短いスパンには大笑いをするのだが、 短期間で彼女に訪れた大きな『変化』に、慶次のほうも笑うことになる。 その変化については、また別の話・・・。 |
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うーん、今回もまた言いたいことをうまくまとめられないままなんとか終わらせた感が・・・。
ていうか筆頭夢のはすが、私がいかに慶次が好きかを証明した話になってますね。(笑)
『本編後』もいよいよ終盤です。
もう少しだけお付き合いをお願いします!