「こう、これで睫毛をぐいっと上げるわけですよ。」
「痛くねえのか?」
「失敗すると痛いですけど、おしゃれとは痛みを伴うものなんですよ・・・!」
「マジかよ・・・。」
久しぶりに化粧品を引っ張り出していたところに、政宗が丁度やってきて、
自動的にひとつひとつ説明することになっていた。
まじまじと不思議そうにビューラーを眺める政宗を、
はなんとなく微笑ましい気持ちで見つめる。
以前荷物チェックの際に簡単にどんなものか言いはしていたのだが、
こうして細かく説明すると、政宗はどんなものにも興味をもってくれる。
「ファンデーション・・・白粉っていうのかな?
 これは水に濡れてダメになっちゃってますねえ・・・。」
マスカラやアイラインなどはなんとか無事なようだが、
底に小さな穴が開いているケースのファンデーションは、もう使えそうにない。
そもそも化粧下地がないので、もうずっと化粧はしていないのだが。
「おっ、口紅も無事だ。」
「紅って、それが紅なのか?」
の手にある銀色のスティックを見て、政宗は訝しげな表情を浮かべた。
確かに、この時代の口紅は当然まだスティック状ではなかったはずだ。
「えーと、引っ張ってふたをはずして、ここをねじると・・・。」
「Oh・・・It's fabulous.」
「これを直接唇に塗るんですよ。」
「機能的だな。こっちの紅は水で溶きながら筆か指で塗る。」
「指ですか?」
きょとんとするの左手をふいに掴むと、政宗はぐっと引き寄せた。
「!」
驚いたの右手から、軽い音を立てて口紅が畳の上に落ちる。
畳が汚れなかったとそちらに目をやったのは一瞬で、
それよりもすぐに掴まれた手のほうに意識が集中する。
「ちょ、政宗さ!?」
「たいてい薬指で塗るんだよ、こうやって・・・」
そう言うなり、の薬指を引っ張って、政宗は自分の唇に寄せた。
直接触れさせはしないものの、紅を塗るように薄い唇の上で指を動かされる。
指にほんの僅かに吐息を感じる。
「だから薬指のことを紅指し指って呼・・・おい、お前大丈夫か?」
「へ・・・?」
「顔が茹で上がったみたいに真っ赤になってんぞ。」
「自覚してます・・・。」
こんなに寒い日なのに、あまりの照れにじんわりと汗をかいていた。
未だ掴まれたままの手が強烈に熱を持っている。
触れるか触れないかの距離がこんなにも恥ずかしいと思わなかった。
それに紅を塗る仕草をする政宗から妙な色気が出ていたというか。
そしてなんといっても掴まれたのが左手の薬指なのだ。
戦国時代に現代のような指輪にまつわる風習などないはずだから、
政宗は何も考えずに手をとったのだろうが、からすれば驚きだった。
あいたほうの手で火照った頬を押さえながら羞恥心に耐えていると、
政宗はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「・・・なんだよ、俺の唇に触りたかったか?」
「ちちち違う!絶対違う!!」
「そこまで必死になって否定すると、逆に肯定かと思っちまうぞ。」
「ええっ!?じゃあどうしろと!
 ていうかいい加減に手、放してくださいよ!」
「なんでだよ、別に減るもんじゃねえ。」
「減る!超減る!私の純情な心が磨り減る!」
「っとに変な女だな、お前。」
そう言いながらもやっと放されて、は慌てて手を引っ込める。
左手だけが異常に熱い。
この男の一挙一動に自分は異常をきたす。
勝手に恨めしい気持ちになって政宗をじろりと睨みつけると、
隻眼の男は至極楽しそうにこちらを見返してきた。
「変な女。」
「何回も言うな!!」
「はははっ!」
ほらまた、この人の笑顔が自分の胸を高鳴らせる。

――この男の一挙一動に自分は異常をきたす。







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まあよくある話ですね・・・。
口紅の話は後日もうちょっと書く予定。