――そうして時間は進んで、奥州の長い冬が終わる頃・・・。 「死ぬかと思った・・・。」 青い顔でそう呟くと、はぐったりと肩を落としてうつむいた。 本当は地面に寝転がりたいぐらいだが、如何せん今は馬の上で。 初めての馬上は想像以上に高くて一人ではとても降りられそうにない。 かといってその馬の手綱を握っている政宗が馬から降りる様子もなかった。 「なんだよ、これくらいでだらしねえ。」 「あんな超スピードが『これくらい』ですか!?」 「少なくとも俺には『これくらい』だな。」 「有り得ないー!!!」 キイッと政宗にくってかかるも、彼の大きな手に引き寄せられて、 は結局広い胸に素直に身体を預けた。 規則的に打たれる最愛の人の心臓の音を聞きながら、は深く息をつく。 ――はじめて城の外に出た。 きっかけは政宗の「遠乗りに出るぞ」の一言だった。 今まで一度も城外に出たことがなかったので純粋に嬉しかったし、 しかも政宗が自分の馬に乗せてくれると言ったので、 は現代の自転車2人乗りのような甘酸っぱく爽やかなデートを思い描いていた。 が、実際政宗の馬の扱いはあまりにアクティブだった。 想像よりスピードが遥かに速い上に、岩を飛び越え、木々を通り抜け、茂みを突っ切り、 小高い丘の上からダイブしたときは冗談抜きに失神しかけた。 自分はなんだか恐ろしい相手と添い遂げることになったんだなあと今更思ったのだった。 「戦場でもいつもこんな感じだったりして・・・。」 「こんな感じだぜ?」 何気なく発した言葉に、政宗がひどく真面目な顔で答えたので、は驚いた。 そんなの視線を受けながら、政宗はゆっくりと馬の歩を進めた。 森から孤立したように現れた切り立った崖は、少し風がきつい。 ただしその風は以前よりも鋭さを失っていて、辺りの雪ももう溶けている。 「うわ・・・。」 崖から見下ろした先には緑の海があった。 生い茂る瑞々しい緑の木々がざわざわと揺れている。 この時代に来たころは景色一面が白で塗りつぶされていたが、今は鮮やかな緑だ。 「キレイですね・・・もう春だ。」 「ああ、雪に閉ざされていたこの奥州も、動き出す。」 「・・・・・・。」 政宗の言わんとしていることが、にはもう分かっていた。 雪が溶けるにつれ、城内が今までと比べて明らかにざわつき、活気づきはじめた。 政宗はよく重臣を集めて何か会議のようなことをするようになったし、 政務の時間や地図を見る時間が増えた。 「――戦がはじまるんですね。」 彼に言われる前にそう切り出すと、は首をひねって背後の政宗を見上げた。 その真っ直ぐな瞳を見つめ返して政宗は答える。 「俺は長期間城を空けることになるし、最悪敵が攻め入ってくることもあるだろうな。」 「・・・・・うん。」 「だが、この戦乱の世に連れてきたからには、必ずお前を守る。 改めて約束だ、。」 唐突に強い風が走り抜けていき、2人の髪や着物の裾が舞い上がる。 特に以前よりも伸びたの髪は大きく乱れる。 近くの木から騒がしく鳥が飛び立つ音がした。 「ありがとう、政宗さん。 私も政宗さんを支えていくこと、約束しますね。」 ふっとお互い笑い合って身を寄せ合う。 そこにある確かなぬくもりが何よりも心強く安らげる。 「。」 「はい。」 「今更なんだがな、お前に謝りたいことがあんだよ。 つーか先に謝る。悪かった。」 「――は?」 なんだかロマンティックな気分に浸っていたというのに、 政宗のあまりにも唐突な発言に、は急激に現実に引き戻される。 そもそも政宗が改めて謝罪をしたいと言い出すこと自体が珍しいし、 こうして面と向かって謝られるようなことをされた覚えもない。 「お前が初めてこっちに来てから少し経った頃に、庵で流星を見ただろ。」 「はい。流れ星に願い事をかけるっていう話をしましたよね。 それで私は政宗さんの天下統一をお願いして、 政宗さんは私が元の世界に戻れるようお願いしてくれたんですよね。」 「それなんだよ。」 「・・・・・?」 それがどう謝られるような事態につながるのか分からない。 眉間にしわを寄せて首をかしげるに、政宗はさらっと言い放った。 「あのとき俺、お前が現代に戻れるようになんて願わなかったんだ。」 「へっ? じゃあ何をお願いしてたんですか? ま、まさか二重に天下統一のお願いしたとか?」 別に怒るような内容ではなかったものの、こんな風に打ち明けられると、 実際はどんな願いをかけたのが気になる。 微妙な顔をしているに、政宗は再びさらっと言い放った。 「お前を妻に欲しいと願った。」 がぽかんとしているのを見て、政宗ははじめて少し顔を歪めた。 どういう表情なのかにはよくわからなかったが、 申し訳なさそうという感じに近くはある・・・が、やはり少し違う。 「妙に物分りがいいふりをして、お前を笑って送り出してやろうとしたが、 どうしても願いを捨てきれずに、結局現代に帰ろうとするお前を抱きしめた。 ・・・信憑性のない迷信にさえ頼るくらい、あの流星の夜からずっとお前を求めていた。」 「政宗さん・・・。」 小さく息をついて薄く微笑むと、政宗は真っ青な空を仰いだ。 もつられて空を見上げれば天高く鳶が飛んでいるのが見えた。 「・・・うん、星に願いをかければ叶うっていうの、やっぱり本当だったでしょう? 信憑性、なくはないじゃないですか。」 「どうだかな。」 「もうっ!本当なら、私がお願いした天下統一だって叶っちゃうわけですよ!?」 「だから天下統一は俺が自分の力で成し遂げるんだっての。」 変わらずぺしっと額を叩かれてはううと唸る。 恨みがましい顔つきで見上げると、視線の先の政宗は未だ空を見ていた。 いや、空よりももっと向こう、遠い彼方を見据えていた。 隻眼は鋭く、けれど生き生きとした光を湛えている。 「――時代が大きく動くぞ、。動かすのは俺だ。」 「それを陰で支えるのは私です。」 「おーおー、言うねえ!」 至極楽しそうに笑って、政宗はの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。 それに抵抗せず、も悪戯っぽく笑う。 生まれた時代こそ違えど、今こうしてお互いを道しるべとしている。 その奇跡のような事実があれば、何があろうとなんとかなるような、そんな気がする。 「Are you ready?」 「I'm ready to go!」 ――吹きぬけた風は白い雲を蹴散らし、天まで昇っていった。 |
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ちょっとだけその後の話を書く予定ですので、お付き合いいただければ嬉しいです!