・当サイトの「忘年会」(迷宮設定・大晦日)という話が前提になってます
・「忘年会」のあらすじとしては「クリスマスデートという発想の欠落していた九郎に弁慶が不満を爆発させていた」
「譲は望美を初詣に誘うと決意していた」だけ踏まえていただければ十分です
・PSP内容は私もちひろさんも未プレイなので無視してます
正月。元日。今日は少し遅目に朝食を取った。譲は正月らしく餅を用意し、お雑煮やあんこやごま、納豆、海苔などを、それぞれの好みに合わせて餅を食べるように食卓に置いた。お節も、昨日、忘年会の準備と平行して、敦盛や景時、朔たちに手伝ってもらって作り、食卓はそのお節で華やかに彩られた。
八葉たちは、あれが食べたいこれが食べたいと、正月からなかなか騒がしかった。
朝食のあと、少しゆっくりと腹ごなしに駅伝などを観戦し(九郎は熱心に見ていた)、しばらくしてから初詣に行くことにした。譲が本当に望美に一緒に初詣に行きましょうと言ったのだが、望美は微笑んで「いいよ」と言うと、譲が喜ぶ間もなく、八葉や朔たちに「初詣行こー!」と、まあ、当然なのだが声を掛けてしまった。譲は、そりゃそうだよなあと肩を落とした。
鶴岡八幡宮は目眩がするくらいのすごい人出で、九郎は鎌倉中の人間が今ここに集まっているに違いないと思った。あちらで目にしている宮の、同じ風景とは思えなかった。九郎は八葉たちの最後尾で、皆の頭が人混みに見え隠れするのを見ながら歩いた。
列はゆっくりゆっくりとだが確実に進み、無事に参ることができて、九郎はほっと胸をなでおろした。
さて、ぼんやりして皆を見失わないようにしなければと社殿に背を向け石段を降り、望美たちの後を着いて行こうとすると、袖がついと引っ張られた。
ん?、と振り返ると、袖を引いていたのは弁慶だ。
「どうした?」
「しっ。こっちです」
人差し指を唇の前に立て、小声で言うと、九郎の袖を持ったまま、望美たちが進んで行ったのとは別の方向に歩きだす。
「弁慶っ!?」
「静かに」
と、弁慶が声をひそめて短く言うので、九郎は何だか戦場で良くそうして敵を警戒していたのを思い出してしまって、口をつぐんで弁慶の後に続いた。袖が伸びると言うと、弁慶は声を出さずに笑って、九郎の手を掴んだ。
喧噪から遠ざかるようにしばらく歩き、並木道のような、林道のような道に出ると、弁慶はあっさり九郎の手を離し、そのまま、すたすたと道なりに歩き出した。境内にはあんなにも多くの人間がいたというのに、それが嘘みたいに、ここは閑散としていて人気が全くない。しんとした冬の匂いがする。
「おい、弁慶! 望美たちとはぐれたじゃないか!」
九郎は静寂を破ってしまうことなど一つも気にすることなく、怒鳴るように弁慶を呼び止めた。
先を歩く弁慶は、ゆるりと立ち止まって言った。
「ごめんなさい、だって、」
弁慶は腕を後ろに回し、腰より下で指を組んで、くるりと身体を捻るように振り返った。
光が差した。
「君と二人きりになりたかったから」
弁慶の吐く息が白く、たゆたう。
目を奪われた。
謝った弁慶の、その悪びれない笑顔は一枚の美しい絵のようで、九郎はその画の前に足を止めて飽きずに眺めていたいと意識することもなく、その瞬間に瞳を縫いとめられていた。
不思議なことに、弁慶だけが色づいて見える。音も消えた。
一瞬の中に永遠があると良く言うけれど、多分それは本当のことで、九郎は時間の観念のない、音のない、彼ら二人しかいない真っ白な空間に長いこといたような気がしたけれど、ほんの数秒ののちに九郎の意識は元の世界に戻って来た。
はっ、と気がつく。
「なっ、何を子供みたいなことをっ!」
九郎は大きな声を出した。周りの色と音が戻って来る。ふふっ、と弁慶は動じずに微笑む。
「たまには子供みたいに甘えてもよいでしょう?」
髪を指で耳に掛けながら、弁慶はゆったりと言った。
「べっ…」
九郎はまた言葉に詰まった。両の拳をぐっと握って目をそらして言う。
「べ、別に、たまにとかじゃなくても、い、い、いいんだぞ」
弁慶は一瞬目を丸く見開き、すぐにやんわりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
と、だけ、短く言った。
九郎はそれを横目で見ながら、どうしてだろう、昨夜弁慶から言われたことを急速に思い出していた。
(ああ、違う…。そうだ。弁慶が、じゃない。…悪いのは、俺だ)
弁慶は言っていたじゃないか。既に昨日言っていたんだ。二人で出掛けたいと。出掛けたかったのだと。
「弁慶」
九郎はきちんと正面を見た。弁慶も九郎に向き直った。
「すまなかった。…その、気がつかなくて。……お前が、俺と出掛けたいと思っていたと、俺は全然気がつかなくて。…今日だって、言われなければ俺は望美たちと一緒に普通に帰っていた。そして、多分、そのまま一日中家にいたかもしれない。…だから、すまなかった」
弁慶は静かな顔をしていた。そして、九郎の言からは脈絡のないことを言った。
「九郎、こういうの何と言うか知っていますか」
「こういう…?」
「デートです」
「でっ…!」
九郎はほんのり顔を赤らめたので、意味を知っているようだった。
「望美さん? それとも、これもヒノエ?」
「ヒノエ…」
まあ、出所はどこでもいいのだけれど。それなら話は早いか。
「そういうことなので、今日は付き合ってくれるのでしょう? 君は反省したようだし」
「で、でぇとか」
「そうです。デートです」
「……弁慶、俺を許してくれるのか?」
「ふふっ、さあ、それはどうかな」
「っ!」
九郎が口をつぐむと弁慶は意地の悪い笑みを浮かべた。そして、また、何も言わず前を向いて歩き出した。
九郎も慌てて白いフードの後を追った。隣り合うと、弁慶の手を取って繋いだ。手袋をしていない手はひんやりと冷えていた。
「…どこに行きたいんだ」
弁慶は、照れからか憮然とした表情の九郎の横顔を見た。
「でぇとなんだろ」
「ふふっ、そうですね」
クリスマスならば浮かれた街の雰囲気を楽しんで、イルミネーションを見たりなんかできたのだろうけど。
君と一緒ならどこでもいい、という本音はせっかくのデートなので置いておこう。
「…では、この道の終わりまで、歩きながら考えることにします」
弁慶は目の前の、まっすぐに続く並木道を示した。
「そうか。…よし、行くか!」
九郎は気分が高揚しているのを感じて、弁慶がなるほど二人で出掛けたいと言うのもわかる気がして自然と頬が緩んだ。
「空論」の赤間知宏さんからいただきました
私の話に感想いただいて、でも最初は「譲は間違いなく望美と二人きりで初詣に行けない」とか
「そんな頑張る譲萌え」とか言ってた筈なのに、
気がついたらこんな素敵なお話を書いていただいてしまっていました
ちひろさんの九郎がとても大好きで、いや当然弁慶も好きなんですが、九郎が可愛くてかっこいいんです
今回も九郎かっこいいかわいいかわいいこんなかわいい五条読めるなんて元ネタ書いた私偉い!とか自褒めしちゃったよ
ちひろさんサイトでも初詣のお話(そっちは京時間ですが)書いてたのに!! ありがとうございました