珍しく風が少なくて天気の良い日。
冬の奥州では珍しい、過ごしやすい天気だ。
そんな日向ぼっこ日和を逃すはずもなく、は庵の縁側にぽーっと座っていた。
「あったかーい・・・。」
政宗は朝から政務に励んでいるが、こんなに気持ちの良い日なのだから、
早く仕事を終わらせて一緒に日向ぼっこが出来ればいいのにと思ってしまう。
「・・・いかんいかん、なんだかわがままになってるぞ、自分。」
そう一人ごちながらぺしぺしと自分の頬を叩くも、緩む口元を抑えられない。
おだやかで幸せな日々。
無理だとは分かっているけれど、こんな毎日が続けばいいと思ってしまう。
――そんなの前に、突如それは現われた。

「キキッ」

・・・これは『ぎょっとする』という表現が的確だろう。
はあまりの衝撃に目を見開いて動きを止めた。
「・・・・・猿?」
目の前にいる小動物はまごう事なき、猿。
首をかしげながらも、丸い目でこっちを見ている。
さすが仙台、野生の動物にもお目にかかれるとは。
いやしかし首輪らしきものもしているし、妙な日本語だが『飼い猿』なのだろうか。
けれど城内で猿を飼い始めたという話など聞いたことがない。
しかし紅白の縄とは・・・随分おめでたい首輪だ。
「・・・来い来ーい。」
緊張しつつも姿勢を低くして、地面に座り込んでいる猿に手招きをする。
猿は不安げに辺りをキョロキョロと見回したが、
すぐにのほうへと寄って来て、ストンとその膝に乗っかった。
「わ、可愛い!」
恐る恐る指でなでてやると、猿は嬉しそうに目を細めた。
柔らかな毛並みだ。
「キミの名前は何?」
答えが返ってくるわけがないのに、は思わず尋ねていた。
そんな自分がおかしくて、知らず笑みがこぼれる。
――夢吉だよ。」
「えっ?」
ふいに耳に飛び込んできた聞き慣れない声に、はぴくりと肩を震わせた。
「・・・誰?」
「それはこっちも訊きたいんだけどね。」
凛とした声に振り向くと、そこには人好きのする笑みを浮かべた派手な格好の男が立っていた。
その背には大きな刀のようなものが背負われていて、は無意識に身体を堅くした。
男は敏感にそれに気が付いて、にっこり笑いながら両手を上に上げた。
「だーいじょぶだって!いきなり刀つきつけたりしないさ。
 俺は前田慶次、ここには気になる噂を小耳に挟んだから確かめに来たんだよ。」
「・・・お客様がお一人で城内を歩かれてるんですか?」
「おっと・・・鋭いねえ。そっちこそ、ここって客用の庵だよな。あんた客人かい?」
うっ!・・・えーと・・・。」
あからさまに怪しい前田慶次とやらに、馬鹿正直に伊達政宗の妻ですだなんて言えるわけがない。
幸い今日は動きやすい小袖姿なので、待女と偽ってもなんとかなる・・・と、信じたい。
しかし本当にあやしい人物がいきなり名乗るものなのか。
「私はただの待女ですけど・・・話をすり替えないで下さい。
 なぜお客様がお一人でこんなところにいらっしゃるんですか?」
「待女ねえ・・・待女が客用の庵でぼーっとしてていいのか?」
にやりと笑う男に、は再びぐっと言葉を詰まらせる。
「さ・・・サボり、です。」
「サボり!?そんな堂々と!?こいつぁいい、あんた面白いねえ!」
慶次は心底おかしそうに笑いながら、夢吉へと手を伸ばした。
夢吉はそれに素直に従って、の膝の上から慶次に飛び寄ると肩にちょこんと座った。
それを確かめてから、慶次はどすんとの隣りに腰掛けた。
急に縮まった距離にはやはり身を堅くしたが、慶次は気にせず顔いっぱいに笑う。
「俺は慶次、コイツは夢吉。
 俺たちはあんたと話がしてみたい。あんたの名前は?」
悪意のない言動と勢いにおされて、はつい口をついて言ってしまった。
「・・・、です。」



せいぜい15分程度話しただけでも、は慶次の話術の巧みさに感心していた。
人を引きつけ、楽しませるツボを心得ているので、
話しているうちにうっかり警戒心がなくなってしまいそうになる。
そうはさせまいとは気を引き締めるが、慶次もそれに気付いているようで、
の防御壁をさりげなく崩そうとしてくる。
しかも慶次といったら全く隙がなく、
決定的に自分の素性を明かすような話題をうまく避けているのだからどうしようもない。
「・・・ってわけで、結局まるーくおさまって、めでたしめでたしってわけ。」
「はー・・・腹筋が痛くなるまで笑ったの久し振りです!」
「本当にかい?そりゃつまんない生活してんだねえ。」
「え、つまらないことはないですよ?」
があまりにきっぱりと言い切るので、慶次は少し驚いた顔をした。
「好きな人の側にいられて、ちゃんと愛情を返して貰えて、今私とっても幸せなんです。」
ストレートにそう言ってひどく穏やかには微笑んだ。
慶次もそれを見て、一瞬切なげに目を細めてから、自分のことのように嬉しそうに笑う。
「・・・そっかそっか、は今、恋してんだな。」
「っ!!」
今更顔を真っ赤にするにまた笑うと、慶次はぐっと顎を上げて空を仰いだ。
「恋はいいもんだね。はたった一人の相手を見つけたんだな。
 その手、放しちゃいけねえぜ?」


――アンタはから離れな。」


ふいに聞こえた声に、は驚き、慶次は見つかってしまったとばかりに苦笑した。
その不遜な物言いから連想されるのは一人だけで。
振り向いた先にいたのは、腕を組んでこちらを見下ろしている・・・
「ま、政宗さんいつの間に!?」
「いつの間にじゃねえだろうが!お前侵入者と何のほほん話なんかしてんだ。」
「まあまあ落ち着けって、独眼竜。」
「お前が諸悪の根源だ!」
「諸悪って・・・別にそんな悪いことなんてしてないだろー?」
慶次を怒鳴りつけながらも、政宗から殺気は感じられず、
は不思議そうに二人のやりとりを見ていた。
それに気付いて、慶次はにっと笑った。
「改めて自己紹介するよ、
 俺は前田慶次、恋と喧嘩と祭りの好きな風来坊ってとこだな。
 今日は独眼竜の嫁さんに会いに来たんだよ。」
「え・・・!?」
さすがにはあからさまに反応してしまったが、慶次はさらりと言ってのけた。
「最初からなんとなく気が付いてはいたんだぜ?が独眼竜の嫁さんなんだろ?」
「は、はあ・・・。」
ぽかんとしているの耳元で、政宗はニヤニヤ笑いながら囁いた。
「大河ドラマの『利家とまつ』の前田利家の、義理の甥だぞ。」
――まままマジですかー!?」
の叫び声が周囲にこだました。







<進>








うちのヒロインは中途半端な大河ドラマ好き。
面白い部分だけ拾い見てる感じで。
そして伊達の姫になろうがなんだろうが元気に小袖で生活中。