「お――・・・。」 縁側に座っているに声をかけようとして、政宗はやめた。 かわりにその場に立ち止まっての様子を見つめる。 はというと、政宗の気配に全く気付くことなく、手のひらにのせたものを見ていた。 ――現代から持ってきていた、家の鍵を。 どこかぼんやりと、無表情に小さな金属のかたまりを眺める。 そう、見るというよりは眺めるといった感じだった。 確かに彼女の手の中にそれはあるのに、まるでひどく遠くにあるかのようだ。 雪遊びをしたり、食事やお茶をしているときには見られない顔を、はしていた。 「――。」 静かに、けれどしっかりとその名前を呼ぶと、彼女ははっとして振り向いた。 瞬間的に笑顔に変わるの顔。 「こんにちは、政宗さん!」 「何ぼけっとしてんだ、いつも間抜けな顔が一段と酷かったぞ。」 「さっそく光臨したよ、戦国時代のSの化身め・・・!」 「Ah?」 「すみませんなんでもございません。」 はその言葉とともに、鍵を隠すように掌で強く握り締めた。 それを政宗が見過ごすはずはなかった。 つかつかと未だ縁側に座っているに歩み寄ると、その目元を強く掌で覆う。 「うわあっ!?目元に力を加えるのは危ないからやめましょうよ! ていうか何プレイですかこれは!」 「――何故鍵を隠した?」 「え・・・?」 の肩が本当に微かに揺れた。 やはりそれを見過ごすことなく、政宗は言葉を続ける。 「何故だ。言え。」 「べ・・・つに、隠してなんかいませんよ。見せましょうか? というか以前荷物チェックのときに見せたじゃないですか。」 「そんな言葉で俺を誤魔化せると思ってるわけじゃねえだろ。」 「・・・・・。」 紅を引いていない唇が少し戦慄いた。 鍵を握るの手から急激に力が抜けていく。 そのまま手から零れた鍵は、するすると着物の上を滑って、雪の上に落ちた。 「・・・だって、こんなに親切にしてもらってるのに、 それでもやっぱり現代を懐かしく恋しく思うのは、政宗さんたちに失礼な気がして。 なんか、申し訳なくって・・・。」 「それから?」 目元に乗せられた政宗の手に、の手が重ねられる。 「そもそも本当に次の満月の日に帰れるのかどうか、ここの生活に慣れるほど怖くなるんです。 だけど政宗さんに言われたでしょう・・・? 帰れないと決まっていないのに、くよくよしてもはじまらないって。」 「ああ。」 政宗の手が温かい液体を受け止めた。 「だから元気にしようって思ってるのに、なんか、ふいに辛くなって。 そうなっちゃう自分がすごく情けなくって。」 「――Sorry.」 「えっ?」 思ってもみない政宗の言葉に、は無意識に声を上げた。 その台詞の意図するところがよく分からず、 政宗の顔を見ようとは彼の手と重ねた手に力を込める。 するとあっけなくその手ははずされて、その代わりに涙でぼやけた視界に、 真剣な表情の政宗が飛び込んできた。 「I didn't mean to. お前が元の世界に戻れる日まで、楽に過ごせればいいと思ったんだよ。 だがこんな風に追い詰めてたんだな。」 「っそんな!」 政宗のごつごつとした手が、の目元をそっと拭う。 「悪かった、。」 「違う!全然違う!むしろ今の私の言い方のほうが悪かったです!」 大きく何度も首を振ると涙の粒がぱっと散った。 必死で政宗の手を掴んで声を出す。 「あのとき確かに政宗さんの言葉に元気づけられたんです! 本当です、政宗さんがさっき言ったようには思ってませんでした! 今こうしてこんなに安心していられるのは、全部政宗さんのおかげ!」 は困ったように眉を下げて、けれど口元をきゅっと上げて笑った。 この前の雪だるまそっくりの笑い方だった。 それを見て政宗もふっと微笑む。 「・・・どっちが慰められてんだかな。」 そう呟いてから、政宗はの隣に膝をついて体を屈ませると、 雪の上に落ちていたの家の鍵を拾い上げた。 「政宗さん、ありがとう。」 「なんでそこで礼を言うんだ?」 政宗の手からの手に鍵がぽとりと落とされた。 冷え切っているはずの金属は、政宗の手の熱を少し奪ってぬるい。 「だって、『どっちが慰められてんだか』って・・・。 つまり私を慰めてくれようとしてたんですよね?」 「チッ! Button your lip!」(黙ってろ!) 「やだ。黙りませ・・・痛っ!」 言い終わる前にいつものように額を叩かれて、は声を上げる。 じろりと政宗を睨んでも余裕の笑みで返された。 しおらしい政宗もなんだか調子が狂うが、いつもの政宗でもまた困り者で。 「暴力反対!バカになったらどうしてくれるんですか!」 「Ha!お前そもそもバカじゃなかったのか?」 「うわっ!ちょ、もう政宗さんなんか絶交っ!」 そう言いながらは立ち上がると草履を脱いで縁側に上がり、さっさと部屋に入る。 政宗がその後をついて当然のように一緒に部屋に入ろうとするので、 は振り向いてまたもや声を荒げるのだった。 「なんで着いてくるんですか!」 「絶交じゃなかったのか。」 「っ!〜〜〜〜〜〜!!!」 唇を真一文字にしたまま、ぶんぶんと両手を振って抗議する。 その姿を見て政宗の目が優しく細められる。 驚いて目を見開いたの手を、無骨な手が強く掴んだ。 「――泣きたいときは泣け、。ただし俺んとこでだ。」 その瞬間自分の顔がぼっと赤くなった理由を、は見つけられなかった。 |
ホームシックってことで。
ムネ様は優しいSだと信じて疑わない私でござりまする。(なんだそれ