「・・・よし、と。」 枕元に現代から着てきた服と鞄をきちんと置くと、は小さく息をついた。 ――明日は満月、元の時代に帰れるかもしれない日だ。 明日改めて言うが、小十郎やいつも世話をしてくれていた侍女には既に礼を言った。 それぞれが何かもの言いたげだったが、結局核心には触れてこなかった。 かといってにも彼らの言葉を引き出す勇気などない。 現代に帰りたい。 その気持ちに嘘はないが、一言で別れを済ませられるほど、 この時代で過ごしてきた日々は軽くはない。 そもそも、まだ迷っている自分さえいた。 迷う余地などないはずだというのに。 「――。」 「はい。」 障子越しに聞こえた声にはあまり驚かなかった。 最後の晩なのだから、彼は部屋を訪れてくれるだろうと思っていた。 どうぞと言わずとも声の主――政宗は勝手に障子を開けて部屋に入ってくる。 冷たい夜風が吹き込んできて、は身を縮める。 「さっ、寒い!早く閉めてください!!」 「お前マジで寒がりだよな。」 政宗は首をすくめながらやや乱暴に障子を閉めた。 それから無遠慮にどかどかとの側に歩み寄って、その隣に腰を下ろした。 「・・・・・。」 「・・・・・。」 この時代の夜は、暗く静かだ。 電気など当然ないので、人々は太陽の浮沈と共に生活をし、 夜間に室内を照らす灯りは小さな火だけだ。 「。」 「なんですか?」 先に言葉を発したのは政宗のほうだった。 政宗は懐を探ると、手渡せる距離だいうのに、取り出した物をへと放り投げた。 「餞別だ。受け取れ。」 「へっ!?」 ぽんと手のひらに納まったのは、金色の合わせ貝だった。 その金色を背景に可愛らしい桜の模様が描かれている。 綺麗なのは綺麗なのだが・・・。 「・・・なんですか、これ。」 「以前話したこの時代の紅だ。」 「口紅?これが?」 政宗はの手のひらの上でそっと貝を開いた。 触れた政宗の指はさっきまで廊下を歩いていたせいで冷たい。 「わ・・・キレイ・・・!」 開いた貝の中は、薄明かりを受けて玉虫色に輝いた。 その朱金はうっとりするほど美しく、光の少ない部屋の中で煌いている。 「水で溶くとちゃんと朱色になる。 貴重な品だぜ、元の時代に帰っても大事に使えよ?」 「・・・・・まだ帰れるか決まってないのに?」 ぽつりとそう呟いたを、政宗は一瞬驚いたような目で見た。 しかしすぐに小さくため息をついて、の手のひらにある貝を静かに閉じた。 触れるその指先はまだ冷たいままだ。 「帰れるような気がしてる。――帰るよ、お前は。」 「そっか・・・。ありがとう、政宗さん。」 困ったように眉尻を下げ、けれど口元をきゅっと上げて、は微笑む。 いつかと同じように、微笑む。 「政宗さん、最後にひとつだけ訊いてもいいですか? 答えたくなかったら答えなくていいですし、不愉快なら怒ってくれてもいいです。」 「言ってみろよ。」 は金色の貝を優しく指でなぞってから、丁寧に枕元に置いた。 それから政宗に真っ直ぐに向き直ると、驚くほどはっきりと口にした。 「子どもができるから奥さんを迎えないと、いつか言ってましたよね。」 「・・・ああ。」 お互いの視線がぶつかりあった。 「――理由は、怖いからですか?」 遠く、外で夜風がぴゅうと吹く音が聞こえる。 灯りの炎が踊るように揺らめく。 その中で、政宗が小さく笑う声が響いた。 「・・・ったく、お前はすげえ女だな。」 「変な女からすごい女に昇格ですか?」 「いや、すげえ変な女。」 政宗は苦笑して右目の眼帯にかかった前髪をぐしゃりとかき混ぜた。 張り詰めていたような部屋の空気が一気に緩み、柔らかくなる。 右目を手で押さえながら、政宗は口を開いた。 「ご名答、お前の言うとおりだ。 ――俺は自分に子どもができるのが怖い。」 そうきっぱりと言い切ると、政宗はの頬に触れた。 ほのかにあたたかくなりはじめた指先。 「血の繋がりでさえ無視できることを、俺は知ってる。 だから俺も自分の子どもに、俺の親と同じことをするんじゃないかとふと思うし、 そんなことを考えるような俺が父親じゃ、できた子どもが哀れだ。 惚れた女が自分の母親と同じように変わる姿も見たくねえ。」 その諦めたような口調がをなぜか焦らせた。 ゆっくりと首を振って、頬にあてられた政宗の手に自分の手を重ねる。 これだけは伝えておかなければならない。 「・・・大丈夫だよ、政宗さん。 前にも言いましたけど、そんな風に思えるあなたは大丈夫。 奥さんだって、政宗さんが選ぶ人なら大丈夫ですよ。」 「――。」 「ひゃ!」 ぐっと強い力で手首を引っ張られて、の身体が前につんのめる。 けれど政宗の胸に倒れこむ程の勢いもなく。 中途半端な距離で見た政宗の顔は、苦しげに歪んだ。 「・・・。」 ――言えるわけがない。 お前がいいだなんて。 お前が側にいてくれれば大丈夫だと思うだなんて。 いっそこの場で無理矢理にでも抱いて孕ませようか。 そうすれば彼女をこの城の中に閉じ込めておける。 彼女が頼るのは自分しかいなくなる。 「・・・Shit!何考えてんだ・・・。」 政宗は苦々しげにそう吐き捨てて、の腕を放した。 自分が求めているのはそんな関係ではないというのに。 自由奔放で、能天気で、穏やかに笑う彼女に自分は惹かれたのに。 「政宗さん・・・?」 「・・・・・っ。」 心配そうに覗き込んでくるに、政宗はふっと我に返る。 今自分がすべきことは、彼女が出来るだけ笑顔で現代に帰れるようにしてやることだ。 それならば――。 政宗はひとつ呼吸をしてから顔を上げると、はっきりと言葉を発した。 「お前はいきなりこんなとこに来ちまって苦労しただろうが、 俺はお前に会えて良かったと思ってる。」 唐突な発言に驚きつつも、は必死で答える。 「わ、私だって政宗さんに会えて本当に良かったと思ってます!」 「そうか。ありがとな。」 そう言って政宗はひどく綺麗に笑った。 笑いながら、今の自分はらしくない顔をしているのだろうと、政宗は確かに感じていた。 |
ああもう早くこの緊張感溢れる展開から脱出してえええ!!!(じたばたごろ
もっとアホな話とかバカップルな話とかが書きたい・・・っ!
次でこのムード断ち切るから!絶対!
しかし京紅の描写が難しいのなんのって、通じてますかねえ・・・。(汗)
よく分からなかった方は、googleにて『京紅』で画像検索してください・・・orz