は自分の顔が羞恥心で赤いのを自覚しつつ、目の前にどっしりと座っている慶次に頭を下げた。
「改めましてご挨拶します。と申します。」
「おい、こんな奴に丁寧に頭下げることなんてねえぞ。」
下がったの頭を政宗がぐいと押し戻すのを可笑しそうに眺めながら、慶次は苦笑した。
「こんな奴って酷い言われようだなー。
 でも丁寧に挨拶してもらう必要は確かにないんだぜ、姫?」
「うわわわ、姫って呼ばないで下さい・・・!」
は一層顔を赤くして、首と両手をぶんぶんと振る。
さっぱり呼ばれ慣れない姫と言う呼び名。
侍女に呼ばれても未だにフリーズしてしまうことが多いというのに、
ほぼ初対面の相手に姫扱いされるといたたまれない気持ちになる。
かといって。
「ま、確かに姫って雰囲気じゃないよなあ。」
「・・・・・あはは。」
こうもはっきり言われると、それはそれで微妙に傷つくものがある。
やはりお茶やお華でも習うべきか・・・。
そんな微妙なの心情に気がついたのか、慶次は慌てて付け加えた。
「なんてえのかな、気取ってばっかの姫さんより、
 俺はみたいなタイプの女の子の方が話しやすくって好きだよ。」
「は、い!?」
それまでとは違った原因でぼんっと顔を赤くしたに、政宗は良い顔をするはずもなく、
声を裏返らせてうろたえている妻の頭を叩きつつも慶次を睨みつける。
「お前何人の女を口説きにかかってんだよ。」
「そんなつもりないって!」
「いいや、そもそもアンタはロクな理由でうちに来ねえんだ。
 いきなりふらっとやって来ては、小十郎の野菜を大量に持ってったり、
 城に居候して俺の仕事を邪魔したり下町をぶらっとしたり、
 勝手に道場で大暴れしてうちのを叩きのめしたり、迷惑なことばっかだぜ!」
「なんだよ、いつもちゃんと手土産持って来てんだろ!
 今日も島津のじっちゃんから貰ってきた『銘酒・大噴火』をだな!」
「人から貰ったもんを手土産にすんな!」
「あーじゃあもう次来るときはまつ姉ちゃんの漬物でも持ってくるよ!それでいいだろ!?」
「ふふっ・・・!」
急に笑い声を上げたに、政宗も慶次も少し驚いて彼女を見た。
二人の視線を受けて、は照れたようにやや頬を赤くした。
そういえばちょっとそこらでは見られないくらい二人とも美形だ。
「いえ・・・政宗さんにもちゃんと友達がいたんだなって思って。
 そしたらなんだか安心したっていうか、嬉しくなったっていうか。」
と同い年なのに一国の城主である政宗。
彼が親しげに語り合う相手といえば、小十郎をはじめとするごく近しい重臣しか見たことがない。
従兄弟である成実とも随分仲良くしていたが、
慶次のように全く外部からの人間とも親しくしている様子を目にするのは初めてだ。
「友達だ!?お前この言い争いを聞いて友達だ・・・」
「そうそう、友達!だからも今日から俺と友達だ!」
眉をしかめた政宗の言葉を遮って、慶次が破顔してに手を差し出した。
「え?ともだ・・・ち?」
ぽかんとするに、慶次はにっこりと笑ったまま繰り返す。
「そう、友達。嫌かい?」
「そんなことありません!う、嬉しいです!」
「友達に敬語はなしだ、。」
「・・・うん!」
ぎゅっと握った慶次の手は、政宗より少しだけ大きく、体温はずっと高い。
この時代にやって来てから初めて口にした友達という言葉に、
首筋のあたりがぽかぽかする気がした。
が、はたと隣りの夫の存在を思い出して、は慌てて横を振り向いた。
慶次の言葉に顔を赤くした程度であまり良い顔をしない政宗なのだから、
握手をして友達宣言など、下手をすると刀でも抜くのではないのか。
けれどの予想に反して、視線の先の政宗は面白くなさそうな顔はしているものの、
先ほどと同じく本気で怒っている様子はみられなかった。
「なんだ?」
「い、いえ。」
ちょっと自意識過剰過ぎただろうかと思って、はさっきとは違った意味で顔を赤くした。
そんなの膝にちょろちょろと小さな影が飛び寄ってきた。
「キキッ!」
「おっと、夢吉も友達になりたいってさ。」
「嬉しいよ、夢吉。よろしく!」
「キィッ!」
微笑んで小さな頭を撫でてやると、夢吉は嬉しそうに目を細めた後、
甘えるようにの胸にくっついた。
「おっ、夢吉もさすがは男だなあ。随分良いとこに・・・。」
「テメッ!その小猿もっとちゃんと躾けとけ!
 もそんなとこに猿くっつけてんじゃねえよ!」
「はいはい・・・。」
慶次と手を握ったときより余程激しいリアクションをかます政宗にやや面食らいながらも、
はべりっと夢吉を胸元から引き剥がした。
自分の夫ながら着火点がよく分からない・・・。
とにもかくにも、こうしてに戦国時代ではじめての友達ができたのであった。





