は自分で自分に呆れた。 翌日には熱が引いてしまったからだ。 どんな回復力だよとセルフ突っ込みを入れつつも、元気になりましたと政宗に報告をすると、 彼も呆れた顔をしたが、それでももう1日寝ているように言われた。 寝ていろと言われれば本当に1日中寝ていられたので、やはりは自分に呆れたのだった。 「・・・すごい、身体がめちゃめちゃ元気だ。」 誰も側にいないというのに、目を覚ますなりはそう口にした。 障子越しに光が差し込んでいるからもう朝だ。 遠くから漠然とだが人の生活しているような音が聞こえてくる。 勢いよく身体を起こしてもくらくらしなかった。 しかもお腹が減っているのは健康な証拠だ。 身体が元気になると気分もかなり明るくなるようで、 は周りのものに注意を払えるほどの思考能力や好奇心を取り戻していた。 「おっ。」 部屋の隅に、ここに来たときに着ていた服が一式畳んで置かれていた。 ご丁寧にブーツまで一緒に置いてくれている。 とりあえずそれに着替えるべく布団を抜け出して、力いっぱい伸びをした。 かなり寒くて鳥肌が立っているものの、着替えればなんとかなるだろう。 着替えを済ませると、はブーツを手に取った。 首にはしっかりとマフラーを巻いて外に出る気満々だ。 勿論政宗のもとを去るという意味ではなく、単にこの部屋の外に出たかった。 寝込んでいる間に何度も障子が開け閉めされたものの、外の風景は見えなかったのだ。 「いざ出発ー!」 わざわざそう声に出して、は力をこめて障子を引いた。 「・・・うわー!」 踏み出した先は廊下で、そこからすぐに庭に降りられるようになっていた。 廊下というよりも縁側といって差し支えないように思える。 けれどが声を上げたのはそれに対してではない。 庭が一面、真っ白なのだ。 「すっごい雪・・・!」 が住んでいた土地ではほとんど雪が降らなかったので、 ここまで豪快に積もっているのを見たのは初めてだ。 吐き出した息が白く立ち上る。 わくわくしてきて、は何かに急かされるようにしてブーツを履いた。 そして大きく地面に足を降ろした・・・が。 「うおおっ!?」 ズズッというくぐもった音を立てて、ブーツのピンヒールが雪に埋もれた。 がくんと体重が後ろにかかって、バランスをとろうとはあわあわと両手を振り回す。 しかしその抵抗もむなしく、は思い切り尻餅を着いた。 「痛〜・・・!」 「くっくっくっ・・・!」 「!」 背後から聞こえた低い笑い声に、の頬は瞬間的に赤くなった。 ここ数日ですっかり聞き慣れたその声。 ゆっくりと振り向くと、案の定隻眼の男がこちらを見て意地悪く笑っていた。 「とんだじゃじゃ馬だな! ガキじゃあるまい、病み上がりで庭先に出て遊ぼうとするか?」 「あっ、遊ぶつもりなんて!」 「違ったか?」 にいっと笑って、政宗は座り込んだままのを見下ろした。 この独眼に見つめられると嘘はつけない。 「・・・違いません。」 むくれた顔でぼそっと呟くを見て、政宗はまた声を出して笑い始めた。 悔しい。 とてつもなく悔しい。 でもこの男をぎゃふんと言わせる方法など、今のところには思いつかない。 「くそっ・・・今に見てろ・・・! そもそも私が風邪引いたのもこの人のせいじゃん・・・!」 「――なんか言ったか?」 「いいいいいえなんでもございません!」 一瞬独眼の男のこめかみに青筋が浮かんだ気がする・・・。 引きつった笑みを浮かべながらも、は地面に手をついて立ち上がろうとした。 が、思いのほかヒールが深く埋まっているらしく、足が抜けない。 「ぐっ・・・!」 踏ん張っても、手で足を引っ張ってみても抜けない。 ヒールの周りの雪を手で掘っていくという考えも浮かんだが、地道すぎる。 縁側がすぐ側にあるというのに上がれないもどかしさにイラッとする上、 こうやってあたふたしているところを他人に見られていると思うと恥ずかしくてたまらない。 「おい、力抜いてろ。」 「へ?――ひゃ!!」 唐突に脇に腕を回されたかと思うと、そのまま持ち上げられた。 強く引っ張りあげられた拍子に、いとも簡単にヒールが雪から抜けた。 一件落着なのだが、は政宗に抱き上げられて、ぷらんとぶら下がっている状態だった。 まるで小さな子どもが親に抱き上げられているようだ。 の頬がますますかあっと赤くなる。 「・・・さ、さんきゅうべりぃまっち。」 「You're welcome.」 ものすごく良い発音で返してくるのがまた腹が立つ。 そのまますとんと廊下に降ろされて、またしても額を叩かれた。 「痛っ!も、もうっ!」 「早くその妙な履き物脱げ。メシだ。」 さも楽しそうな笑みを浮かべる政宗を、は唇を尖らせて見上げる。 腹は立つが、この男のこういう笑い方はなかなか可愛いかもしれない。 そう思った途端にふっと怒りが消えて、かわりに口元が緩んだ。 「いつも運んでもらってすみませんね。」 「今日は俺も一緒に食う。もう粥じゃねえぞ。」 「楽しみです!」 ブーツを脱いで、食後のリベンジのため縁側にそっと立てかけておく。 そうしている間に、政宗はいつもどおり勝手に障子を開けて部屋へとずかずか入っていく。 「あっ、まだお布団引いたままなんです! ちょっと待って伊達政宗さん!」 「Ah?」 政宗は眉をしかめて振り返ると、の頭をがしっと掴んだ。 その力加減がまた絶妙で、微妙に痛みがかかってくる。 「な・・・何するんですかー!」 「なんでフルネームなんだ、名前で呼べ、名前で。」 「はい?」 言われてみると、確かにの中で目の前の男の名は苗字と名前がセットになっていた。 歴史人物をわざわざ下の名前で呼ぶ機会など滅多にないにとっては、それはごく自然なことだった。 ――それでも。 「じゃあ・・・政宗、さん?」 「それでいい。」 政宗は手を離すと満足げに微笑んだ。 それを直視したの顔が、なぜか急に朱に染まる。 なんとなく、今はじめて目の前の男を、書物の中に出てくる人間ではなく、 生身の人として意識した気がする。 「・・・・・。」 ――なんだ、この男、やっぱり可愛い笑い方するじゃないか。 そう思った後に一緒に食べた朝食は、やたらと美味しかった。 |
いつも奥州筆頭にメシを運ばせてます、うちのヒロイン。
・・・しかし私雪の降る地域に住んでいないので、本当にピンヒールが埋もれるのか知りません。(汗)
そもそも奥州って冬にそんな豪快に雪が積もるのかどうかも知らないんですよ・・・。
違ったらすみません、見逃してやってください。