――こうなったからにはおそらく一言いただくんだろうなとは思っていたが・・・。 「、ちょっといいか。」 「うーおーやっぱりきたよ母上様から・・・!」 久しぶりに真正面から小十郎と顔をあわせて、妙な緊張がの身体を走る。 政宗の妻となるからには小十郎=母から何かお言葉があるはずだ。 「・・・何だ?」 「いいいいえなんでもございません、小十郎さん・・・! それより私布団の中なんですけど・・・!」 「ああ、そのままでいい。辛いんだろう?」 「は・・・い・・・・・。」 全て分かった上での含みのある小十郎の言葉に、は頬をかあっと赤くする。 笑われるだとかからかわれるだとかであれば、 も大声でやめてください!といったふうに叫べるのだが、 こうも真顔で平然と言われると逆に恥ずかしさが増す。 ・・・そう、歩くのも億劫になるほど身体が辛いのだ。 昨晩政宗に愛され、今朝目が覚めてそれはもう衝撃的だった。 なんというか、はあまり『痛くない』体質だったようで、 つい求められるまま政宗に応えてしまったし、事後も痛みよりは疲労の方が大きかった。 が、一晩明けてみれば、腰のだるさと、下腹部の重い感じ、 そして変に力が入っていたらしく、いたるところが筋肉痛に。 今日は寝ていればいいと言われて、素直に今も政宗の布団の中にいるわけだ。 「本当は昨日のうちに話しておきたかったんだがな。 政宗様が絶対に邪魔をするなと残してさっさとお前のところに行ってしまった。」 「な、なんという・・・・・ああもう政宗さんめえ・・・!」 これは実は昨日の時点からずっと気になっていたのだ。 トリップしてきた直後に、駆けつけてきた小十郎と少し会っただけで、 あとは着替えを用意してくれた数人の侍女としか顔を合わせていない。 こちらで生きる、しかも政宗の伴侶となると決めたからには、 妙な言い回しではあるものの、彼の重臣たちとそれなりに戦う決意をしていたのだ。 ところが着替え後1時間程度しか待つことなく、しかもやって来たのは政宗のみで、 正室云々の後そのまま・・・となってしまったわけだ。 面倒なことは政宗一人で処理してくれたのだろうと思っていたし、事実そうであろうが、 小十郎の言ったことが本当ならば・・・。 布団の上で羞恥心と申し訳なさに悶えていると、 小十郎はふっと笑っての側に静かに座った。 いたたまれない気持ちなものの、話を聞くべくおずおずと顔を上げると、 すぐに真剣な顔に戻った小十郎と目が合った。 「こちらに来たということは、覚悟は決めたんだな。」 「・・・そのつもりではいます。」 「つもり、な・・・。お前の良いところは正直なところだな。 まあ、俺がお前に言っときたいのは、もう覚悟云々の話じゃねえ。」 「・・・・・?」 不思議そうに首をかしげるに、小十郎はどこか独り言のように呟いた。 「――戦場に出ると、誰しも『気』のようなものに当てられる。 心を病んで戦場に立てなくなる者もあれば、 いつの間にか正気を失い、人を斬ることに快ささえ感じて修羅となる者もある。 俺も政宗様も、恐らくはより後者に近いほうにいつもいる。」 「・・・はい。」 「戦は戦であって虐殺ではない。 だが後者になってしまえば戦が虐殺に変わる可能性は大きくなる。 政宗さまのように持っておられるお力が強ければ強いほど、だ。」 はまだ知らない。 政宗の内にくすぶる熱を。 戦場に立ち、刀を振るうときの、あの龍の目を。 元来血の気が多く、戦うことを好む気質のある主だ。 と出会ってから普段の様子はひどく穏やかになったものの、 それで政宗の熱が温度を下げたとは到底思えない。 むしろ押さえ込まれた分、雪が解けて戦が始まったときが逆に不安でさえある。 「そこで政宗さまの正気を保つのが、――お前だ。」 「私、ですか?」 「お前の穏やかさが『こちら側』に政宗様を繋ぎとめておくだろうし、 守りたい相手が出来た今、無策に敵陣に突っ込もうとする前に、 何かお考えになるだろうと俺は思っている。」 「無策に敵陣に突っ込むんですね、政宗さん・・・心配だなあ・・・。」 「そうやって、政宗様を心配してくれ。」 小十郎の声音がふと柔らかくなって、ははっと顔を上げた。 いつも固く結ばれた口元が薄く笑みをたたえていた。 「心配でも恐れでもなんでもいい、お前が思ったことを何でもぶつければいい。 根底に愛情があれば政宗様もそれを受け止められるだろうし、 お前も何かしら考えるところ感じるところがでてくるだろう。 