未来から来ましたと自分で言っておきながら、まだそれを疑っている自分も同時にいた。
本人がこんな具合なのだから、彼らならばなおさら信じがたいだろうに。
それでも、ほんの少しとはいえ信じると言ってくれたあの隻眼の男に、
不覚ながらちょっと感動させられてしまった。
そんなことをまだ夢見心地の頭で考えながら、側で人の動く気配がしてはゆるゆると目を覚ました。
「・・・・・。」
見慣れない天井が目に入ってきて悲しくなったが、
生きているだけでもまだラッキーだと言い聞かせて、顔だけを音のするほうへ向けた。
するとのその動きに敏感に気付いたらしく、音の主――政宗は振り向いた。
「気分はどうだ?」
「・・・まだちょっとだるいです。」
「水飲んどけ。枕元にある。」
「ありがとうございます・・・。」
掠れた声を発しながら、はゆっくりと身体を起こした。
がらんとしているものの、いくつか調度品が置かれたこざっぱりした和室だ。
側に座っている政宗は火鉢に墨を入れてくれていたらしい。
有り難いなと思いつつ、は枕元の水差しを手にとって口にした。
「・・・美味し。」
冷えた水はすっと喉を通り抜けて身体を潤した。
同時にぶるっと震えが走って、はもぞもぞと布団の中に再び潜り込んだ。
服は着物に変わっている。
多分この時代の寝巻きなのだろうが、呼び分けをは知らない。
「起こそうと思ってたところだ。今メシを持ってこさせてる。」
「うわ・・・何から何まですみません・・・。」
「んなことは気にしなくていい。
 それよりお前、今喋る元気はあるか?」
「大丈夫です。」
そう答えると、枕元で胡坐をかいている政宗はふっと笑った。
この男は案外柔らかく微笑むなあと、は内心思う。
「お前が元々着ていた服は、今乾かしてる。
 それから湯船にお前の荷物らしきものが浮いてたから、勝手に調べさせてもらったぞ。」
「服、ありがとうございます。
 荷物は・・・よく分からないものだらけだったでしょう。」
「ああ、さっぱり分からなかった。」
盛大に水に浸かったのだから、鞄の中とはいえ紙類はぐちゃぐちゃだろう。
携帯や電子辞書といった電子機器も無事かどうかは分からない。
「武器らしきものはなかったが、一応もう少し預からせて貰う。
 それが何なのかを説明さえしてくれりゃ、一つずつお前の手元に返そう。」
「はい、それで構いません。何から説明しましょうか?」
再度身体を起こそうとしたの肩を、政宗は押し戻した。
意識を失う前に散々醜態をさらしたり抱き上げられたりしたはずなのに、
今更ながら、は男の人に触れられることに妙な照れを覚える。
現代ではこんなロマンスは皆無だったよなあ・・・。
「その説明はお前が元気になってからでいい。
 今聞きたいのは、お前がどうやってここに来たかだ。
 家に帰る途中だっただなんだと言ってたが、まさかそれでいきなりじゃないだろ。
 何かきっかけがあったんじゃないのか?」
「あ、あります。満月。」
「満月?」
そのときのことを考えると、急激に頭の回転が速くなった気がした。
身体はまだだるいままだが頭はやけに冴えてきた。
「学校から家に帰ってる途中、水溜りに満月が映ってたんです。
 それがすごくキレイで、しゃがみこんで、映った月に触ったら・・・。」
「なぜかこの時代の風呂に飛ばされた、と。」
わけわかんねえと政宗が呟くのが聞こえた。
としてもさっぱり分からなかった。
月が神秘的なものであるというのはよく聞く話だが、これは神秘を越えて怪奇だ。
「ここでは昨日は満月だったんですか?」
「いや、満月は確か5日くらい前だ。
 しかも昨日は曇っていて月さえ見えてなかった。」
「なんだそりゃ〜・・・!」
あのとき過去に行けたら面白いだろうと思っていた自分を本気で呪いたくなった瞬間だった。
ちゃんと現代に戻れるのか、たまらなく不安になる。
家族が、大学の友人が、帰り道に通りがかる家の犬が、ひどく懐かしい。
――この世界で自分は1人ぼっちだ。
「あ・・・。」
目頭がじわっと熱くなってきて、は顔を手で覆った。
情緒不安定だ。
「・・・っ帰れますかね、私。」
そんなこと側にいる男には答えられるはずもないのに、そう語りかけていた。
嘘でもいいから絶対に帰れると言って欲しかった。
熱い液体がつぅと頬を伝う。

「Don't whine!」(めそめそするな!)

強くかけられた言葉に、ははっとする。
顔を覆っていた手をのけて政宗のほうに視線をやると、真剣な瞳とぶつかった。
「まだ帰れねえと決まったわけじゃねえだろうが。
 次の満月の日に、こっちに来たときと同じことをしてみろ。
 落胆するのはそれに失敗してからにしろ!」
そう言って政宗はぱしっとの額を叩く。
予想以上に叩かれた額が痛くて、は潤んだ瞳でキッと政宗を睨みつけた。
「びょ、病人になにするんですか!」
「おーおー元気出てきたな。
 満月まで二十日ちょい、その調子で適当に生活してろ。
 俺がちゃんとお前の身の安全を保障してやる。」
「・・・・・。」
からかうような口調とは裏腹に政宗の目は優しかった。
それがじんと身に染みて、今度は違った涙がこみあげてくる。
けれどさっき叱咤されたばかりだ。
ぐっと唇を引き結んで、濡れた頬を手の甲でぬぐう。
この人を信じてみよう。
「身の安全を保証してくれるってことは、私の言ってること全部信じてくれたんですか?」
「半分くらいな。」
それでもさっきは「ほんの少し」信じるだった。
それがをひどく嬉しくさせた。
にこっと笑って、は政宗に心からの感謝の気持ちをこめて言った。

「ありがとう!」



・・・その後お粥を運んできてくれたのはあの小十郎だったり。
そのお粥と付け合せのお漬物が驚くほど美味しかったり。
食べ終わるまで2人が側に居てくれたり。
そういう小さなことの積み重ねが、に少しずつ元気を与えてくれたのだった。







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食べ終わるまで側にいてくれたのはヒロインが怪しい動きをしないかを監視するためです。(台無しだよ
こう、コイツ食事に毒が入ってないかを疑わないかなーとか。
どんだけ疑り深いんだ、うちの双竜は・・・orz