政宗の呆れた視線にはっと気付いて、は我に返る。
「あ、えーっと、次の満月は・・・25日後、ってことになりますね。」
「25日な。だが戻れば3日程度しか経っていないことになるんだよな。」
「そうですね。」
「3日くらいなら小十郎やら実成やらがなんとかできるだろうな。」
ひとまず落ち着いたとばかりに深く息をついて、政宗は目を閉じた。
その右手には未だ短刀を握り締めたままで。
「・・・・・あの。」
「What?」
「私が政宗さんを守りますからね。」
凛とした声に驚いて政宗が瞼を上げると、すぐ側にの顔があった。
その表情は真剣そのもので、見たことのないの力強さに政宗はまた驚く。
「戦国時代では政宗さんが私を助けて、守ってくれたでしょう。
 だから今度は私が政宗さんを助けるし、守ります。
 私じゃその刀よりも頼りないかもしれないけど・・・頑張りますから。」
そう言っては政宗の手に自分の手を重ねると、きゅっと口元を上げて微笑んだ。
触れ合った手はお互いあたたかい。
政宗は短刀から手を放すと、の頬をなぞった。
途端には顔を赤く染め上げたが、されるがままで喋り続ける。
「きっと友達が心配してると思うから、明日は大学・・・学校に行ってきます。
 でも夕方帰るつもりですから、今日はとりあえずもう寝て、
 今後のことはそれから相談しましょうね。」
「ああ、頼む。」
ぐっと距離を近づけてこつんと額をあわせて、手以外でも体温を共有する。
それはまるでお互いがそこにいるという確認のようで。
この時代にあるはずのないぬくもりがそこにあった。
「・・・・・お別れだと思ってたのに。」
「そうだな。」
「なんかもう、自分の気持ちがよく分かんないです・・・。」
額を離して困ったように笑うと、はベッドに顔を突っ伏した。
その拍子にぐしゃっと乱れた髪を政宗は撫でてやる。
「俺は逆に分かったこともあった。」
「何ですか・・・?」
すぐに顔を上げては政宗を上目遣いに見る。
「教えねえ。」
「ええー?」
「お前はまだあんま考え込むな。」
「わっ!」
久しぶりに頭を叩かれて、びっくりすると同時になぜかホッとした。
言葉にこそしなくともお互いの想いなどとうに知れていて、
しかも一生の別れのはずだったものを経て。
それでも変わらないものもあることに安心した。
しかし叩かれてそんなことを感じるなんて、マゾっけができてしまったのか。
・・・なんて考える自分に、は苦笑する。
「・・・うん、そうですね。
 今は政宗さんが無事にこの時代で生きられる方法だけ考えます。」
「ありがとな。」
「どういたしまして。」
――ところで、まだ気分が悪いままだから寝させて欲しいんだが・・・。」
「だが?」
きょとんとするに、政宗はどこか楽しそうに見える顔で尋ねた。
「お前1人で暮らしてんだろ?2人分も布団あるのか?」
「あ。」





電気のスイッチを切ると、は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。
久しぶりにシャンプーを使ったので髪から懐かしい匂いがする。
部屋の中はベッドサイドのスタンドの明かりのみで照らされている。
風呂に入ったせいで火照っている頬をペチンと叩いてから、はおずおずと振り向いた。
「えーと、それじゃあ、お、お邪魔します・・・。」
「お邪魔してんのはこっちだろ。――来いよ。」
ベッドの上から差し伸べられた骨ばった手を掴むと、は政宗の横にもぐりこんだ。
先客のおかげで布団の中はあたたかい。
が、さすがに恥ずかしくてベッドの端ぎりぎりのあたりで身体は留まっている。
誰かと1つの布団で寝るなんて、子どもの頃親と寝ていたとき以来だ。
「くっつかないと寝てる間にずり落ちるぞ。」
「!」
あからさまに緊張しているの身体を、政宗はぐっと抱き寄せた。
自分以外の熱に、落ち着くようなそうでないような、不思議な気持ちがした。
「その、狭くてごめんなさい・・・。
 やっぱり毛布にくるまって私床で寝ましょうか・・・?」
「2週間以上となるとそれはお互い辛いからナシだってさっき決めただろうが。
 それともそんなに俺と一緒に寝るのが嫌か?」
「そ、そうじゃないです!違う!」
自分の腕の中で必死に首を振って否定するに、政宗は喉でくっと笑う。
「じゃあおとなしくこうされてろ。」
「は・・・い。」
おずおずと政宗の胸に顔を寄せると、ぽんぽんと背中を叩かれた。
子どもを寝かしつけるようなその仕草に抗議をしようかと思ったが、
案外心地よかったのではそのまま目を閉じる。
「Good night.」
耳元に響く重低音に胸がきゅんとしたが、なんとかそれを宥めて返事をした。
――Good night.」





翌日は目覚まし時計の音できちんと目が覚めた。
昨日外に出たついでに買っておいたパンを口に放り込んで、出かける準備をした。
本当は政宗には和食を用意したかったが、
料理がほとんどできないにはいきなりは無理で。
申し訳ないと思いつつも、あまり脂っこくないパンを政宗には食べて貰った。
(本気か気を遣ってかは分からないが、政宗は美味しいと言って完食してくれた)
教科書の入った鞄を手に、久しく口にしなかった『行ってきます』を言って、
は元気よく家を出た。
自分が政宗を助けるんだという意気込みで、胸がいっぱいだ。

「ちょっと、あんたどしたの!?
 ずっと連絡とれなかったんだけど!ていうか痩せてね!?」
「ごめんごめん!熱出して朦朧としてたらお風呂に携帯落として!
 家電引いてないから助けも呼べないしマジ死ぬかと思ったよ・・・!
 おかげで超痩せた!スキニーがスキニーじゃなくなった!」
懐かしい友達の顔。
久しぶりの現代の単語を交えた会話。
洋服と靴と人工的につくられた髪の色。
『帰ってきた』と心から感じるけれど、同時に不思議な違和感も感じていた。
けれどそんな自分の細かな心理状況など今は気にしていられない。
「うっわ羨ましー!私も風邪引きたいし・・・!
 あー、でも病み上がりじゃ買い物誘えないなあ・・・。
 3限終わったら行かない?って言おうと思ってたんだけど・・・。」
「行く!行くけどメンズの服とか靴とかが見たい!
 あと和食の作り方の本が欲しい!大きいスーパーにも行きたい!」
「・・・・・はあ?」


――私があの人を助けてあげなくちゃ。








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自分で書いておきながら、政宗様の「――来いよ。」に爆笑した。
人様のベッド借りておきながら筆頭のあの態度のでかさはなんなんだ。