傍の火鉢に手をかざしながら、はおずおずと口を開いた。
「すいません、やっぱり濡れたままはちょっと寒いんですけど・・・。」
「尋ねたことに正直に答えたら着替えをやるって言ってんだろうが。」
うっすらと笑みを浮かべた自称伊達政宗は、少し離れたところで胡坐をかいて、物珍しげにを見ている。
その傍らにはやはり刀が置いてあって、男自身に負けず劣らずの威圧感を放っている。
あまりに恐ろしげなそれらを長くは直視出来ず、は火鉢へ視線を落とした。
男もさっきの女性と同じように着物を着ている上、部屋も純和風(と言っていいものだと思う)だ。
しかも暖房器具が火鉢のみとは、どこまで旧式の生活をしているんだと訊きたくなる。
そもそもなんで自分はいきなり知らない場所にいるんだ。
「あんた、異国語はどこで覚えた。」
「そりゃ当然学校ですけど・・・。」
「異国語を教えている学校があるのか?」
「うん・・・?どこの中学でも教えてるじゃないですか、冗談がお上手ですね。」
「冗談なんて言ってねえだろうが。」
ぴくっと相手の顔が引き攣って、は驚いて縮こまる。
さっきから思っていたが、微妙に会話がかみ合わない。
何というか、そもそものお互いの常識がずれている気がしてならないのだ。
――政宗様。」
背後の障子越しにまた別の男の声がして、は一層身体を丸めて小さくなった。
今度こそ日本刀をか弱い女の子につきつけるような非常識な相手じゃありませんように。
ていうかこの人マジで自分のこと伊達政宗って呼ばせてるのか、やばい人だよこれ。
「おう、入れ小十郎。」
すっと障子が動く音がして、人が入ってくる気配がした。
小さな希望を胸に、恐る恐るは後を振り向いた。
「うーわー3秒で打ち砕かれちゃったよ私の小さな希望。」
「なっ・・・政宗様、この女は!?」
そう声を荒げた小十郎と呼ばれる男も、やはり腰に刀をぶらさげていた。
その小十郎とやらの顔には傷跡があって、失礼だとは思いながら、やたら怖そうなイメージばかりが膨らむ。
「俺の風呂を覗きやがった不審人物。」
――テメェ、どこの間者だ。」
期待を裏切らないというか、小十郎は美緒の目の前に生々しく光る刀をつきつけた。
の背筋がぞくっと凍りつき、顔から血の気が失せる。
もう言葉も出ない。
それを見た眼帯の男は、小十郎とやらに向かって声をかけた。
「刀を下ろしてやれ、脅えてる。
 それからこの女、恐らく間者なんかじゃねえぞ。
 密偵がそんな柔らかい腕や手をしてるわけがねえ。
 しかも本当かどうかは分からねえが、苗字まで名乗りやがった。」
「・・・・・・。」
小十郎は何かを見極めるようにを見つめた後、すっと刀を引いた。
ほんの少しだが肩から力が抜けたに、小十郎はさっきより幾分落ち着いた声で言った。
「・・・失礼致した。」
「え・・・。」
予想外の言葉に、は目を丸くした。
こんなにあっさりと謝罪の言葉を述べられると、妙に気が抜けてしまう。
男2人の顔も刀も相変わらず恐ろしいものの、気分はやや落ち着いてきた。
小十郎は刀を仕舞ってその場に腰を落ち着けた。
「それで政宗様、状況を説明していただけますか?」
「風呂に入ってたら、いきなり水飛沫が上がって、次の瞬間にこいつがいた。
 腕をひねり上げてやったら痛いと喚いたり咳こんだりした挙句、
 吐くとか言い出したんで風呂から出してやったら、マジでその場に吐きやがった。
 その後逃げようとしたからひっ捕まえて、刀向けて名前を聞きだした。」
「政宗様も刀を向けてるじゃないですか・・・。」
一連の出来事を敢えて言葉にされると、自分の醜態が思い出されて、の頬が今度は赤くなる。
恥ずかしさと申し訳なさを紛らわすために、小十郎に向かってぽつりと呟く。
って言います。」
家・・・ここらでは聞いたことがないな。歳は?」
「19歳です、大学1年生。」
「は?」
小十郎は訝しげな声を上げた。
まただ。
なんらおかしいことは言っていないのに、相手には伝わらない。
やはりお互いの常識がかみ合っていないのだ。
それを隻眼の男も感じていたらしく、追求はせずに静かに口を開いた。
「正直に答えろ。何処から、何を目的に、ここへ来た?」
「何処から・・・って、多分、大学から・・・?
 目的なんてありません・・・私はただ、家に帰って晩ご飯を食べよう・・・と・・・。」
瞬間、の頭にあの金色がフラッシュバックした。
そうだ、自分は大学から家へと帰る途中だったはずだ。
それで帰り道にキレイな満月を眺めていて、それが水溜りに映っているのに気が付いた。
そしてちょっとした好奇心で水面に映った月に触れたのだ。

――『現在から過去に飛べたら面白いのに』と思いながら。

それを思い出した途端、の血の気が再び引いた。
有り得ない、有り得ないがこれはもしかして・・・。
「すいません、つかぬことを伺ってもいいでしょうか?」
「なんだ?」
が今までよりはっきりした声を発したので、隻眼の男は少し驚いた顔をした。
「あの、本っ当にあなたは伊達政宗さんなんですか?
 それと今って西暦何年・・・や、応仁の乱って知ってます?」
眼帯の男と傷の男が目を見合わせた。
そうして自称伊達政宗は、かなり真剣な顔で口を開いたのだった。
「俺は紛れもなく伊達家十七代当主の政宗だ。
 応仁の乱なら当然知っている、この戦国の世の始まりだからな。」
・・・眩暈がした。
どうも目の前の男は自称ではなく本当に伊達政宗らしく。
しかもの考えが正しければ、今自分がいるのは現代よりずっとずっと過去。


私、戦国時代にタイムスリップしちゃってる?







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戦国時代の話を書けば書くほど謎は多くなるばかりです。