布団を敷き終えると、はその上にぼふっと倒れこんだ。 「はー疲れたー!」 現代ではベッドを使っていたので、毎晩自分で布団を敷くのはちょっとした苦労だ。 ここに来た当初は女中が毎晩準備をしにきてくれていたが、 居候している上に何から何までお世話になるなんてことは出来ない。 そのため、庵内で自分で出来ることは自分でしようとは決めていた。 実はここのところ着物の着方も覚えようと努力していたりする。 「努力だけだけどね・・・。」 自分で自分に苦笑しながら、はそっと目を閉じた。 眠るならきちんと灯りの火を消して布団にもぐるべきだが、 こんな風にまどろむのが気持ちいいのは現代でも戦国時代でも同じで。 そうしてとろんとしてきたの耳に、遠くから規則的な音が届く。 足音のようだがこんな時間に庵へ人がやってくるようなことは今までになかった。 けれど深く考えるのも面倒で、はその音をぼやけた頭でじっと聞いている。 と、次の瞬間、スパーンという鋭い音を立てて障子が開かれた。 「〜〜〜〜っ!?」 「Hey!、起きてっか?」 眠りに落ちかけていたのに、突然の音と声にの身体がビクンッと震えた。 反射的にあわあわと起き上がると、目の前には当然だが政宗がいた。 「びびびびっくりしたー!!! うっわー心臓ドキドキいってるよ!絶対寿命縮んだし!」 「なんだ、俺に夜這いでもかけられると思ったか?」 「そういうドキドキじゃないわ!」 政宗は遠慮なく部屋に入ると、呼吸を整えているの腕を掴んで立ち上がらせた。 「おわっ!な、何ですか!?」 「廊下に出るぞ。」 「はあ!?」 この寒い夜にわざわざなんで、と大暴れするを無視して、 政宗はずるずるとを廊下へ引きずり出した。 その顔が何故か楽しそうで、は訝しげに思いながらも抵抗するのを止める。 「、空だ。」 「空?」 言われるがままに夜空を見上げるが、いつもとなんら変わりはない。 ――と思った矢先、視界の端ですっと光が流れた。 「!」 「どうも今日は流星が多い日みたいでな。 お前こういうの好きそうだと思ったんだよ。」 「好きっていうか・・・あ!」 声を上げた途端、またふっと星が流れた。 その直後に追いかけるようにまた流れてくる。 「えっ、すごい!すごいです政宗さん!こんなの見たことない!」 「そうか。」 興奮して嬉しそうに声を上げるを見て、政宗も満足気に笑った。 すっすっと尾を引いて過ぎていく光は美しく幻想的だ。 政宗がの部屋の灯りを消すと、闇は濃くなったが、星は一層輝きを増す。 濃度の上がった暗闇の中でも、ははしゃぎ続ける。 「流れ星といえばお願いしなきゃですね!」 「お願い?なんだそりゃ。」 「戦国時代ってそういう風習ないんですかね。」 まだ暗さに目が慣れていないので表情は見えないが、は驚いたような声を上げた。 白い指が手探りに政宗の羽織の袖を掴んだかと思うと、彼女の気配が近くなる。 「流れ星が流れ終わるまでにお願いごとを3回唱えられたら、 その願いは叶うっていう、おまじないみたいなものです。」 「流れ終わるまでに3回って不可能だろ。」 「細かいことはいいんですよー。」 「いや、よくねえと思うぞ・・・。」 「いいからいいから!」 言うなりは両手をパンパンと打ち鳴らした。 その祈り方は何か違うのではと思いつつ、政宗は暗闇に慣れてきた目でを見つめる。 するとは思いがけない言葉を口にした。 「天下統一!天下統一!天下統一!」 当然星が流れ終わるまでにその言葉は収まりきらなかったが、 そんなことよりも内容のほうに政宗は驚いた。 「なんでお前が天下統一を願うんだよ。俺への挑戦か?」 「政宗さんの代わりにお願いしてあげたんじゃないですか! どうせ政宗さんのことだから、何かに頼むんじゃなくて、 自分の力で天下統一を成し遂げるとか言って終わらせるんでしょうから?」 「・・・Shit!お前に読まれちゃ俺も終わりだな。」 ふふっと笑うの肩が小さく揺れる。 その揺れは笑ったためだと政宗は思っていたが、 ふと彼女の指先も微かに震えていることに気付いた。 そういえば彼女は雪の降る場所の生まれではないと言っていた。 