あれだけ晴れていたというのに、大学を出る頃から急に雲行きが怪しくなっていた。 ギリギリなんとかなるだろうと信じて電車に乗り込んだのだが、 やはり途中から車窓にすっと雨が跡を残し始めた。 そこからはあっという間で、電車を降りたときには、 けたたましい音を立てて天から雨が降り注いでいた。 「あっちゃー・・・傘持ってないや・・・。」 思わずもごもごと口の中で独り言を唱えてしまう。 電車からホームに降りるほんの僅かな間にも、 隙間から飛び込んできた雨でコートがところどころ水滴を受けている。 にわか雨だろうからそう長く降り続くことはないだろうが、 しばらく雨宿りをすることは決定的だろう。 ――今日は早くあの人に会いたいのに。 友人や母親の言葉が頭の中でぐるぐるしている。 今彼と会えば何か見えるのではないか。 そんな気がしている。 気持ちが逸る、じれったい。 急いでも仕方がないのに両足は勝手に動きを早くする。 改札を通り抜けて駅の出口にくると、雨の匂いがした。 激しい勢いで降る雨で、先の景色が雲って見える。 曇天を見上げて雨宿りをする人々の後姿。 その中に混じろうとして―― ――ふいに音が消えた。 少し色素が薄くて長めの髪。 すらっとした体つき。 ほんの僅か下がり気味の右肩。 自分の買ってきたコートに身を包んでいる。 雨宿りをする人々の中に混じって、改札のほうを誰か探すように見ている人。 鋭くて優しい左目がこちらに気付く。 薄い唇に浮かぶ微笑。 「。」 好きだと大声で言いたい 触れたい 触れられたい 一緒にいたい すぐに駆け寄っていってその空気を感じたい 何かしてあげたい 側にいると落ち着くし居心地がいい 本当はもう分かっている。 この人と離れられる? 無理だと、そう言いきることが出来る。 その気がないなら、プロポーズされたときに断っていた。 ただ、どうしても誰かの後押しがないと、どこか不安で、許しのようなものが欲しくて。 彼がいれば不安になることなどないのに。 どちらをとっても多分いつか後悔するときはくるだろう。 それでも、私はこの人を必要としている。 そして彼も私を必要としてくれている。 それはとても幸せなことだから。 どうしようもなく惹かれるから。 ――私は彼と一緒にいこう。 改札から数歩出たところで立ち止まってしまったに、 政宗は訝しげな顔をしながら近づいた。 手に持った傘の2本のうち1本からは水滴が滴り落ちている。 「呆けた顔して何突っ立ってんだ、お前。」 「政宗さん・・・なんでここに?」 まだぼんやりとした顔のの頭をいつものように叩いて、 政宗は濡れていない方の傘を冷えた手に押し付けた。 「いつもこの曜日はこの時間に帰ってくるだろう、お前。 しかも今朝、見たいドラマの再放送があるから絶対いつもどおり帰るって言ってたろ? だから俺がわざわざこの雨の中迎えに来てやったんだ、感謝しろ。」 「あ・・・ははは!そっか、私そんなこと言いましたね。」 急にふにゃっと笑い始めたを見て、政宗の頬が引き攣る。 「テメ・・・人が来てやったってのに・・・!」 「ありがとう、政宗さん。 あのね、今日は私もうドラマの再放送はいいです。」 「Ah!?何のために迎えに来たのかわ――」 政宗の言葉を遮って、骨ばった大きな手をぎゅっと握り締めた。 真っ直ぐにその隻眼を見つめて、淀みない気持ちで大切な言葉を紡いだ。 いい加減、自分の気持ちに正直になろう。 「私、政宗さんと一緒に生きます。」 口にすると、今まで思い悩んでいたのがなんだかバカみたいに思えた。 目の前の政宗は一瞬何のことか分からなかったらしく、 少しの間、ただ微笑むの顔を見ていた。 けれどゆっくりとの手を握り返しながら、真剣な面持ちで口を開いた。 「どういう心境の変化か知らねえけど、もう決断か、早いな。」 「心境の変化っていうか、多分元々着いていくつもりだったんだと思います。 それでもなかなか自覚するきっかけがなかったので。」 「――まだ間に合うぞ。手を離すなら今だ。 だがお前が本当に決断したのなら、もう逃がさねえ。 覚悟はあるか?」 やはりは小さく声を立てて笑った。 『拒否されても気持ちを変えさせるまで』だなんて言っておきつつ、 結局最後には必ずこちらの気持ちを考えて、大切にしてくれる。 「またそんな風な言い方して・・・政宗さんらしいですけど。 だいたい手を離すなら今って言いつつ、こんながっちり握られちゃ離せませんよ? ・・・脅かしたってダメです、政宗さん。」 背伸びでも届かない身長差はどうにもならなくて、 ぐいと握られた手を下へと引っ張って、政宗の身体を前かがみにさせる。 そうして人の目も気にせずに、そっとその頬に唇を寄せた。 「あなたが好きです、政宗さん。」 至近距離で見詰め合ってお互いの反応を確かめようとする。 それが可笑しくて、は頬を紅潮させながら笑った。 対して政宗はいつものように不遜な言い方で、をぎゅっと抱き寄せて呟いた。 「・・・んなのとっくの前から分かってたことだ。」 抱きしめられているせいで政宗の表情は見えないけれど、 そうなるように敢えてこんなにきつく抱きしめるのだろう。 はそう思ってまた笑うのだった。 |
あんま劇的じゃないんですけどね、そういうもんだと思うんですよ。
ふいに相手が傘持って自分を迎えに来てくれてた、
そういうなんでもないけどすごく幸せな瞬間だからこそかなって。
ある意味劇的とも言えるかもしれませんね。
よーし、あと4話っ。