・PSP版迷宮は未プレイなので設定ガン無視です
・キャラ崩壊(特に弁慶と敦盛)が酷いので好きな方は本当にご注意ください
「はーいそれじゃあ オ レ の 神子姫さまたちに乾杯」
ヒノエが真ん中を陣取って手にしていたグラスを掲げると、
「まあ、私はその中に入れてくれなくてもいいのよヒノエ殿?」
「そもそもお前だけの先輩じゃないだろう」
「譲、それは違う。八葉は神子を守るものだよ」
「白龍、たまにはいい事言うな」
なんて声が飛び交いながらも、神子+八葉+龍神=11名は、めいめいにヒノエ同様かんぱーいと、あるものは明るく、あるものは戸惑いながらグラスをかちっとあわせる。その後、皆で一斉にぐいっと中の液体に口をつけたものだから突然訪れた静寂がおかしくて、将臣と敦盛が顔を見合わせて笑った。
「こいつらでも黙る時があるんだな」
「そうですね」
12月31日。京が今どうなっているかは分からないが、望美たちの世界では大晦日にあたる日。知り合ってまだ一年足らず……な筈の八葉たちだけれど、今年も一年ご苦労様でした、の会をしたいと望美と将臣が言い出したので、クリスマスに引き続き年越しパーティーが行われることになった。
勿論新年を迎える際には蕎麦だけれど、それは最後のメインイベント、まだ紅白歌合戦も始まらない時間の今は、和食をメインに洋中なんでもありの豪華な料理が居間の机にずらりと並んでいる。
「譲くん、お疲れさま!」
「ありがとうございます、先輩」
メインで作ったのは勿論譲だ。それに朔や景時、弁慶九郎が少しずつ手伝って完成した。特に譲の苦労たるや途方もなく、クリスマス直後から仕込みをはじめたりしていた、との噂で、八葉も神子も誰もが彼に感謝していたけれど、
「譲、嬉しそうだね。私も嬉しいよ」
「……ま、オレの神子姫以外の言葉はどうせ要らないんだろうから、オレたちの礼はいいよな」
「だな」
と、後頭部に手をまわしデレデレに照れている彼には皆触れることなく、折角の料理と酒を楽しむことにした。
11人もいるのだから日頃から有川家は賑やかだったけれど、年越しで、酒が入ればますますだ。いつも以上の喧騒の中、敦盛がふたつ隣の九郎に語りかける。
「九郎殿の飲みっぷりは、相変わらず見事だな」
「そうか?」
九郎はなんでもないことのように言うけれど、未だ開始数分、既に、日本酒を飲むにはちょっと大きなグラスに入った冷酒を飲みほしていた。
それを聞いて大人しくしている筈がない、間の将臣がすかさず九郎に酒を勧める。
「おいおい、お前そういうキャラだったのかよ、だったら飲め飲め」
「これは……ういすきーだったか?よく分からんが、こっちの世界にはいろんな酒があって楽しいな」
「よかったですね、九郎」
その隣では弁慶が似たように笑っている。それも将臣の目にとまった。
「……そういえば弁慶、あんた飲まないのか? クリスマスの時も一杯くらいしか飲んでなかったよな?」
「僕ですか? ああ、そうですね、向こうにいた時はなんとなく、いつ何が起きてもいいように控えるようにしていたんで、ついその癖が残ってるみたいですね」
「お前は酒が弱いからな」
「九郎が強すぎるだけですよ」
弁慶がくすくすと笑うと、今度はヒノエが身を乗り出してきた。若干目を輝かせているのは気のせいか、
「へえ、だったらたまには飲んでみればいいんじゃねえの?」
「君の挑発には残念ながら乗りませんよ、ヒノエ」
察した弁慶は一度はそう断ったけど、
「だったら弁慶さん、今日なら飲んでもいいんじゃないですか? ここなら向こうの世界ほどは危険じゃないと思いますし」
「うむ、それに、私や譲もいる、十分神子を守れるだろう。たまには羽目をはずすことも必要だ」
と、望美がずずいとシャンパンを手に近づいてきた上、リズヴァーンにまで言われてしまえば、いくら彼でも弱い。
「困ったな、リズ先生にまで言われてしまうと、断る理由がなくなりますね」
「じゃあ、決まりですね!」
結局、にっこり笑って弁慶は望美の差し出したコップを受け取った。……ただ、それはよりにもよってビールジョッキだったが。
「おっ、気がきくな、望美」
「でしょー!」
「いや……さすがにその大きさはやばいんじゃないのかな〜?」
「兄上はそういう事をいうから情けないと笑われるのですよ」
しかも、惜しげもなく注がれるのはビールじゃなくてワインだったが。
「龍神の神子直々のお酌なんて、贅沢ですね」
「大袈裟だな」
「さ、どうぞ」
「はい、いただきます」
部屋の中は十分酒臭かったが、ワインの放つそれは一層芳醇で味わい深い。ふわりと香る果実の実りに弁慶は目を細めた。
「ふふ、嬉しいですね」
