「小十郎、何か甘いもんを用意しろ。」 筆を動かしながら唐突にそう言い出した政宗に、小十郎は一瞬戸惑った。 我らが筆頭はそう好んで甘味を口にする男ではないのに何故。 ――が、すぐに政宗の意図するところを察して、半ば呆れ気味に言った。 「・・・庵の女のために、ですか?」 「一日二食は腹が減る、甘いもんが食いたいってぼやいてたんだよ。 食事にありつけるだけでも有り難いのに、あつかましい女だよな。」 小十郎の声色を気にも留めず、政宗はさらっと返した。 その間も彼の手は動き続けている。 最近の政宗といったら、毎日の庵に行って長時間過ごしている。 ところが今日は朝から政務に精を出していて、どういう風の吹き回しだと思っていたが、 単にと茶を飲むためだったらしい。 色々と持ち物の説明を受けたり、普段の彼女の言動を観察したりして、 小十郎もの話をある程度信じ始めていた。 しかしまだ信じきれていない部分のほうが大きく、 得体の知れない女に政宗が入れ込むのを当然好ましくは思えない。 「――なんでそんなにあいつを信じきってるのかって顔だな。」 主からかけられた言葉に、小十郎は思わずため息をついた。 「それがお分かりになるのでしたら、是非ご説明いただきたいですね。」 「納得したら茶菓子用意しろよ。」 そう言うと、政宗はそこで初めて筆を置いた。 そして小十郎に向き直ると、にっと笑って口を開いた。 「素直に感謝の気持ちを述べるからだ。」 「感謝の気持ち、ですか。」 「そうだ、心底嬉しそうにありがとうと言う。」 政宗は道具を片付け始めた。 どうやら筆を置いたのは仕事を終えたためだったらしい。 「あいつ馬鹿だと思わねえか? ここに来たとき、意識を失う前、自分に刀向けた男に対して礼言ってたろ。」 「言っていましたね。」 小十郎もそれは覚えていた。 政宗と同じく、不思議に思った記憶がある。 「それからお前の話を半分信じたって言ってやったら、それにも礼を言ってきた。 半分しか信じてないのにだぞ。 挙句の果てに荷物だってこっちが一方的に取り上げてるってのに、 1つ返すごとにわざわざありがとうって言うんだよ。」 乱暴な口調とは裏腹に、政宗はふっと柔らかい笑みを浮かべた。 ここのところ頻繁に見られるようになったその笑顔。 そう、彼女が来てからだ。 「その言葉ひとつひとつに本気で感謝の気持ちがこもっている。 馬鹿っつーか能天気だよな。 ――だが俺は、そういう馬鹿さは嫌いじゃねえ。」 ごく自然に心の底から相手に感謝ができる。 それはなかなか尊いことではないだろうか。 「その能天気さに加えて、年のわりに言動に落ち着きがないとこだとか、 とにかく自由に生きてますって感じは、この時代の女には滅多にないだろ。 荷物がどうこうよりも、そういう部分で俺はアイツの話を信じる気になってきた。 ・・・どうだ、茶菓子用意する気になったか?」 そう言うだけ言って、政宗は小十郎の返事を聞く前に立ち上がった。 最早のところに行く気満々らしく、さっさと部屋を出て行こうとする。 そんな主に、小十郎はやはりため息をついた。 けれどその顔には小さく笑みが浮かんでいて。 「とりあえず今日のところは煎餅で勘弁してください。 明日には何か甘いものを用意しておきましょう。」 「That's the stuff!」(それでいい!) そのときの政宗の声は、ひどく満足げだった。 「小十郎さんこんにちは!」 「ああ。」 庵に行くと、が庭先に座りこんでいた。 彼女の手元を見ると雪玉を作っているようだ。 確かに19にもなる娘が雪遊びをするというのはなかなか見られない光景だ。 「昨日はお煎餅ありがとうございました!美味しかったです!」 にこっと笑うの頬は寒さのせいで赤く染まっている。 「いや、ただ客用にあったものだ。」 「でも政宗さんが、お茶菓子を食べるためには小十郎さんの許可がいるって言ってました。」 まだそんな子どもの頃の言いつけを守っているのかあの人は。 それとも単に冗談で言われたことをが信じてしまっただけか。 ・・・後者のほうが断然有力そうだ。 「今日は饅頭を用意してきたんだが、もしや政宗様はまだいらしていないのか?」 「はい。・・・早く来てくれないかな、またヒールが埋もれて動けないんだけど・・・。」 「・・・?」 「あはははっ、なっ、なんでもないです!」 何故か恥ずかしそうに頬を赤らめるに、小十郎は小さく首をかしげる。 この戦乱の世に似つかわしくない、無邪気で平和そうな笑顔。 の何を信じるかと言われれば、政宗の言うとおりそこなのだろう。 「小十郎さんと言えば・・・いつもご飯に出てくるお漬物、すごく美味しいです!」 「何故俺に?」 「あのお漬物の野菜は小十郎さんが作ってるんだ、って。 これも政宗さんが教えてくれたんですけど・・・え、違ってますか?」 「いや・・・あっている・・・。」 至極楽しそうに笑いながら、は悪戯っぽく小十郎へ語る。 「政宗さんったら自分が野菜作ったかのように自慢げだったんですよ? それがなんだか可愛かったんですけど、言ったら叩かれると思ったんでやめときました。」 「賢明だな。」 があの独眼竜を可愛いと形容したのには、さすがの小十郎も恐れ入った。 だがそういう素直で奔放で能天気なところが政宗の笑顔の源なのだろう。 主人が信じた人間を・・・自分も少し信じてみようか。 と、背後から慣れた気配がして、小十郎は政宗の到着を悟る。 も遅れて政宗に気付いて、ひらひらと手を振りながら声を上げた。 「あっ、政宗さん!今日も助けてください!」 庭にしゃがみこんでいるを見るなり、政宗の眉間に深い皴が刻まれる。 「お前またその妙な履き物で埋もれてんのかよ! いい加減学習しやがれこのバカが!」 「いや、雪を見るとつい・・・。」 「お前は犬か!?」 ――あははと笑う未来から来た少女と、それを怒鳴りつける奥州筆頭。 2人の姿がなんとなく微笑ましく見える理由を、小十郎はもう知っている。 |
政宗様相手の夢小説ってわりとこじゅの出現率が高い気がするんですが、
うちはそうではないです。こじゅ好きなんだけどね。