そういう相手が、政宗様には必要だったんだ。」 すっと居住まいを正すと、小十郎は少しから離れた。 そしてごく自然に――頭を下げた。 「政宗様を頼んだ、。」 予想だにしない展開に、の顔からすっと血の気が引いた。 「ちょ・・・ちょっ、えっ、顔上げてください小十郎さん!!」 「いや、はもう政宗様の奥方なのだから、 本来なら姫様と呼んで、それ相応の言葉遣いをすべきだったんだ。 ――斯様な無作法を働き、大変失礼つかまつりました。」 「やだもう、本当に顔を上げてください! それに私だって言いたいことがあるんですからちゃんと聞いてくださいよ!」 「はっ。」 小十郎はやっと顔を上げたものの、明らかにその動きも今までと違い、 は困ったような悲しいような複雑な気持ちになる。 姿勢を正して小さく息をついてから、静かに口を開く。 「こちらこそ、政宗さんをよろしく頼みます、小十郎さん。」 「・・・・・。」 驚いたように小十郎の目がはっと見開かれた。 それを見逃さず、は微笑む。 「小十郎さんの仰ったこと、分かるような分からないようなって感じなんです。 でも、今までの政宗さんの『正気』っていうのを繋ぎとめていたのは、 紛れもなく小十郎さんじゃないんですか?」 勿論、小十郎以外の人間もその役目を果たしているだろうが、 いつも政宗の一番側にいたのは小十郎だ。 そしてまた小十郎も政宗を拠り所にしているはず。 だって、それが分からず変に驕ってしまうほど子どもではない。 人と人との関係に時間は関係ないと言われることもあるが、 それでも時間というものはそれ相応の重みを持っているはずだ。 多分この主従は、お互いを戒めとし、支えとしている。 「私は戦う力がないから、戦場にはついていけません。 だからこそ『穏やか』でいられるんだと思いますし・・・。 なので、戦場での政宗さんを、よろしくお願いしますね。 あ、勿論戦場以外でも頼りにしてますよ、小十郎さん!」 「姫様・・・。」 「ひひひ姫様っていうのやめてくださいよ・・・! これまでどおりに、私と接してください!」 「しかし・・・。」 「小十郎さん。」 有無を言わさぬ強い口調で名前を呼ばれ、小十郎はようやく観念する。 がこんな風に凛とした声で喋ることもあることを知って、 女というものは底知れないと内心しみじみと感じる。 「承知した・・・。」 ――仕える主が一人増えた。 素直にそう思える自分にやや驚きながらも、 小十郎は不思議と穏やかな気持ちで、障子の隙間から漏れる光を眺めた。 「入るぞ、。」 の返事も待たずに、政宗はいつものようにやや乱暴に戸を引いた。 明るい陽光を背に部屋へと入ってくる政宗を、 自分でもよく分からない気持ちでは見上げる。 「小十郎と何を話してたんだ?」 「まあ、嫁と姑の約束と言いますか。」 「・・・お前まだ頭の中は寝てんのか?」 「起きてます。 要は秘密ってことですよ。」 「秘密?気に入らねぇな。」 そう言って、先程の小十郎とは対照的に政宗はどかっと座り込んだ。 そして気に入らないという言葉とは裏腹に、の前髪に優しく触れる。 たったそれだけのことに心の琴線はひどく震える。 身体から放たれるとしたら、その音色はきっと柔らかく甘やか。 「これから先、まだ見たことのない政宗さんをいっぱい知るんでしょうね、私。」 「怖いか。」 「・・・うん、少し怖いかもしれません。 でも政宗さんの根っこの部分にある優しさを知ってるから、多分大丈夫。」 「お前は俺のことを美化しすぎだ。」 「そうかもしれませんね・・・って痛たた・・・。」 政宗にもっと近づこうと床に手を着くいて身体を動かし、筋肉痛には眉をしかめる。 それを見て政宗はニヤニヤと笑いながら、 彼女の腰に手をまわして引き寄せると後ろからぎゅっと抱きしめた。 「初めての割に随分乱れてたもんなあ、そりゃだるいだろうな?」 「だだだ誰のせいだとっ!」 「俺以外の人間のせいだったらそいつのことぶった斬ってる。」 「ぶ、物騒な・・・。」 ――それぞれがお互いを澪標として、人は自分の海を航海していく。 そして全ての海は繋がっているから。 大丈夫、これからも進んでいける――。 |
こうやって小説書いてるものの、この話は特に言いたいことがうまく表せませんでした。
何年文章サイトやってんだ・・・もどかしいなあ・・・。
しかし、最後の最後で小十郎が非常に美味しいとこかっさらっていったなー!(笑)
次でラストです。