そして一気にぐいっと飲みほして、笑顔で言った。
「おいしいです、ありがとう望美さん」
「どういたしまして!」
そんな風に微笑まれてしまったら、望美が同様に笑顔を返しながら弁慶のジョッキに、今度はシャンパンを注ぎ込んだのは当然のことだった。
それから一時間後。
「……つまんねえ」
年の終わりを祝うべく、むしろそんなこと最早関係なく、にぎやかに、楽しそうに賑わう中、場違いな程に不機嫌に言ったのは将臣だった。料理を運んでいた譲は似たように眉ひそめながらたしなめる。
「先輩達がいないからってテンション下げるなよ兄さん」
「お前と一緒にするなっての……」
「なら、どうかしたのだろうか」
「いや……」
敦盛が不思議そうな顔をしたところで、髪をくしゃりとかきあげ、将臣はぐるりと部屋の中を見回した。
アイス食べたい!ケーキ食べたい!と突然思い立ったら止まらない望美が、朔と連れ立ち、白龍とリズヴァーンを護衛に買い出しに出かけて5分。彼女たちが戻るまであと15分ほどだろうか。実際譲が言った通りに野郎だけで飲んでも楽しくないってのには同意だが、それはいい。
将臣が不満なのは、
「……どいつもこいつも、全然酔わねえじゃねえかよ」
ということだった。
未成年だから飲んでない譲はいい。望美も飲んでないからいい(というか、望美に飲ませたら何が起こるか分からないからおとなしくしていて欲しいとも将臣は思っていた)、
その他の連中の顔色が全く変わらないのだ。
隣の九郎なんてどうみても酒に弱くて弄られる羽目になりそうなキャラなのにどうも一番強いらしく、その上酒好きときたもんで、ありとあらゆる意味で幸せそうに、空瓶空缶を量産しながら弁慶とにこにこと何か喋っている(そしてその会話の内容には一切興味はない)。
逆隣の敦盛も、怨霊だからだか平家の血なのか知らないが、梅酒ロックそれ何杯目だ?ってくらい飲んでるのに、ずっと穏やかに微笑んだまま変わらないし、
ヒノエもあの性格で泥酔したら面白いってのに若干ご機嫌な程度か?しか変わらないし、
あとは景時。景時も見るからに弱そうなのに、全然変わらない。九郎と同じくらい譲が酌をしているのを見た気がするが、案外変わらない。
「ここは一人くらい酔った勢いでヒノエと乱闘するかと思ったんだけどな」
「……いや、しかし将臣殿、福原でのように皆が酔って暴れても、あなたが困るだけなのでは……」
「確かにあっちじゃ、俺が逃げるとお前に迷惑が行っちまったから頑張ったけど、今回は適任がいるからな、何人か暴走したほうが面白いだろ?」
「無責任なこと言うなよ」
譲のつっこみはもっともだったが、それを聞く将臣ではないことは十数年昔から確約済みだ。現に今だって聞く耳持たぬままぐるり、ともう一度、既に床に直座りな七葉たちを見たところで、
目が止まり、にやりと笑った。
「……いるじゃねえか、いいやつが」
「将臣殿、まさか」
「まあ、見てろって」
と、目の前に転がっていた瓶だの缶だのを手に、ずい、と身を乗り出した。
「よっ」
「どうした将臣?」
いきなり目の前にやってきた将臣。話しかけられた九郎は少し驚きながら問いかけた。
が、将臣の目的は彼ではない。隣の弁慶ににやり、と笑う。
「いや、結局こちらの軍師殿は飲んでらっしゃらねえな、なんて思ってな」
向けられた弁慶はぱちり、と瞬きして将臣を見上げた。
「そうですね。久しぶりなので勝手がよくわからなくて」
「だから、勝負しに来たってわけだよ」
「勝負?」
将臣が言った通り、弁慶は飲んでいなかった。あれから一時間は経つってのに、望美に注がれたシャンパンがまだ三分の一程度残っている。が、お構いなしだ。将臣はそこに、
「……ま、この大きさだからな」
と、その辺に転がっていた缶チューハイを開封してぐいぐい注ぐ。そして自分も同じもの(ただし混合酒ではなかったが)を手に持つ。
「あんたには物足りないかもしれねえけど、この辺からどうだ?」
「………還内府殿からの一騎打ちですか。これは受けないわけにはいかないですね」
不敵に笑う元敵将に、にこり、と軍師は微笑んだ。視線が合い、火花が飛ぶ。しかしそこに、
「ちょ、ちょっと!」
と割り込む声は、調停ならお手の物の戦奉行。
「そ、それはさすがにやめたほうがいいんじゃないかな〜、って、オレは思うんだけど」
「どうした景時、なにをそんなに慌てる?」
「いや、なんか、昔ちょっとした噂を小耳にはさんだな〜、って、思い出してさ」
「何のことだ? はっきり言え」
「……あれ九郎、知らない? いや、忘れてる?」
「意味が分からん」
額を指でかきながら、言いにくそうにする景時は気付かない。九郎は忘れているのではなく酔っている。