なんだかんだと言いながら、結局慶次は数日間滞在していくことになった。
今までの庵を使っていたらしいので、今回もそうしてもらった。
あの庵に誰かが泊まるのに少しばかり抵抗はあったが、
慶次と夢吉はじめてできた友達ということで、すぐに首を縦に振ることができた。
夕餉も一緒に食べたが、1人と1匹増えただけでいつもよりずっとにぎやかで、
は始終笑いっぱなしだったし、政宗の機嫌も良かった。

「はー、笑いすぎてほっぺたの筋肉が痛いー。」
思い切り布団の上に倒れこみながら、は大きく息をついた。
しっかりと火鉢が焚かれた部屋は冬の夜なのに心地良くあたたかいし、布団もふかふかだ。
政宗も羽織を脱いでどかっと布団の上に腰を下ろすと、の頭を軽く撫でた。
「お前えらく楽しそうだったな。」
「見たことがない風景や行ったことのない土地の話ってわくわくするでしょう?
 それに慶次さんもすごく人間味があって面白い人ですし。」
頬の筋肉が痛いと言いつつもやはり笑顔のを、政宗は愛しげに見つめる。
の傍へ横になって彼女の身体を引き寄せる。
「雪が溶けたら、俺たちもいろんなものを一緒に見に行くぞ。
 城下も見せたいし、遠乗りして桜や木々の緑を見に行くのもいい。
 夏になったら祭りがあるし、蛍も見せてやる。」
「嬉しい!」
実際は、雪解けと共に戦がはじまれば、そんなに多くの時間を一緒にいられるとは思えない。
それでも政宗の気持ちは本当に嬉しいし、
これから2人は何度でも廻る四季を共に過ごしていける。
それを思うと、そわそわしてしまうくらいの喜びと穏やかな幸せの両方が、
いっぺんに身体中を満たして、駆け回って、どうしようもなくなってしまう。
ごく軽く唇を重ねあって、至近距離で笑い合った。
「そういえば、政宗さんのヤキモチのラインがよく分かんないんですけど・・・。
 夢吉が胸にくっついただけで怒るのに、慶次さんと握手しても何も言わないし。」
「Ah?そりゃどっちもそんなに気分は良くなかったに決まってるだろ。
 だがまあ・・・相手が前田のだからな。」
「・・・・・? 意味がよく分かりません。」
首をかしげるに対して、政宗はふっと真面目な表情をした。
「アイツは自分だけの『たった一人』を求めている。
 だから前田のがお前に手を出したり、まして横恋慕することは絶対にねえ。」
「・・・・・。」
庵ではじめて会ったときに慶次が発した言葉をふと思い出す。
はたった一人を見つけたんだなと、笑って空を見上げた人。
「それに、お前の思わぬ告白も聞けたしな。」
「へっ?」
きょとんとするに、政宗は途端に意地悪く笑った。
「俺の側にいられて、愛されて、幸せなんだろ?」
「きっ、聞いてたんですか!?」
熟れたように真っ赤になったの腰を更にぐっと抱き寄せて、政宗はその首筋に顔を埋めた。
「・・・っとに可愛いやつだな。」
首に絡んだ髪を優しく払ってやりながら、白い肌に舌を這わす。
「やっ・・・!」
細い身体がぴくんと震えるのに満足げに微笑むと、
政宗はためらうことなくの夜着の合わせに手を差し込んで直に触れる。
さすがには身をよじって、困り顔で政宗に抗議した。
「ちょ・・・そ、の、するんですか・・・?お客さんがいるのに・・・。」
「客は関係ないだろ。」
あっさりとそう言ってのけると、政宗はしゅるとの帯を解いた。
ゆるんだ夜着の隙間から肌にぬるい室内の空気を感じつつも、
は往生際悪くごにょごにょと呟く。
「だ、だって、明日の朝眠くて起きられないかも・・・!」
「加減する。」
「そう言って、いつも口だけのくせに・・・。」
耳の後ろに唇を寄せられて、肌があわ立つ。
・・・。」
低い声でただ名前を呼ばれる。
その音は鼓膜だけでなく胸の奥底まで震わせる。
「・・・あ、っ・・・ん・・・大好き・・・政宗さん。」
武骨な手が身体の上を好き勝手に動き回っているせいで、は吐息混じりに囁いた。
「・・・俺は、お前と出会ってからずっと幸せだ。」
政宗はどこまでも優しく微笑むと、の唇を塞いだ。







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本当は政宗様と慶次が2人で夜に酒飲みつつ語り合ってるシーンを書こうと思ってたのですが、
それでは夢要素皆無の話になるので、ヒロインと政宗様のまったりシーンにしました。
慶次が『たった一人』を見つける話もまた別連載でやりたいなと思いつつ・・・。

あ、あとそういう話は書いてませんが、ヒロインと成実は会ったことがあることになってます。