慶次がやって来てからは、曇天ではありながら日中にあまり雪の降らない日が多く、
珍しく風もいつもより鋭さを潜めていた。
これがチャンスとばかりに、は慶次を誘っては庵の前庭で雪遊びをはじめた。
政宗は政務のために文台に着かなければならない時間が多いのだが、
それが終わると慶次とが遊んでいるのを書物を読みながら見ていたり、
気まぐれに遊びに参加したり、2人と一緒にお茶を飲んだりした。
かと思えば、ふいに慶次はふらっと城下に降りていってと政宗を2人にしてくれることもある。
そんな風に、この一週間ほど楽しくて穏やかな日常が続いた。


「うんうん、やっぱり頭に椿飾るだけで可愛い!」
「ホントだ。じゃあこっちには凛々しく刀でも持たせるか?」
「キィ〜!」
「あっ、夢吉その枝丁度いい!ありがとう!」
頭に椿を飾った可愛い雪だるまと、刀を携えた凛々しい雪だるま。
今日は雪だるま作りに励んだわけだが、2人と一匹で朝からやっているとさすがに完成が早く、
綺麗な形の雪だるまが二体も出来上がったわけだ。
計らずも寄り添うように立っている二体は、眺めていると微笑ましい気持ちになる。
「どうせだからこの雪だるま、と独眼竜に似せるかい?
 まずは眼帯と刀を五本用意して・・・。」
「前に政宗さんの雪だるま作ったら嫌な顔されたからやめたほうがいいと思う。
 似過ぎててなんか腹が立つって。」
「なんだそりゃ!」
慶次は豪快に笑って武士雪だるまの頭をポンポンと叩く。
「じゃあ慶ちゃん雪だるまにしよっか?
 刀はもっと大きくして、ポニーテールもつけなきゃ。」
「ぽに・・・?」
「あっ、ごめん、つい異国語を・・・。」
「いや、さすが独眼竜の嫁さんだな。」
今度は穏やかに笑って、慶次は庵の縁側に腰を下ろした。
それから自分の横を手で示して、に座るよう促す。
「休憩がてら、また話でもしようぜ。」
「そうだね。あー・・・真冬なのに微妙に汗かいてるよ私。」
手でぱたぱたと扇ぎながら、は呼ばれるままに慶次の横に腰掛けた。
すっかりに慣れた夢吉はすかさず慶次の肩からの膝へと飛び移る。
「結構良い運動になるんだな、雪だるま作りって。」
「慶ちゃんは汗ひとつかいてないねえ。汗かきにくいの?」
「そんなことないぜ? 喧嘩の後なんかはさすがに汗かくさ。」
「けっ、喧嘩!?物騒な・・・!」
「物騒ねえ・・・まあそうかもな。
 で、汗かいたあとにぐーっと水なんか飲むと、すっげえ美味いよな。」
「それは分かるけど・・・。」
は眉根を寄せて口ごもる。
明るくてあっけらかんとした慶次が喧嘩をする姿など、とても想像できない。
けれど考えてみれば、未だは政宗が戦場で刀を振るう姿も想像できないのだ。
自分の想像できる範囲ばかりが現実ではないことくらい、とうに分かっていたはずなのに。
そのままシリアスな方向へと思考が向かっていきそうなのを、
は意識して笑顔を作って話題の方向を変える。
「あ!また京のお祭りの話を聞かせて?」
はほんっとにその話が好きだな。」
慶次は苦笑して肩をすくめたものの、ぱっと表情を明るくして語り始める。
「京の祭りの日はそりゃもうにぎやかで、華やかで、気持ちが浮き立って仕方なくなる。
 特に夜がいい!
 そこら中に明かりが灯って、夜なのに明るくて、笛や太鼓の音がどこからか聞こえてきて。
 それにあわせて踊ったり、あとは神輿を担ぐ若い衆のあの生き生きとした顔といったら!
 勢いのいい掛け声があたりに響き渡って、祭りを盛り上げるんだ。
 道行く人はみんな楽しそうで、ほろ酔いの爺さん連中やら、良い人と一緒に歩く若いのやら、
 風車を持って走り回る子どもやら・・・。」
それを語る慶次もとても生き生きとした顔をしている。
のいた未来の祭りとどれくらいの差があるかは分からないが、
想像するだけでこちらまでわくわくとしてくる。
そんなに楽しいところに、あの人と一緒に行けたらどんなに嬉しいだろうか。
なんだかんだと祭りは嫌いでなさそうな気がする。
「・・・さ。」
「んー?」
慶次はにっと笑った。
「今、旦那のこと考えてただろ?」
「へっ!?」
ただでさえ図星で恥ずかしいのに、間抜けなほど声が裏返って、余計に頬が熱くなる。
「なっなっなっ!?」
「すっげえ良い顔してたんだよ。
 いつか2人で京都に来いよ、歓迎するぜ?」
「あ・・・ありがとう・・・。」
からかわれるでもなく、心底良かったなあという顔をされると、
恥ずかしいというかなんとなくいたたまれない気分になる。
政宗との初夜の翌日、小十郎と話をしたときと同じ感じだ。
あのときは逃げるに逃げられなかったが、今は・・・。
「わっ、私お茶もらってくるね!?ちょっと待ってて!」
はにこにこしたままの慶次を置いて、小走りに廊下の向こうへ逃げ出したのだった。



