正直、政宗の順応力の高さにはとても驚いた。
一緒に外に出た初日こそ政宗はかなり戸惑った様子だったが、
4日経った今では大分現代の生活に慣れたようだった。
「ひゃ〜、やっと休憩だー・・・!」
「それ毎日聞いてるぞ。」
たどり着いた近所の公園の時計は、早朝6時を指していた。
政宗1人で人通りの少ない朝に外出させるのはまだ不安で、
連日こうして一緒にランニングしているのだが、
彼の落ち着いた様子を見ているともうそろそろ1人でも大丈夫そうだ。
というか、さすがにの体力が持たない。
1ヶ月近く太陽の浮沈とほぼ共に生活していたから早起きは苦痛ではないが、
一緒にランニングをしてみて、改めて男女の体力の差というか、
政宗のタフさを痛感したのだった。
もともと今日の昼間からはがいなくても外出してもいいという約束をしていたし、
早朝ランニングは本日で終わりになりそうだ。
ベンチにどさっと腰掛けると、は深く息をついた。
冬の寒い朝でも、ランニングのおかげで軽く汗をかいている。
そんなの隣に座る政宗はまだまだ平気そうだ。
「あ・・・政宗さん、今日も公衆電話練習しときます?」
「いや、もう大丈夫だ。覚えた。」
部屋に固定電話を引いていないが、
外に出て政宗に最初に教えたのが公衆電話の使い方だった。
水に濡れてダメになった携帯電話も新しく買い替え、
が大学に行っている間に何かあっても、すぐに連絡がとれるようにしたのだ。
戦国時代にいる間城下に連れて行ってくれなかった政宗を、
多少なりとも恨めしく思ったことがあったが、今なら彼の気持ちが少し分かる。
自分がちょっと目を離した隙に何かあったらと不安になるのだ。
けれどが大学にいる間ずっと家にいさせるのもあんまりだ。
「もう1人でも大丈夫そうですね。
 あ、でも電車に乗るのはまだ怖いからやめてくださいね。
 今週末に一緒に乗ってどこか行きましょう。」
「ああ、楽しみにしてる。」
「・・・・・私も楽しみって言ったら・・・怒ります?」
「あ?なんでそれで怒るんだよ。」
不思議そうにする政宗に、は眉を下げて困ったように笑った。
くしゃりと前髪をかきまぜて小さくうつむく。
「だって・・・私のせいでこっちの世界にとばされちゃって、
 慣れない生活とか環境に、政宗さん苦労してるでしょう。
 でも、私政宗さんと一緒に現代の街を歩けるの、嬉しいんです。」
戦国時代では決して味わえない、ただの政宗との外出。
時代を飛び越えれば彼は若くして奥州を治める人物だが、
この時代なら気軽に2人で出歩ける。
「・・・バーカ、んなこと気にすんな。」
そう言うと、政宗はいつものようにぱしっとの額を叩いた。
ぎゃ、と色気のかけらもない声を出すの腕をとって立ち上がらせると、
政宗はぐっと空を仰いだ。
「そろそろ明るくなってきたな。
 こっちの空は奥州の空より色が薄いがな。」
「そうですね。夜に見える星の量も全然違いますし。」
「だが朝の澄んだ空気の感じはそれなりに似てる。」
「同感!」
すうっと冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むと、は袖で額の汗を拭った。
それから2、3度軽く屈伸をすると、政宗の袖をついとつまむ。
「早く帰って朝ご飯食べましょう!」
「お前は食うことばっかりだな。」
「生活の基本です!」
あっけらかんと笑うと、珍しくのほうが先に走り出したので、
政宗もにっと笑って一歩踏み出した。
ひどく穏やかで、爽やかで、快い朝だった。





「それじゃ行ってきますけど・・・。
 あの、外出するときはくれぐれも気をつけてくださいね!?」
さっきから玄関で同じ言葉ばかり繰り返すに、政宗は苦笑する。
いい加減に行かないと大学とやらに間に合わなくなるのではないかと思うが、
さっきから本人もちらちらと腕時計を気にしているので自覚はあるらしい。
「何かあったら電話してくださいね!?
