マンションに着いたのは夕方4時だった。
両肩両腕に荷物を下げてよろよろと部屋に上がると、
政宗はベッドの上で胡坐をかきつつ、真剣に本――辞書を読んでいた。
「・・・あの、只今帰りましたが、政宗さんは一体何を・・・?」
「勝手にそこにあった書を読ませてもらってる。拙かったか?」
「書・・・。いや、全然かまわないんですけど。」
政宗は辞書を閉じるとごく普通に答える。
「知らないことを知るのは面白いぜ。
 ひとつ単語を引くとその説明文にまた分からない単語があって、
 それを引くとまた・・・って感じでいくらでも読める。」
は一瞬『授業中に暇な高校生か』と突っ込みたくなったが、
確かに政宗にとっては知らない事だらけなのだから、辞書も面白いだろう。
そう考えているうちにさすがに肩や腕が限界を迎えて、
大量のショップバックやビニール袋を床に降ろした。
政宗は立ち上がって、荷物の側にしゃがみこんで興味深そうに眺める。
「これ持って距離歩いたのか?疲れただろ。」
「だいたい電車っていう乗り物に乗って移動してたから大丈夫ですよ。
 いろいろ買ってきたんですけど、まずは晩御飯作りますね。」
「お前料理できるのか?」
政宗の鋭い一言には一瞬言葉に詰まったが、
ここでできないと言うのもあまりに情けない気がして、なんとか声を絞り出す。
「し、失礼な!私だって料理のひとつやふたつ・・・!」
「・・・・・手伝うぞ?」
「だだだ大丈夫です!政宗さんはゆっくりしててください!!」
訝しげな顔をする政宗に、はまかせろとばかりにどんと胸を叩く。
大丈夫なようにわざわざ書店で和食の料理本を買ってきたのだ。
本を見ながらなら大丈夫なはず。
・・・そう、半ば自分に言い聞かせるように心の中で思いながら、
は大量の食材の入ったスーパーのビニール袋を持ち上げるのだった。





テーブルの上には一人暮らしを始めてから初の『まともな食事』が並んでいた。
炊き立てご飯にえびの照り焼き、もやしと春菊の胡麻和えと、野菜たっぷりの味噌汁。
白く湯気を立ち、食欲を誘う匂いもする。
それなのには泣きたい気持ちだった。
「美味しそうで・・・す、ね・・・。」
「心がこもってねえなオイ。」
「だって!!なんで政宗さん私より料理できるんですかー!?」
わっと叫んでは箸を軋むほど握り締めた。
・・・本を見ながらなら大丈夫だと思ったのだが、
如何せんの手つきはあまりに危なっかしく、手際もひどく悪かった。
見かねた政宗がキッチンに乱入してきて、驚くほどスムーズに調理を始めたのだった。
がしたことと言えば炊飯と味噌を溶くのと料理本を読み上げたことくらいである。
「小十郎は野菜作りが好きで、俺は料理が好きなんだよ。」
「最強だ・・・絶対小十郎さんと政宗さんのコンビ最強だ・・・。」
「自信有りの出来だ、食うぞ。」
「自信有りときたよこの人・・・。いただきまーす・・・。」
箸を握りなおして、取り敢えずえびの照り焼きにかぶりついた。
そのままは箸を取り落としそうになった。
「何これ美味しっ!」
「当然。料理書のじゃ不満だったから俺が味付けしなおした。」
自慢げな表情を浮かべながら、政宗もえびを口に運ぶ。
ちなみに政宗が使っている箸と茶碗は百円均一で買ってきたものだったり。
「うわ!和え物も美味しい!お味噌汁も!」
「静かに食え、静かに。」
そう言いつつも幸せそうに料理を口にするに、政宗もまんざらではなさそうだ。
あっという間に消えていく料理が美味しい理由は、
政宗の腕の良さもあるのだろうが、向き合ってゆっくり食事ができるせいでもある。
お互いそれを分かっていても敢えて言葉にはしない。
それがくすぐったくもまた楽しい、そんな夕食だった。





「よし終わり!政宗さん、今日の戦利品を披露します!」
洗い物を終え濡れた手を拭きながら、はベッドに腰掛けている政宗へと話しかけた。
(ちなみに、せめて洗い物くらいは1人でやるとは強引に押し切った。)
たくさんのショップバックを政宗の前までずるずると引きずって、その側に座り込む。
「戦利品?」
「ものの例えですよ。政宗さんのためにいろいろ買ってきたんです。」
まず黒いショップバックをいそいそと開くと、
は中身を取り出して政宗に向かって広げた。
「じゃーん、政宗さん用の現代の服です!」
これからしばらくは、いろいろなことにいつもの2倍の費用がかかるわけで、
衣服にそう多くのお金はかけられない。
・・・と思っていたはずが、いざ店に行くとその考えは吹っ飛んでしまった。
あれも着て欲しい、これも似合いそうといくらでも手が伸びそうになった。
最終的には政宗の着易さを考えて選んだのだが。
「トップス・・・えーと、上の服?は2枚買ってきました。
 それから下を1枚と、寒いですから上着も1枚。
 サイズが合わなかったら明日交換してもらってきますから。」
クルーネックの長袖とフェイクレイヤードのカットソー。
完璧にサイズを目方で選んだリメイク風のデニムと、ショート・モッズコート。
「それからこれ、ベルトっていうんですけど・・・。」
「bottomsにつけるんだよな?」
「あ、知ってますか。さすが!」
「南蛮由来のものは興味があって、元の時代でいろいろ調べてたんだよ。
 それよりそこまで用意してくれたんだな、悪い。」
そう行った政宗の顔がどこか申し訳なさそうで、 は一瞬きょとんとした。
この人はこういう顔もするんだな、と新鮮な気持ちがすると同時に、
なんとなく可笑しくてつい笑いがこぼれる。
「何言ってるんですか、政宗さんだっていろいろ用意してくれたでしょう。
 この着物どれくらいするんだろう〜とかいつも思ってたんですよ?」
あっけらかんとしたを見て、政宗はふいに思い出していた。
彼女に何かを渡すと、ひどく嬉しそうに笑って、そしていつもこう言う。
『ありがとう』と。
そして自分はそれをとても好ましく思ったし、尊くも感じたのだ。
「この靴は政宗さんの草履を拝借してサイズ確認したから多分大丈夫です。
 それから固定電話引いてないから、これが緊急連絡用のテレフォンカードで・・・。」
。」
「はい?」
袋から様々な品物を取り出しては床に広げていくは、
政宗の呼びかけに微笑みながら顔を上げた。
どちらの時代にいても変わらない、変わるはずのない、邪気がなく穏やかな笑顔。
「・・・ありがとな。」
「どういたしまして!」
すぐさまにっこり笑ってそう返してくるにつられて、政宗も頬を緩ませていた。
彼女の笑みが、この未来の世界でのただ1つの道標に思えた。







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史実の政宗様が料理好きと言うのは、大変美味しいネタですね。(料理だけにね(帰れ
そして政宗様に現代のどんな服が似合うか考えてニヤニヤしたのは私です。