自覚がなかっただけで、答えなどあの流星の夜に決まっていた。
はっきりと自分の気持ちが分かったのは彼女と別れるはずだったあの満月の日。
笑顔で送り出してやるなんて今考えればそれこそ笑えるほどの建前で、
それとは裏腹に彼女を抱き寄せて唇を重ねた自分には本気で嗤える。
――結局は、そうなのだ。
理屈で制御など出来ないほど、自分はこの女を愛している。
聞き分けがいいふりはやめた。
諦められるほど、まだ悟っても老いてもいない。
欲しいものがあれば手に入れる、それが自分だ。



笑顔のまま固まってしまったに、政宗はそれまでとトーンを変えずに続ける。
「俺と戦国時代に来るってことは、分かっているとは思うが、
 俺と添い遂げる・・・夫婦になるってことだ。」
いつか笑って言い合ったことが、今確かに現実味を帯びて、
彼女の鼓膜を震わせているのだろう。
の黒い瞳が徐々に下向きがちになっていく。
「これも承知だろうが、俺には今室が一人もいない。
 もしお前が最初の、唯一の妻になれば、家臣から期待されるのは当然世継ぎだ。
 そしてそれが、向こうじゃ身分も何もないお前を守る術にもなる。」
子どもを『身を守る術』などと言い切ってしまうのに多少抵抗はあるが、
どこの馬の骨とも知れない女が政宗の妻と言う地位を確固たるものにするには、
伊達家の世継ぎを産むのが一番であろう。
「・・・お前にとって良いことなんざ、たいしてねえのは分かってる。
 伊達の姫となれば命を狙われる危険性がないとは言い切れないし、
 この時代なら難なく治癒する病にかかって命を落とすかもしれない。」
日常生活にしてもそうだ。
こちらに来てから、便利すぎるほど便利な生活用品に、溢れる食糧に、
求めればすぐに得られる豊富な水に、あらゆる移動手段に、驚かされるばかりだった。
そういう世界で生きてきたにとっては、戦国の世は不便で仕方がないだろう。
――。」
「・・・はい。」
返事は返ってこないと思っていたのに、小さく声がして、政宗は微笑む。


「この世界より、俺をとれ。俺と一緒に来い。」


彼女が息を呑むのが分かった。
それを気にせず俯いたままのの身体を思い切って引き寄せて、
強く強くその腕にかき抱く。
ほんの一瞬強張った細い身体は、すぐに緊張を解いて、体重を預けてくる。
背中にまわされた手が服をぎゅっと掴んで皴を作る。
「・・・なんつープロポーズですか・・・。
 『来てくれないか』じゃなくて『来い』って、命令形ですか?
 私にとって良いことがないなんて平気で言い切るし・・・。」
「良いことがないのを分かった上で俺について来いって言ってんだ。」
「なにそれ!ロマンチックの欠片もない!また命令形だし!」
「お前を放すつもりなんざこれっぽっちもないんだよ。
 拒否されても気持ちを変えさせるまでだ。
 だがその代わり、答えを急かすことはしねえ。」
「拒否しても意味ないんだったら答えを待つも急かすもないし・・・!」
。」
骨ばった手がそっとの頬に触れ、ゆっくりと上を向かせる。
見上げた先の政宗は何故か苦しそうにしていて。
、俺はお前が愛しい。
 お前の幸せを願って身を引くなんてできねえ。」
はじめてはっきりと聞く愛の言葉に、背筋がぞくりとした。
幸せで幸せで嬉しくて嬉しくて仕方がないのに、同時に苦しくてたまらない。
彼のためにこの世界を捨てられるだろうか?
残り少ない時間で納得できるだろうか?
・・・分からない。
「政宗さん、私も政宗さんが好き・・・。
 だけどもうちょっとだけ・・・返事をするのに時間を下さい。」
ずっと言えなかった言葉はあっけなくするんと唇から零れ落ちた。
おそるおそる再び広い胸に顔を寄せると、ぎゅっと抱きしめられた。
あやすように背中をぽんぽんと叩かれては苦笑する。
それを心地よいと感じてしまうのだからどうしようもない。
そう、どうしようもないのだ。
どうしようもないくらいに彼が愛しい。
うっすらと漂う甘いケーキの香りの中、心からそう思った。







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政宗様らしいプロポーズの言葉を考えた末出たのが、命令形です。
筆頭にはそれぐらい不遜で強引であってほしい。
さて、ヒロインが下す決断とは。

ていうか政宗様の嫁さんになったら『姫』になるんだよ・・・ね?(よく分かってない(お前