 道に迷ったらさっき渡した住所を書いたメモを人に見せるんですよ!?
 もし買い物するときにお金の勘定が不安だったら、取り敢えず1番大きい紙幣を・・・」
「分かった分かった!
 お前、俺のことばっか気にしてて自転車やら車やらに轢かれんなよ?」
「それはこっちの心配ですよー・・・!」
「刀さえあれば『MAGUNUM STEP』の一撃でバラせるんだけどな。」
「今私は刀がなくて良かったと心の底から思いました。」
「Ah〜・・・Don't dillydally. You are going to be late.」
「・・・・・Okay.」
それでもなお心配そうな顔で見つめてくるの頭に、政宗はぽんと手を置いた。
そして少し身をかがめて彼女と目線を合わせる。
「大丈夫だ。外に出るときは気をつけるし、お前に言われたことは守る。
 だから気にせずお前は自分のやらなきゃならねえことをして来い。」
「・・・うん、それじゃあ行ってきます。」
小さく微笑むと、は肩に鞄をかけなおしてからドアノブに手をかけた。
コンクリートに靴のヒールがぶつかるコツンという硬い音がする。
そのときふっと思いついて、政宗は彼女の肩をつかんで――
「政宗さん?何です・・・」
――振り向きざまにその頬に唇を寄せた。
それはかすめるようなキスだったけれど、の体温を上昇させるには十分で。
湯気が出そうなほど真っ赤になった彼女を見て政宗はさも可笑しそうに笑う。
「すっげえ顔赤いぞ。」
「ははは破廉恥〜〜〜〜〜っ!!!」
さっきまでぐずぐずとしていたのが嘘のように、は玄関を飛び出していった。
鉄の扉越しに彼女が硬質の床を騒がしく走り抜けていく音がする。
耐え切れずにぶっと噴き出すと、壁にもたれかかって喉で笑う。
「アイツ鍵かけ忘れてるしな・・・。」
無用心だぜと呟きながら政宗は鍵を横に回す。
彼女との約束の1つがいないときは鍵を閉めておくだ。
ひとしきり笑った後、政宗は小さく息をついてリビングへ戻った。
そのままベランダへ出てまだ見慣れない街並みを見下ろす。
彼女の部屋は3階なので割りと遠くまで見渡せる。
目を瞑って耳を澄ませると、戦国の世では耳にしたことのない音が聞こえてくる。
あれが車のエンジン音で、これが自転車のベルの音、
風に乗って遠く聞こえるのが電車とやらが動く音。
通学途中の子どもの笑い声は自分の世界と変わらないが、
喋っていることはあまりにも早口なため少々聞き取りづらい。
「知らないものばっかだな・・・。」
いちいちびっくりしていていてはキリがないと感じてはいるものの、
新しいものを知るたびに驚きを抑えきれなくなる。
また、同じ国であるはずなのに、生活習慣があまりに違う。
そして平和で物資の豊かな世の中。
口にはしていないが、出歩いても誰も帯刀していないことは未だに驚きであるし、
毎日湯浴みが出来る水資源の豊富さなど最初は信じられなかった。
食品店に行っても旬以外の野菜が所狭しと並んでいる。
――多分、いや、確実に、彼女はこちらの世界にいるほうが幸せだろう。
それを痛いほど思い知らされる瞬間がこの短期間でもあまりに多かった。
それでも・・・こちらの時代に飛ばされてきたときに『考えたこと』は、
どうしても変えられそうにない。
それはおそらく彼女をひどく悩ませ、泣かせさえするかもしれないけれど、
もう自分の気持ちはごまかせそうにないから。
「選ぶのはアイツだ・・・。」
言い訳じみた台詞を口にしながら政宗はまた空を仰いだ。
陽は完全に昇りきっていたが、白んだ月も同じ空に浮かんでいる。
奥州よりも薄い空の青さに、月の白がかえって馴染んでいると思った。







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政宗様の考えはまた今度。
うちの夢小説が完璧なギャグだったら、
政宗様は多分向かってくる車を1台や2台は破壊すると思う。