「あっ!ちょっと待ってください!」
朝食の膳を片付け終えて部屋から出て行こうとする女中の着物の裾を、はしっかりと掴んだ。
今まで着物の裾など掴まれたことがなかったのだろう、女中は驚いて膳を落としそうになる。
「な・・・んでしょうか?」
「ちょっとお尋ねしたいことがあるんです。あ、政宗さんには絶対秘密で!」
そう言うとは口元に指を当てて女中を上目遣いに見る。
今日は政宗は仕事がどうだとかでは久しぶりに一人で朝食を食べたのだが、
今回はそれが大いに有り難かった。
彼に聞かれては意味がなくなってしまうのだから。
「はあ、ではとりあえずお伺いします。」
「わ!ありがとうございます!」
女中は少しためらいながらも、の側にゆっくりと座って膳を床に置いた。
そんな彼女の側に寄っていくと、は笑顔で言い放った。
「千両の実とかまぼこ板ってこのお城で手に入ります?」
――は?」




やっと政務を終えて、政宗は盛大にため息をついた。
朝っぱらから仕事ばかりで疲れた。
固まりきった体をほぐすために刀でも振りたいが、の様子も気になる。
昨日、一人不安に耐えて涙を零した彼女のことが正直心配だった。
「・・・Ha. この独眼竜が女1人を気にかけるとはな。」
やや自嘲気味にそう一人ごちてから、政宗は立ち上がった。
硯や筆は出しっぱなしだが片付けるのも面倒だ。
放っておけばそのうち小十郎が片してくれるだろう。
と、そこで廊下から人が歩いてくる気配がして政宗は動きを止めた。
1つは小十郎の気配だが、もう1つ聞こえてくる足音に驚いて、政宗は思わず襖を開けて廊下に出た。
「おや、政宗様。政務が終わりましたか。」
声をかけてくる小十郎を放っておいて、彼の後ろへと政宗は声をかけた。
「どうしてがここにいる!?」
「政宗さんこんにちはー!」
「私のことは無視ですか、政宗様。」
「仕事なら終わったぜ。」
そっけないですねと苦笑する小十郎の後をにこにこしながら着いてくるは、
後ろ手に何か隠すように持っている。
その能天気な笑顔を見る限り、とりあえずは先ほどまでの心配は無用だったらしい。
政宗は小さく息をつくと話を聞くべく部屋へと戻る。
どうやら道具は自分で片付けることになりそうだ。
「・・・で、いったい何なんだ?」
さっきまで座っていた場所に再び腰を下ろすと、政宗は入ってきた2人に視線をやる。
その政宗の前に座りながら小十郎が答えた。
が政宗様に直接渡したいものがあると言うので連れてきたんですよ。」
「直接渡したいものだ?」
「そうです!部屋の中だと溶けちゃうから早く楽しんでくださいね!」
「はあ?」
たっと政宗のそばに寄ってきて膝をつくと、は隠していたそれを差し出した。
――雪うさぎ?」
「Yes!It is cute,isn't it?」
楽しそうに笑ってはかまぼこ板にのせられた雪うさぎを政宗の手に渡す。
千両の実と葉できちんと目と耳がつけられている。
室内は暖かいので端のほうが少し溶けてきてはいたが、立派な雪うさぎだ。
「女中に頼んで千両とかまぼこ板を用意して貰ったそうですよ。」
小十郎は政宗の処理した証書や文などを確認しながらそう言った。
「で、をここまで連れてくる役目が小十郎か。」
「その通り。は庵から出たことがありませんからね。
 お仕事お疲れ様です、全て完璧ですよ。」
「当たり前だ。」
これは失礼しましたと言って小さく笑うと、小十郎はそのまま部屋から立ち去った。
2人の邪魔をしないようにと気をきかせたのだろう。
襖が閉められて部屋に2人きりになるなり、はぼそっと呟いた。
「やっぱり小十郎さんって政宗さんの前だと笑うんですね・・・。」
「野菜収穫してるときも薄ら笑い浮かべてるぞ、アイツ。」
「こ・・・怖いような微笑ましいような・・・!
 ってそれは置いといて、雪うさぎ!それお礼です!」
「礼だと?何のだ?」
思い当たることが何もなく、政宗は訝しげな表情を浮かべた。
いや、逆に思い当たりすぎるかもしれないが。
衣食住を保障してやって毎日茶菓子まで出しているのだから。
けれどそんなことに今更礼を言われる必要など政宗は感じない。
「昨日元気付けてくれたお礼です。」
ふふ、と笑うと、は床に手をついて政宗に近づいた。
はにかんだように笑うの頬は高潮している。
「泣きたいときは泣けばいいって言葉、すごく気持ちが楽になりました。
 だけどこの時代でお礼をしようと思っても、私にできることって何もなくて。
 すっごく考えた末にこれくらいしか思い浮かばなかったんです。」
政宗の手の上の雪うさぎを人差し指で軽くつつくと、はまた笑った。
「えへへっ、なんか子どもみたいですね、お礼が雪うさぎだなんて。」
――なんなら大人らしく体でお礼してくれてもいいんだぜ?」
「はへ?」
間抜けな声を上げたの顎を政宗がくっと捉えた。
至近距離で視線がぶつかって、いつかと同じようにの頬が赤くなる。
「えっ!なっ!ちょっ!その発言セクハラですよ!」
「セクハラ?なんだそりゃ?」
「うあああ!やっぱりこの時代にセクハラって概念ないんだー!」
「あんま暴れんな。」
親指で下唇を強めになぞられて、未知の感覚がを襲う。
かあっと体中が熱を持った。
「ははは破廉恥だ〜〜〜っ!!!」
「うわ、それすげえ萎える・・・。」
途端に政宗はぱっと手を離すので、の顔ががくんと下に落ちる。
なんだかよく分からないがとにかく助かった。
まだ心臓がドキドキいっている。
からかわれることは多いが、こんな風にされるのは初めてだったので、いつも以上に動揺してしまった。
「政宗さんの意地悪・・・!」
涙目で睨みつけながらそう言うと、政宗はそのまま意地悪く笑って返してきた。
「今更だ、バーカ。」
「な・・・何かものすごい悔しいっ・・・!」
――あ、そういや俺のほうこそまだ礼言ってねえな。
 このウサギありがとな。」
「はいはいどういたしまして!?」
礼を言われても素直に笑い返したくなくて、はつっけんどんに答える。
そんなの顔を楽しそうに眺めてから、政宗は手元の雪うさぎに目線を落とした。
政宗はそれを愛おしげに軽く撫でた。
そしてまるで独り言のようにぽつりと呟く。


「・・・可愛いんじゃねえの?」


そう言って笑う政宗に、は思わず尋ねそうになってしまった。
その言葉は雪うさぎと私のどちらに向けられた言葉ですか、と。
自意識過剰にも程があるのかもしれないが、 政宗の微笑みがあまりに優しくて、
の頬の熱はしばらくおさまらなかったのだった。







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12話と終わり方が似てて申し訳ないです。
この時代にはちゃんとかまぼこはあったみたいなんですが、板の有無は不明です。(^ ^;)
我が家では雪うさぎといえば千両とかまぼこ板が必須なのです。

筆や硯を出しっぱなしにしていてもこじゅがなんとかしてくれるだろーと考えたり、適当に返事してみたり、
そういうところで政宗様はこじゅに甘えてればいいなと思うワタクシであります。