なかなか寝付けずに明け方まだ布団の中でうだうだとしていた。
けれどふいにうつらうつらとしてきて、
眠れないだろうと思っていたはずが、いつの間にか眠りに落ちていた。
――よりによって、昼まで。


障子の開く音がして、ふっと目が覚めた。
いつ寝ちゃったんだろうかと思いながら瞼を上げて、は眩しさに驚く。
――わ!?」
眉をしかめながらも慌てて布団から身体を起こすと、
いつもの世話をしてくれる侍女が部屋に入ってきているところだった。
「おはようございます・・・と、ご挨拶するにはもう遅いですね。」
「え!?あれ!?今何時ですか!?」
「午の刻ですよ。よくお休みでしたね。」
「午?うま・・・子・丑・寅・・・じゅ、12時!?」
侍女にくすっと笑われて、の顔が瞬時に赤くなる。
この時代に来てからこんな時間に起きたのは初めてだ。
「なっ、なんでもっと早く起こしてくれなかったんですか!?」
「起きないようなら昼まで寝ていただくようにと、上様から申し付かっていたのです。」
「なんでそんな余計なことを・・・!」
少しでも側にいたいのに、とがっくりきているに、侍女はふいに穏やかに語りかけた。
「枕もとの紅は、上様からの贈り物ですか?」
「え!?あ、えーと、まあ、その・・・・・はい。」
妙に慌てた後、は小さな声で肯定した。
傍から見ても政宗と自分の関係などバレバレのようで、今更変に隠す必要もない。
それでもどうしてか恥ずかしいのは自分でも不思議なところで。
侍女はもじもじとしているの側に膝をつくと、静かに微笑んだ。
「京紅は大変高価な品で、同じ重さの金にも匹敵するんです。
 ですから殿方は意中の相手の好意を得る決定打として、京紅を贈るんです。」
―――。」
侍女の言わんとしていることは、さすがのにも分かった。
それでも・・・それでも、には何も答えようがない。
自分は現代に帰らなければならない。
家族も友達もきっと心配している。
現代での生活を捨ててこの時代に残る覚悟など到底ない。
繰り返し繰り返し考えてきたことだ。
それなのに――ああ、また胸が苦しい。

「・・・そう、ですか。」

結局がそのとき発することの出来た言葉はそれだけだったし、
その後政宗と会っても、ついにあたりさわりのない会話しかできなかったのだった。





「準備ができましたよ。」
小十郎は庭先に置いた桶に最後の一杯の水を満たして、息をついた。
桶の中の冷水は揺らめきながら満月を映している。
水にうまく月が映る場所を探して城内を歩き回ったのだが、
結局たどり着いた場所はの使っていた庵の前庭だった。
「ご苦労だったな、小十郎。」
「いえ。」
奥州の冬に似つかわしくなく、あまり風のない穏やかな夜だ。
ぽっかりと浮かんだ月は柔らかい金色の光を纏っている。
は何も言えずに、ただ政宗と小十郎のやりとりを見ているばかりで。
そんなのほうへ2人とも薄く笑みを浮かべて向き直った。
「これで帰れるかもしれねえってのにシケたツラしてんじゃねえよ。」
「うまく帰れたら、元の時代でも達者で暮らせよ。」
政宗らしくない笑みと、滅多に自分の前で笑わない小十郎の笑み。
でも自分はうまく笑顔をつくることができない。
それどころか目頭が熱くなってきた。
「・・・・・っ!」
思わず首に巻いたマフラーに口元を埋めて俯いたが、
そんな仕草をすれば泣きそうになっていることなど一目瞭然だ。
何も言葉に出来ないまま終わろうとしているのが、たまらなく辛く悔しい。
でも、それでも。
ここにいる間だけでも笑っていろと言われたから。
約束したわけではないけれど、せめてその言葉を守りたい。
――だから、くっと顎を上げて、は顔一杯に笑顔を浮かべた。


「本当に、ありがとうございました!」


笑いながら泣いているのは自覚している。
それでも最後にきちんと笑えた。
くるりと2人に背を向けて、水面に煌く月に目を落とす。
涙で視界はぼやけているが確かにそこに見える金色。
それに触れようと、は身をかがめた。
――小十郎、ちょっと後ろ向いてろ。」
「は?」
。」
「っ!?」
強く名前を呼ばれたかと思うと、後ろから抱きしめられていた。
その腕の力があまりにもきつくては一瞬息をつめる。
それでも最後に触れることの出来たぬくもりにまた涙が零れ出す。
「ま・・・さむねさ・・・っ!」
・・・。」
すっと顎を捉えられ、月の光が照らす中で政宗と目が合う。
間近で見合うお互いの顔。
前髪がぶつかって交じり合う。
吐く息が近い。
そうしてごく自然に、唇が触れ合っていた。
「・・・・・っ。」
唇の冷たさと、頬を伝う涙の熱さがごちゃまぜになって、胸をかき乱す。
こんなに苦しい想いを味わったことなど今までになかったが、
それでもこの人と出会わなければよかったとは思わない。
彼の顔がきちんと見えるように、は背中に回された政宗の腕をほどいて、
少し身体を離し、冷たい奥州の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
やはり、気持ちを伝えないまま別れるなんてできない。
――政宗さん、私はあなたのことが・・・。」


ズズッ


ふいに聞こえたくぐもった音に、政宗ももはっとした。
次の瞬間ぐらりとの体が後ろに傾く。
そう、この聞き覚えのある音の正体は――
「ま、またブーツのヒールが埋もれ・・・っ!」
わざわざ桶の周囲の雪を踏み固めておいたのに、固め方が甘かったらしい。
そうこう考えている間にもはバランスを崩して後ろへ倒れこもうとする。
このままでは桶の上――水面に映る月の上にしりもちをつく形になる。
出会い方も間抜けだったが、別れもこんなろくでもないものになるのか。
「ちょ!え!そんなの嫌だああ!!!」
「うおっ!?」
叫びながらとっさに政宗の羽織の袖を握ってしまい、政宗の身体までのほうへ傾ぐ。
あれ、やばい、これはもしかして。
――この人まで道連れにしてしまうことになるんでは?
「政宗さんどいてー!」
「お前が羽織掴んでんだよ!」
「政宗様!!」
小十郎が伸ばした手はむなしくも空を切り、ザバッという音とともに水しぶきが上がった。
その途端に周囲が真っ暗闇に、かと思えば金色の光に包まれる。


の瞳に懐かしい色が溢れた。







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ということでうっかり(?)逆トリップします。

京紅云々の話はどうも江戸時代かららしいのですが(by wikipedia)、細かいことは気にしなーい!
あと仕込んでおいた伏線をここで回収したかったんですが、
話のテンポが悪くなったのでエピソードをまるごとカットしました・・・。
いつになったらその部分を書けるんだろうか・・・。