いつかと同じように、豪快に水飛沫が上がった。
その時と違うのは、舞い上がった水が冷たいことと、それから・・・。
「冷てえ・・・。」
この時代にいるはずのない人――伊達政宗が隣りにいることだ。
自分がしっかりしなくては。
そうは思うものの、予想外の展開にの脳内は完全にパニックになっていた。
「ま・・・政宗さん大丈夫ですか!?気持ち悪くない!?
 吐きたいなら吐いていいですよ!?
 私だって吐いたことあるんだからもう遠慮せずにばばーんとどうぞ!?」
青ざめるに向かって、政宗は頭を押さえながら低く呟いた。
「・・・おい、ここ本当にお前の生きてた時代か?
 まずそれを確認しねえと吐くもんも吐けねえよ・・・。」
「え?あ・・・!」
確かにここが現代でも戦国時代でもなければ、事態はより面倒になる。
自分より余程冷静な政宗と比べて自分が情けなくなったが、
今は落ち込んでいる場合ではない。
「えーと・・・。」
自分達が浸かっているのは、深さや狭さからして恐らく一般家庭の浴槽。
見上げた先には小窓があり、闇の中に仄かな明るさを感じるので夕方のようだ。
薄闇に慣れてきた目に、シャワーや洗面器が映る。
シャンプーは赤いパッケージのTSUBAKI。
そうそう、TSUBAKIといえばタイムスリップする前に白バージョンが出て・・・。
「・・・・・ん?」
「どうした?」
はよく分からないが笑い出したくなった。
この見覚えのありすぎる光景は・・・。
もう1度ぐるりと周りを見回してから、はっきりと呟いた。
――ここ、私のマンションのお風呂場だ。」





前の晩、面倒で風呂掃除をしなかったことが、こんな幸運に繋がるとは思っていなかった。
きちんと現代に戻れた上、うまいことのマンションの浴室に着いたわけだが、
これがもし街中の噴水だったり学校のプールだったりしたら、
ややこしいことになっていただろう。
そんなことを考えながら、は超特急で着替えをすませていた。
というのも、すぐさま政宗の着替えを買いに走らなければならないからである。
彼氏のいない女一人暮らしのの部屋に、男物の衣類などあるはずがない。
ずぶ濡れの政宗には取り敢えずシャワーにあたってもらっているが、
服が乾くまでそのままというわけには当然いかない。
(ちなみに政宗がシャワーに驚いたのは言うまでもない。)
久し振りに見た時計は、午後5時過ぎを指していた。
この時間なら近所の衣類も売っているスーパーも普通に開いているはずだ。
自転車をとばせば30分で行って帰って来られるだろう。
は浴室のドア越しに政宗に声を掛けた。
「政宗さん、これから私急いで政宗さんの着替えを買ってきますから、
 のぼせない程度にそのままお湯にあたってて下さいね!
 それから物音がしても危険はないので、そこから出なくても平気ですよ!」
「悪ぃな・・・。お前こそまだ髪の毛乾いてないのに、風邪引くなよ?」
ガラス越しに聞える声はシャワーにかき消されそうだったが、
それでも確かにの鼓膜を震わせる。
他の誰でもない、政宗の声が。
「いってきます!」
「おう。」
もう会えなくなるはずだった彼が確かにここにいる。
政宗にとっては困った状態なのは重々承知しているのだが、
まだ側にいられるのがどうしようもなく嬉しいのを、罪悪感と共に感じている。
奥州の雪にヒールが埋もれたブーツで、は玄関を出てコンクリートを鳴らした。





「散らかってる上に、政宗さんのお部屋に比べると狭くてごめんなさい。」
「いや、こんな状況なんだから雨露を凌げるだけでもありがてえよ。」
タオルでわしゃわしゃと髪の毛を拭きながら、
勧められるままに政宗はどかっとのベッドの上に腰掛けた。
が買ってきた安物のジャージを着ているのだが、妙に様になっているのが不思議だ。
ずっとお湯にあたっていたため顔色は良く見えるが、
声音からしてあまり調子は良くなさそうだ。
自分はというと、2度目で慣れたのかなんなのか、今回は平気だった。
じんわりと暖かい電気カーペットの上に座り込むと、
は気遣わしげに政宗の顔を覗き込む。
「気分悪くないですか?」
「吐くほどではないんだが、なんか気持ちが悪ぃな・・・。
 今ならあのとき吐いたお前の気持ちが分かるぜ。」
「よ、横になってもいいですよ?」
「それじゃ遠慮しないぞ・・・。」
そう言って政宗はどさっとベッドの上に寝転がった。
深く息をつくと、そっと瞼を閉じる。
その手には短刀が握られていては少し驚いた。
懐に入れていたのだろうか。
こんなときまで、と一瞬思ったが、むしろこんなときだからこそなのだろう。
やはり彼は戦国を生きる人なんだと唐突に感じた。
「・・・で、次の満月はいつか分かるか?」
瞼を閉じたままの政宗が発した言葉にははっとする。
次の満月がいつなのかも非常に重要ではあるのだが、
目下気になる時間経過といえば、戦国時代で過ごした3週間強である。
もしかしたら捜索願いくらい出されて大騒ぎになっているかもしれない。
「っ今日何日!?」
とっさにカレンダーを見るも、誰かが過ぎた日付に印を付けてくれているわけでもない。
携帯も最初にトリップした時点で水に濡れて壊れてしまって使い物にならない。
残る時間経過を知るための情報源といえば・・・。
――テレビ!」
ミニテーブルの上に置かれたリモコンを掴み取ると、は電源を入れる。
久しぶりのその感覚に懐かしさを感じつつも画面に目をやる。
「・・・・!?」
政宗はテレビに声も出さずに驚いているようだが、説明は後だ。
チャンネルを適当に変えて、目的の情報が流れていないかを探し続ける。
「あった!週間天気予・・・報・・・・・。」
やはり懐かしいアナウンサーの声を聞きながら、は自分の目を疑った。
戦国時代で政宗達と過ごしてきた時間は3週間以上。
それなのに、天気予報で見る今日の日付は、タイムスリップした日から――


「3日しか経ってない・・・。」


一瞬何かの間違いかと思ったが、これは確かに現実だ。
馴染みきった部屋と家具、自分の鼓動、側で確かに呼吸している政宗。
これが紛れもない、今。
呆然としているに、政宗は視線だけやって話しかける。
「何が3日なんだ?」
「私、政宗さんの所で二十数日過ごしてきたはずなのに、
 こっちに戻ってきたら3日しか経ってなかったんです・・・。」
「好都合じゃねえか。
 3日くらいなら、連絡がつかなかった言い訳が何とかできるだろ。」
「でも・・・でも・・・・・!」
少し俯いて思いつめたような表情をするに、政宗の表情も曇る。
そんなに深刻な何かがあるのか。
・・・?」
「だって私、3日間で二十数日分も老化しちゃってるんじゃないですかー!!」
「・・・・・。」
19歳が老化だなんだと何を言う。
ぎゃああと叫ぶに、最早呆れて何も口に出来ない政宗なのであった。







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アホな終わり方をしていますが、実はヒロインの考えは非常に大切であります。
都合よく現代と戦国を行ったり来たりしようと思っても、
ヒロインは普通の人が3日過ごしている間に3週間強も過ごすので、
繰り返しているうちに周りの人より早く年をとってしまうことになります。
なのでどっちの時代に残るかを決めなければいけないという。