「・・・ん・・・?」
ふっと目が覚めて、は一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
けれど腕に畳の感触があるのに気が付いて、
すぐに庵の自分の部屋で寝ていたことを思い出す。
ついでに目の前で寝ている男のことも思い出した。
――。」
別にやましいことは何もしていない上、くっついて寝ているわけでもない。
それなのに眼前で自分と一緒に無防備に床に寝転がっている政宗に、
の頬が理由もなく赤くなる。
そう、確か一緒に庭先で大きな雪だるまを作っている最中に、
いつものごとく些細なことで言い合いになって、のほうから雪合戦をしかけたのだ。
当然というか、の完敗(むしろの逃走で終了)だったが。
それで疲れたがはしたなく部屋の床に布団も敷かずに転がると、
政宗もその側に横になって、結局いつの間にか2人で昼寝をしていたわけだ。
「・・・・・。」
自分の頬を火照らせる原因は何なのか、はここ数日思案していた。
ひょっとしたらひょっとして自分は時代を超えて恋をしてしまったのか。
ふいに見え隠れるする優しさだとか、急に子どもみたいな笑顔をする所だとか、
政宗のそういうところには確かに好意を覚えはする。
けれど現代で色恋沙汰に疎かったには確信が持てない。
そもそもよく考えなくても目の前の男のことをはあまり知らないのだ。
「もっと知りたいのに・・・。」
はそっと身体を政宗に寄せて、その寝顔をじっと見つめた。
悔しいほどに端正な顔立ちをした青年だ。
唇が少し荒れているのが勿体無いが、この時代にリップクリームなどあるはずがない。
そうして最後に自然に目が行くのは、右目の黒い眼帯だ。
戦国時代なのだから戦いで傷ついたのだろうか。
正直彼が戦場にいる姿が全く想像できないが、もし戦の際の傷ならば、
痛かっただろうなと自分のことではないのに妙に辛くなる。
すると勝手に眼帯へと手が伸びていた。
はずそうと思ったわけでは勿論ない。
けれどその瞬間、政宗の手が強くの腕を掴んでいた。
――っ!」
「何をしようとしていた?」
鋭い眼光に射抜かれて、は身体を強張らせた。
掴まれた腕も少し痛い。
そんな脅えた様子のに気が付いて、政宗はほんの少し視線を柔らかくし、
掴んでいた腕も放した。
「この隻眼の理由が知りたいか?」
「戦いで傷を負ったんですか・・・?」
質問返しかよと言って政宗はふっと笑った。
そして自分の身体を起こすと、腕も引いての身体も起こしてやる。
張り詰めた空気がやや緩んではほっとする。
「違う。幼い頃に疱瘡にかかって失明した。」
「疱瘡・・・って、天然痘、だっけ・・・?」
「現代なら病名が違うのかもな。」
今までにないくらいお互い近くに座っていた。
政宗はまるで他人事のように無表情に淡々と語り続ける。
「熱にうなされて、視力を失い、ついでに母親の愛情も失った。
 失明した上右目が飛び出て見た目に醜かったんだよ。」
「・・・・・。」
「母親の愛情は俺の弟のみに注がれ、家督も弟に継がせようとしていた。
 実の母親に命を狙われたことさえあるんだぜ?
 まあこの乱世に親子の血の繋がりもなにもあったもんじゃねえがな。」
無意識なのか、政宗はごく自然に、眼帯を覆うように手をやった。
「結局飛び出た右目は小十郎に抉り出させた。
 だからこの眼帯の――瞼の下は空っぽだ。
 俺の体内には他人にはない空洞があるんだよ。」
「・・・・・・っ!」
の唇から漏れた小さな声に気が付いて、政宗はふと彼女に目をやった。
そして彼女の瞳から零れる涙を見て苦笑した。
「なんでお前が泣くんだよ。」
「これは心の汗です・・・!」
「無茶言うなよ。」
「ふっ・・・!だっ、て、政宗さん、いっぱい痛かったでしょう?」
「そりゃまあ眼球抉り出せばな。」
「それもだけどっ・・・心の方も・・・っ!」
「くさいこと言ってんな、バカ。」
いつものように額を叩かれてぱっと水滴が散ったが、
それでもの涙は未だ止まらなかった。
頭を撫でたときのあの不思議な反応の理由はこれだったのか。
きっと寂しかったはずだ。辛かったはずだ。
自分のことのように悲しいのは何故なんだろう。
・・・そんなに真剣な顔を向けると、政宗は静かに問いかけた。
、お前は俺が怖いか?」
「怖くなんてありません。
 いつも意地悪言っても、本当はすごく優しいのを知ってるから。」
「俺は自分がときどき怖いことがあるぜ?
 抉り出した右目と一緒に、何か欠けちまったんじゃねえのかって。
 この空洞が、ふいに恐ろしくなることがある。」
「そんな風に思える人なら大丈夫だと思います。」
は目元を強く拭って涙を振り払った。
さっきまでの弱々しい雰囲気が消えて、真っ直ぐな目で政宗を見据える。
華奢なの手が骨ばった大きな手の上に重ねられた。
「大丈夫、怖くなんてないですよ。
 もし空っぽなのが怖いのなら・・・。」
急には政宗にぐっと顔を近づけた。
かと思えば眼帯に向かって軽く息を吹きかけてきた。
眼帯にかかった前髪がふわっと一瞬浮く。
――!?」
さすがに驚きを隠せない政宗に、は穏やかに微笑んだ。
「政宗さんに欠けてるかもしれなかったものを、今私が吹き込んであげました。
 もう空っぽじゃないから怖くないでしょ?」
「・・・・・。」
政宗は珍しくぽかんとした。
けれどすぐに、眉をしかめて困ったように笑った。
初めて見る笑い方だ。
――ったくすげえ女だよ、お前は!
 お前みたいな女、というより人間は見たことねえ。」
「未来人ですから?」
「またそれかよ。」
重ねられていたの手を握ると、政宗はもう片方の手で彼女の頬に触れた。
一瞬、は抱きしめられるのかと思った。
「バカで能天気でいつもでもニヤニヤしてて。」
「ニコニコって言ってください。」
「それで俺のために泣いたやつはお前だけだ。
 残念ながら、俺に何かを分け与えてくれたのはお前が初めてじゃないけどな。」
「別に残念なんかじゃありませんよ。
 小十郎さんとか、他にもきっといるんでしょう?」
「まあな。」
ははっと笑って政宗はの頬から手を離した。
ほっとすると同時にどこか名残惜しい気がしたの肩に、唐突に重みがかかる。
驚いて見れば、政宗がの肩に額をつけていた。
そのせいで彼の表情は見えない。
――ここにいる間だけでいい。
 そうやっていつも俺の側でバカみたいに笑ってろ。」
お互いの何かが急激に変わっていこうとしていることは明確だった。



――ああ、この不思議な幸福感と焦燥感の正体に、気付いてもいい?







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隻眼の理由を淡々と語りはしても、傷自体は見せない。
そんな政宗様の複雑な心中。