それからの生活は本当に穏やかだった。
少しずつ身の回りのものを片付けながらも、は相変わらず大学へ通ったし、
政宗もがいない間は本を読んだりランニングをしに出たり好きに過ごした。
今までどおり一緒に作った食事をとり、夜は同じベッドで眠った。
休みの日は電車に乗って遠くまで出かけた。
政宗はあまり海に縁がないらしかったので、冬の海に出かけてみると、
想像以上に寒かったのですぐ帰ったりもした。
穏やかで幸せで、でもどこか切ない日々。
けれどその切なさでさえ今はいとおしく思えた。

また、こうなっても政宗はを抱こうとはしなかった。
曰く「既成事実を作って無理矢理連れて帰ってきたと思われたくない」だそうだが、
には政宗が本当はそんなことを思っていないのが分かっていた。
この期に及んでも、政宗は最後までの逃げ道を残しているのだ。
契ればもう戻れないから。
それを分かった上では何も言わなかった。
そして政宗も、がこうしたことを考えていることに多分気付いている。
この人は、こういう人だ。



――夜の凍てつく空気。
澄んだ夜空には煌煌と金色の満月が輝いている。
マンションのガラス窓越しにはそれを見ていたが、
脱衣所から着物を着た政宗が出てきたので、振り向いて、そして笑った。
「政宗さんの着物姿見るのも久しぶりですね。」
「そうだな。それより電話、どうだったんだよ。」
「あはは、やっぱ怒鳴られましたよー。」
苦笑して頭をかくの右手には、電源の落ちた携帯電話が握られている。
政宗が着替えている間には両親に最後の電話をしていたのだ。
最初は何も告げずに行こうかと思っていたのだが、
やはりそれでは申し訳ないし、心配をかけるだろうと考えた。
(どのみち心配をかけることに変わりはないのだが。)
全てを話しても俄かには信じがたいだろうから、
『好きな人ができたから、その人に着いて、もう二度と会えない所に行く』と、
それだけを伝えた。
なにせこれではかけおちのようなものであるし、実際状況的にはかなりそれに似ている。
慌てた様子の母の代わりに父が電話に出て怒鳴られたが、
ひるまずに、自分が幸せなことと、今まで育ててくれたことへの感謝を伝えた。
辛くないといえば嘘になる。
それでも、自分は政宗を選ぶから。
「今頃こっちに来る準備とかしてるのかなあ・・・。
 捕まる前に、ささっと行きましょうか、政宗さん。」
「・・・・・ああ。」
屈託なく笑って差し出されたの手を、政宗は微笑んでとった。


吐く息が白い中、水の入ったバケツを持って、
水面に月を捕らえられるポイントを探してのんびりと歩く。
は前回戦国時代に行ったときと同じ格好、
すなわち着込んでいる上にマフラーをしているし、
政宗は元々もっと寒い場所に住んでいたわけなので、気温の低さは気にならない。
荷物はバケツと、政宗の短刀、それからの京紅だけ。
――お。」
「あ!映った!ここです政宗さん!」
夜にも関わらず近所迷惑にも大声を上げるの額を叩いてから、
政宗はコンクリートの地面の上にバケツを降ろした。
水面に波紋が立ち、満月がぐにゃぐにゃと形を崩す。
見知らぬ住宅街の道路のど真ん中だ。
「それじゃあ行きましょうか、政宗さん。」
「・・・。」
ふいに真剣な面持ちになる政宗に、は眉をしかめてびしっと指を突きつけた。
「ここで『本当にいいのか』なんて訊いたら怒りますからね?
 全く・・・そんなに私の気持ちが信用できませんかねえ。」
「違う。人の話はちゃんと聞けよな、お前。」
少しイラッとしたように政宗は前髪をかきあげた。
けれどすぐに気を取り直して、に向き直った。


「何があろうと、必ずお前を守る。――来い、。」


広げられた両腕。
静まった水面には金色の満月。
不覚にも目頭が熱くなってきては必死にこらえる。
今度は泣かない。
幸せで幸せで仕方がないから、笑顔で行くんだ。
「はい――!」
思い切り政宗の胸に抱きついて顔を埋めた。
小さく口づけを交わしてから満ちきった月を眺め、そしてそれに触れた。


――懐かしい金色が世界を輝かせた。







<戻>   <進>








ホンットに今更なんですけど、そんな簡単に水面に月って映せるんですかね。(おいー

あと3話ー!