は頭を抱えながら小さく息をついた。
「はー・・・なんか壮絶だった・・・。
 まだ頭の中で刀がキンキンぶつかる音がしてるし・・・。」
「マジでお前の世界では刀を振るわねえんだな。」
「剣道とかならともかく、真剣なんて振り回したら銃刀法違反で捕まります・・・。」
前を行く政宗の背中に着いて歩きながら、は眉間に寄った皺に指を当ててほぐす。
普段政宗がどんな生活をしているのか知りたくて、
とりあえず戦国時代ということで剣の稽古を見せてもらったのだが。
木刀でいいと言ったにも関わらず折角だからと言ってわざわざ真剣で、
しかも小十郎相手の手合わせを、政宗は見せてくれたのだった。
とにかく壮絶だとしか言えない光景であった。
ものすごい速さで刀がぶつかり合い、その度に鋭い音がして、
普段の生活では見られない身のこなしが眼前で繰り広げられた。
今までそんなものは見えたことがないが、覇気や集中力というかが、
なにかオーラになって放出されているような気さえした。
「政宗さんも小十郎さんも全然息が上がってないし・・・。」
「あれくらいで疲れてちゃ戦には出られねえよ。」
「はあ。」
ここが戦国時代と分かっていても、には戦で政宗が刀を振るう姿が想像できない。
真剣での手合わせを見たにも関わらずだ。
政宗の甲冑姿や大勢の兵士を見たことがないせいもあるかもしれないが、
それにしても戦というものに馴染みのないにはいまいち実感がわかない。
・・・そうこう考えているうちに、政宗の部屋に着いてしまった。
「今日も物語絵巻読んでるつもりか?」
襖を引いて部屋に入りながら、政宗はからかうようにそう言った。
その後を追って部屋に入り、は悔しそうに返す。
「だって、漢文苦手なんですもん。
 物語絵巻なら仮名交じりだから読めるんですよ。」
いつの間にか、は昼間は庵を出て、ほとんどの時間政宗の側にいるようになった。
政宗が政務をこなしている間も、は部屋の隅でただ昼寝をしていたり、
彼の横で物語絵巻を読んだりしている。
最初は論語だのなんだのの漢籍を渡されたが、開始1ページで挫折した。
高校で一体自分は何を勉強してきたのか疑問を覚えた一瞬である。
「は〜、今日のお茶菓子は何かなー。」
「お前それ絶対毎日言ってるよな。」
「うわバレた。」
「お前やっぱバカだろ。」
政宗が文机の前に腰掛けると、もそのすぐ側に座る。
政宗の左側がの定位置になりつつあった。
「この時代に来てから食生活が変わって痩せたんですよ!
 だから現代にいた頃みたいに糖分摂取しても太らないんです!」
「確かにお前、ここに来た頃に比べると痩せたよな。」
「でしょう!?」
今では着物が普段着になっているが、ときどき現代の服を身につけてみると、
明らかにウエストや太ももの部分がゆるくなっていた。
それに気がついたときは大喜びしたわけだが、ひとつ気になるのは・・・。
「胸は減ってないから安心しろ。」
「あ、良かったー・・・ってなぜ私の心の内を知って!?
 つーかどこ見てんですか!あれか、定期的に私を観察してチェックしてたのか!?」
「お前結構胸でかいよな。」
「会話がかみあってない上に破廉恥極まりない――!!!」
「だからそれ萎えるんだよ・・・。」
そう言いつつ、政宗はの腰に腕を回してぐっと引き寄せた。
いきなりのことに抵抗する暇もなく、はされるがままになる。
後から抱きしめられるような体勢になって、背中に政宗の体温を感じる。
首筋がぞわっとして身体が緊張する。
「・・・何もしねえよ。」
耳元に重低音が響いて、の首筋が赤く染まる。
その首筋に政宗は顔を埋めた。
「じ、十分してるじゃないですか!」
「お前甘ったるい匂いがするな。」
「ぎゃー!匂うなー!!」
「耳元で叫ぶな、耳がいてえ。」
「そりゃ叫ぶし!奥州筆頭にはそんな趣味があったのか!」
「お前をいじって遊ぶ趣味ならあるかもな。」
そう言うなり、政宗はのうなじに唇を落とした。
――ひゃっ!?」
大げさなほどの肩がびくんと震えるので、政宗は耐え切れず笑いを洩らす。
けれどその瞳はびっくりするくらい優しくて。
いつの間に彼はこんな風に自分を見るようになったのだろう。
「くっくっ・・・!お前男慣れしてねえのな。」
「じゅじゅじゅ純情なんです!身持ちが堅いんです!」
じたじたと暴れて政宗の腕から逃れると、
は首元を押さえながら後退して部屋の隅に丸まった。
その様子があまりに必死でそれがまた政宗の笑いを誘う。
「それにしたってもうちょい色気のある反応すりゃいいのにな。」
「そんなの私じゃないです!」
「全くだ。」
おかしそうにそう言いながら、何事もなかったかのように政宗は机に向かった。
墨を手にとって政務の準備を始める。
そういう余裕たっぷりな政宗の態度に、いつものようには悔しくなる。
絶対いつかぎゃふんと言わせてやる。
「おい。」
「私の名前は『おい』じゃないっての!倦怠期の夫婦か!」
の言葉を全く気にした様子もなく、政宗は手元から目を離さないままだ。
墨の良い匂いが部屋に漂っていた。
この匂いを、は嫌いではない。
そんなに相変わらず目をやらないまま、政宗は独り言のように呟いた。


「満月までの残りの時間、庵から城内の部屋に移るか?」


まず何に反応すればいいのか分からず、はしばらく返事が出来なかった。







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お互いに何かしら感じるところはあるものの、
一定のラインをこえられないスキンシップをする政宗様とヒロイン。