さっきから教授の講義が右耳から左耳へと通り抜けていっている。
右から左へ受け流す〜とはこのことか。
「・・・・・はあ。」
小さくため息をつくと、隣に座っている友人が小声で話しかけてきた。
「なーにため息ついてんの?そりゃこの授業あんま面白くないけどさあ・・・。」
「いや別に授業が面白くないわけじゃなくてさ・・・。」
面白くないわけではなく、そもそも聞いていない、という言葉は呑み込んでおく。
ここ数日が悩んでいることといえば、言うまでもなく政宗のプロポーズの件だ。
彼は言ったとおりの答えを急かすことを全くせず、
あれ以降そういった話題にはこれっぽっちもならない。
最初こそそれが逆に気まずかったものの、今は有り難い。
「そろそろ悩んでも無駄だと気付いた頃というか・・・。」
「何、悩み事?」
「・・・あのさ、どんな人なら結婚しようと思う?」
唐突過ぎるだろうかと思いつつも、思い切って尋ねてみる。
友人は一瞬ぽかんとした後、意外にも真剣な顔で口を開いた。
「とりあえず、収入安定してる人かな。」
――・・・うん?」
ものすごく現実的で一瞬思考が停止した。
・・・まあ、一国の城主だから安定していないと言えなくもない。
「そんでもって浮気しない誠実な人ね。
 お酒と煙草は限度を超えなければ許す!親との同居は嫌!」
「そ、そっか・・・。」
「んー、でもまあ。」
「?」
友人はにっと笑うと、シャーペンの頭での頬をぐりぐりとつつく。
嫌そうな顔をするに友人は更に笑みを深くして、きっぱりと言い切った。
「本当に好きになっちゃったら、そんなの全部どうでもよくなっちゃうと思う。
 理屈じゃないと思うんだよね、そういうのって。」
友人のシャーペンの模様がやたらと目に残った。
OLIVEの赤字に白のドットだった。



「はー・・・。」
今日何度目かのため息をついて、はだらしなくごろんとベンチに寝転がった。
空は真っ青で雲ひとつない。
乾燥した日だ、火事が起こりやすいんだろうな、なんて考える。
傍らには食べ終わったサンドイッチのビニールの入ったコンビニ袋。
缶コーヒーで重石をしているので飛んでは行かないが、
風にあおられてかさかさと音を立てている。
一人で昼食をとって、いつもなら友達と過ごす空きコマをやはり一人で過ごす。
大学構内のベンチなのだが、やはり授業のある時間帯は人通りが少ない。
「案ずるより電話するが易しってかー・・・?」
寝転がったまま手探りでカバンから携帯電話を取り出し、
独特のカチッという音をさせて開く。
そうして短縮ボタンの1を押して、通話ボタンを続けて押さえた。
耳に当てれば聞きなれた電子音。
繋がる先は・・・。
『はい、です。』
「あ、お母さん?私、。」
『珍しいね、あんたが電話してくんの。お金の要求?』
「違うって!人聞き悪いな!
 ・・・あー、えーと、ちょっと訊きたいことがあってね・・・。」
何よ?と電話越しに聞こえる母親の声に、心拍数が少し上がった。
妙だと思われるだろうか。
は目を瞑って1度深呼吸をした後、ゆっくりと言った。
「母さんはなんで父さんと結婚しようと思ったの?」
『・・・何よいきなり、聞きだして変な悪戯でもする気?』
「しないよ・・・。真面目に訊いてるんだから真面目に答えて。」
の真剣な声音を感じ取ったらしく、母親は困ったように唸り始めた。
元々その手の話題はあまりしない親子だったので、それも当然かもしれない。
『・・・この人には、損得抜きで何かしてあげたいと思ったからかな。』
「それって友達でも有り得るんじゃない?」
『そりゃそうよ。そういう友達って大事でしょ?
 加えて、私はお父さんと一緒に居て幸せを感じる自分を想像できたから。』
「・・・・・?」
『毎分毎秒、この人といて幸せだって心底思える必要はないと思うのね。
 一緒にのんびり歳を重ねて、ふいに、この人といられて幸せだな、と。
 そう思っている未来の自分を思い描けるかが、大切なんだろうなって感じたの。』
「そっ・・・か・・・・・。」
空がひどく青い。
コンビニ袋がかさかさと音を立てている。
自転車で学生がすぐ側を通り過ぎていった。
『あんた彼氏でもできたの?いきなり結婚考えてるとか言わないでよー?』
「そっ、そんなこと言わないよ!」
思わず声が上ずってしまったが、動揺したのを悟られなかったかと内心ひやひやする。
『でもまあ一応言っとくけど・・・。
 いつかはあんたも完全に親元は離れて誰かと一緒になるんだからね。
 あんた変なとこで情に厚いというか、こだわるけど、
 あんまそんなことばっか気にしてたら大事な出会いをダメにしちゃうこともあるよ。』
「・・・・・。」
なんというか、母親というのはすごいとただひたすら思うであった。
通話時間は現在2分と41秒。
母の偉大さを知るにしては短すぎるような長すぎるような時間だった。







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という、政宗様が出てこない最悪な1話でしたすいません
でもこういうのって誰かの後押しがあってこそ決断できるのではないかなと。
うちの姉は結婚する前なぜか泣きながら電話してきました。(どうでもいい情報)

四六時中「この人が好き!」「絶対離れない!」なんて盲目的に思うんじゃなくて、
ときどきイラッときたり、傷つけられたり、ちょっと嫌気が差すことがありつつも、
「でもこの人選んでよかったなー」と思える相手を見極められたら最高ですよね。