「――を室に迎えるおつもりですか?」 「Ah?」 唐突に投げかけられた疑問に、政宗は筆を動かす手を止めた。 やや睨みをきかせながら問いかけの主である小十郎を見やるも、 小十郎はそれにひるむことなく言葉を続けた。 「最近の政宗様とを見ていれば、この小十郎でも感じるものはあります。」 「・・・まあ、庵から隣の部屋に移した時点で明確か。」 ふっと息をつくと、政宗は筆を置いて座り直した。 小十郎をはぐらかせるわけがないし、そもそもそうするつもりもない。 側でじっと自分を見ている男へと政宗は向き直る。 「を室に入れるつもりはねえよ。 あいつは未来に帰るしそれが一番あいつにとっていい、だから無理だ。」 「まだ帰れると決まったわけではありません。 それに自身が残ると言うのであれば無理ではないかと。」 「いや、なんとなくだが、帰れる気がする。それに――」 政宗は小十郎から目を逸らした。 「俺にはあいつに『ここに残るか?』なんて訊けねえよ。 言えばあいつは、自分のことよりもそう尋ねる俺のことを考えて、迷うだろう。 はそういうやつだ。」 政宗だって気付いている。 自分のを見る目が変わったように、が自分を見る目が変化していることに。 けれどここに残るまでの覚悟があるようには到底思えない。 加えて、現代にいるほうが確実にの身の安全は確保されるだろう。 「・・・・・そうですか。」 小十郎はまだ何か物言いたげではあったが、これ以上言葉を交わしたところで、 事態が違う方向へ動くとは到底思われず、口をつぐむ。 何より厠へと席を立っていたが廊下を歩いてくる気配がしている。 「それでは。」 「おう。」 小十郎は軽く頭を下げると、部屋を出た。 「小十郎さん行っちゃいましたけど、お仕事終わったんですか?」 いれかわりに部屋に入ってきたはいつもの笑顔でそう尋ねた。 そしてごく自然に政宗の左・・・定位置に腰をおろす。 縮んだ距離が嬉しくももどかしくもある。 「まだだ。だがちょっと休憩する。」 「はあ、休憩・・・っておわわっ!?」 政宗はためらいなくの膝に頭を置いた。 柔らかい感触と、ほのかに香る女独特の甘い匂い。 「ひひひ膝枕とか初めてするんですけど!」 「Oh,お前の初めての相手は俺か。」 「その無駄に破廉恥な言い方はやめろー!!」 真っ赤になってわっと叫びながらも、は政宗を拒否しようとはしない。 だから政宗はそのまま目を閉じ、そうするとも騒ぐのをやめておとなしくなった。 ――あんなのは全部建前だ。 本当ならこの細い身体が軋むくらいに強く抱きしめて、 離したくない、帰るなと言ってしまいたい。 それでも多分は現代へと帰るから。 強く相手を想ったところでどうにもならないことがあるのを、自分は知っているから。 「・・・政宗さん、お疲れなんですか?」 上から静かに声が降ってきて、政宗は目蓋を上げる。 するとの少し心配そうな表情が飛び込んできた。 「なんだか難しい顔してますよ。」 「政務やって疲れた人間が楽しそうな顔するわけねえだろ。」 「政務をして疲れた人の顔ともちょっと違う気がしたんですけど。」 なかなか鋭い。 政宗は小さく笑うと再び目蓋を閉じた。 何も答えなければもそれ以上尋ねてこないだろう。 「政宗さん。」 「あ?」 「呼んでみただけです。」 案の定、は何も訊こうとはしなかった。 その代わりに柔らかな手が優しく髪を梳き始める。 素直に心地良い。 「。」 「はい。」 「呼んでみただけだ。」 「はいはい・・・。」 そう、強く相手を想ったところでどうにもならないことがあるのを、 自分は知っているというのに。 それでも、タイムリミットまでだけでもこのぬくもりを感じていたい。 そう思ってしまう自分を、政宗は心の底から嘲笑った。 |
こう、まだ政宗様とヒロインの気持ちに微妙な温度差があるっていう。
1人の相手のために今までの生活を捨てる決断はそう簡単には出来ないと思うのです。
それでも人を好きになる不思議。