一人きりになった慶次は曇天を見上げてふっと笑うと、視線を移さずに呟いた。
「・・・独眼竜には盗み聞きの趣味でもあるのかい?」
「アンタの反応が見たかったもんでな。」
が消えたのとは逆側の廊下の向こうから、口元に薄く笑みを浮かべた政宗が現れる。
どかどかと歩いて慶次に近づくも、その隣には腰を下ろさず、
側の柱に体重を預けて立ったままでいる。
「多分教えちゃくれないんだろうが、はどこの子だ?」
「『田村の娘を嫁にした』と『村娘を連れ去ってきた』のどっちが良い?」
特に動揺した様子もなく、政宗は慶次を見下ろして淡々と言った。
「つまりそのどっちでもないわけだな。
 なんにしろ、の素性を隠したいんならもっと用心するべきだ。
 良家の姫さんは侍女を呼びつけて茶を淹れさせるもんだし、ただの村娘に異国語は使えない。
 何よりあんな雰囲気の女の子に俺はあったことがない。」
「他ならぬアンタだからあまり用心はしてねえんだよ。
 ――友達の身に危険が及ぶようなことを、アンタは他国へ洩らさない。
 どうだ、当たってるだろ?前田の風来坊。」
かいかぶりすぎだと思わず反論しかけたが、慶次はそれを呑み込んだ。
実際、政宗の言うとおりだからだ。
そんな慶次を目にして政宗はニヤニヤと笑う。
「Ha!アンタもも大概正直者だな。」
「あーくそっ!なーんか悔しいんだよなあ・・・!」
「それより久しぶりに相手しろよ。
 ここんとこ小十郎以外の相手とやりあってねえんだよ。」
至極楽しそうに政宗は刀を構えるように腕を上げた。
途端に慶次もぱっと楽しそうな、挑戦的な顔つきになる。
「おっ、いいねえ!ここに来たからには一戦交えとかなきゃな!」
「Done! が帰ってきて茶を飲んだらすぐだ!
 朝から筆ばっか握ってて身体がかたまっちまって仕様がねえ。」
ぱたぱたと近づいてくる彼女の足音を聞きながら、二人はお互い挑むように笑い合った。







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『田村』というのは愛姫の出身から引っ張ってきました。
対外的には田村氏の娘を貰ったことにしている、という設定・・・だと思う。(笑)
そのへんあんまり深く決めてないんですよー(^ ^;)
しかしヒロインと政宗様が絡んでなくてすいませ・・・