雪の深く積もった奥州の夜は、には寒いようだ。 「。」 「はい。――ってぐはあっ!」 唐突にヘッドロックをかけられて、の呼吸が一瞬停止する。 なりふりかまっていられず、政宗の腕をバシバシと叩きながら、 は夜だというのに大声で叫んだ。 「死ぬ!マジ死ぬ!政宗さんギブですギブ!」 「お前さ。」 「はいー!?」 やっと首に回された腕の力が緩んで、は涙目で間抜けな声を発した。 ヘッドロックの意味が未だに分からないものの、とりあえず政宗の言葉を待つ。 「普通は元の世界に戻れるよう自分のこと願うんじゃねえの?」 「はへ?」 再び間抜けな声を洩らしたの頭へ、呆れたようなため息が降ってくる。 「忘れてたのか?」 「はあ。忘れてたというか、政宗さんのことで頭が一杯でした。」 「そりゃ何の告白だよ。」 「ちちち違っ!政宗さんが流れ星に願いをかける話を知らなかったから!」 「そうかそうか、そんなに俺のことばっか考えてんのか。」 「人の話を聞けー!!!」 そう叫びながらも、も自分自身に驚いていた。 まったく政宗の言うとおりだ。 普通ならまず現代に帰りたいと自分のことを願うはずなのに。 そしてその願いは本当に本当に切実だというのに。 自分の思考に対して違和感を感じるだなんて、変な話だ。 「・・・じゃあ、政宗さんが私の代わりにお願いしてくださいよ。」 「What?」 首に回されたままの腕に手をかけながら、は上を見上げた。 すると暗闇の中でも彼ときちんと目が合った。 その端正な顔立ちにふっと見とれる。 綺麗な人だなとしみじみと思う。 右も左も分からない世界で出会った、乱暴だけれどとても優しい、自分の道標。 「私は政宗さんのことをお願いしたから、政宗さんは私のことをお願いしてください。」 「お前が勝手に俺の代わりに願ったんだろうが。」 「いいじゃないですかー!ね?政宗さん!」 「あーあーうるせえよ!」 「ぎゃ!」 いつものように額を叩かれ、その勢いでは後ろ頭を政宗の胸板にぶつけた。 そういえばよく考えなくても腕の力の緩んだヘッドロックは、 まるで後ろから抱きしめられ、頭を抱えられているようで。 その密着度に気がつくなり、急激にの頭に血が昇る。 政宗の胸と自分の背がぴったりとくっついて、そこからじんわりとあたたかい。 「あっ、あの・・・・・。」 「・・・・・。」 見上げた政宗は意外にも真剣な表情で空を見上げていて、は口をつぐんだ。 彼と同じように夜空へと目を向ければ、たくさんの光が流れている。 一瞬それに目を奪われた後、もう一度政宗を見ると、祈るように目を瞑っていた。 「・・・ありがとう、政宗さん。」 「なんだよ、唐突に。」 「なんでもない。」 「やっぱり変な女だな、お前。」 発される言葉の表面的な意味とは裏腹に、その声色は柔らかい。 首に回されていた手はいつの間にか腰に移動していて、 ヘッドロックだったはずがいよいよ後ろから抱きしめられていた。 触れ合った部分が本当に心地良いあたたかさで、はうっとりと目を閉じた。 すると耳元に小さく声が降ってきた。 「・・・まだ寒いか?」 それは先程の自分の発言と同じくらい唐突な言葉だった。 けれどの思考は瞬間的にすごいスピードで働いた。 そう、彼がヘッドロックをかけてきたのは、 自分が寒さに耐えられず小さく震え始めたときではなかったか。 そしていつの間にか触れ合う部分が増えていて、 それと同時に彼の体温のおかげで寒さが少しずつ薄らいできたのではないか。 ――全部、計算ずく? 次の瞬間、の顔はかっと赤くなって熱を持っていた。 「あったかい、で・・・す。」 「そうか。」 予想通りの気のない返事。 この人はそこに隠された優しさに私が気付かないとでも思っているのか。 ああ、もう、この男は本当に――。 彼の熱を背中に感じながら見る夜空は、あんまりにも美しくて、涙が出そうだ。 降るように流れる星を眺めながら、今やっと確信が持てる。 私はこの人が好きだ。 |
――でも、現代に帰らなきゃ。
ちなみに政宗様がやってることはどう考えてもセクハラですね。
そして先日の流星を見られなかった悔しさをこめてみました。