「細かいことはいいだろう。弁慶、将臣など倒してやれ」
挙句、九郎はからりとけしかけるものだから、ああ、と最早景時は天を仰ぐしかなく、
「ふふ、九郎、君がいうなら、ますます負けられないですね……では」
「ああ、俺も負けねえよ」
こうなったら引く二人でもないので、スタートの合図すら待つことはなく、彼ら互いにぐいっと一気に飲み干した。
意地があるのか、それは一瞬で空になる。
「やりますね」
「さあ次だ」
すがすがしいまでに悪意を帯びた笑顔をたたえながら、互いに手元にあった瓶を掴み、酒を注ぎ合い、また飲み干す。どん、と、再び空になったジョッキが降ろされた。その時。
「あ」
最初に異変に気付いたのは敦盛だった。
「弁慶殿」
腰を浮かせ、手を伸ばし支える……ぐらりと弁慶の体が傾いたのだ。
「ありがとう敦盛くん」
けれど大事ではないらしく、俯いていた弁慶は直ぐに彼を見上げ、微笑んだ。いつもよりもずっと穏やかで、うっとりするくらい柔らかな笑顔、
けれど、違う。周囲一同、同じことを思った。
目がやばい。
「さあ、次ですよ、将臣くん」
すごくやばい。一言で言えば据わっている。その迫力に敦盛は思わず口をつぐんだ。騒ぎに気付いて振り返ったヒノエでさえも、ためらった。向けられた将臣でさえも一瞬、口ごもり、
「……あんたもほんっとに負けず嫌いだな」
「ふふふ、僕、負けず嫌いって言われると、ますます負けたくなくなっちゃうんですよね」
どうしたものか、と思案する振りしたけれど、ここで引く将臣ではない。結局こぽこぽと景気よく、弁慶のグラスに酒を注いだ。それを九郎が止める。
「待て、ちょっと待て、なんか、それ以上はまずいのではないか?」
普段だったら空気読めと言われる九郎だが、この時ばかりは内心誰もが彼によくやった、と讃え感謝した。
が、皆がほっとしたのも束の間。弁慶の顔が一気に歪む。
「……止めるんですか九郎?」
その変貌たるや、さっき『まずい』と思った比ではない。それなりに優しげ、なんて思えた笑顔も声音も、もはや凍りつくようで……おそらく、譲や敦盛は聞いたことないほどに、弁慶と付き合いの長い九郎でさえ一瞬躊躇する程に。
「いや……いや、そうだ、ああそうだ。お前もう飲みすぎているぞ。この辺にしておいたほうがいい」
「じゃあ九郎は僕が将臣くんに負けたままでもいいというんですか?」
「そうは言っていない」
「それに、いつも九郎ばかり楽しそうでずるい。僕だってたまには飲みたいんです」
けれど弁慶は一向に聞く耳もたない。すると今度は九郎の方だってヒートアップするは自然。
「飲むのは構わんが勝負はやめろと言っている!」
「なんですか君だって普段勝負勝負言う癖に」
「お前は勝つことにこだわりすぎだ!」
「こだわってません、相手が将臣くんだから負けたくないんですバカ九郎」
「ばっ、馬鹿!?」
挙句、そこまで言われてしまえばすっとんきょうな声をあげるのも必然。だが、
「馬鹿、ってそこまで言う事ないだろう!」
「そうですね、九郎は馬鹿じゃなくて、こっちの世界風に言うとへたれって言うんですよね」
「!!!!!」
それには九郎も絶句して目を見開いた。
「あれ、分かるんですか? 意外だな」
言葉の意味は九郎も既に知っている。何故なら先日ヒノエに言われたばかりだからだ。今回の朱雀、熊野の血のせいなのか、思考が同じすぎる。
「お前までいうのか!」
「既にヒノエあたりに言われたんですか?ヒノエと被るのは不本意ですが、事実だから仕方ないですよね、クリスマスだって結局家にこもりっきりで」
しかも見抜かれた上に、まさにヒノエにへたれ呼ばわりされた原因を的確に突かれて、九郎はますます言葉を失う。
「そ、それはそうだが、だがあれはお前が今日くらい鍛錬を休めばどうかと」
「休んで、一緒に出かけましょうっていう意味で言ったのに全然気付かないなんてあんまりですバカ九郎」
「それならそうとはっきり言えばすむ話だろう!?」
「なんですか開き直りですか見苦しい」
「うっ」
「君がそれだから将臣くんにも騙されっぱなしになるんですよ」
「そ、それはだな」
「他にも何度僕が君の窮地を救ったと思ってるんですか、別にそれは構いませんですけど、いい加減少しは学んだらどうですか」
「……」
「その上この程度で黙るからへたれなんですよ、ダメ九郎」
「あの、弁慶殿……?」
容赦ない猛攻、不幸に思った敦盛が控えめに止めるが、弁慶は彼を見てくれないので結局戸惑って口ごもってしまう。それだけじゃない。ふふん、と九郎を鼻で笑う弁慶は年の割にいつだって若く見えるけれど、更に若く見えて、どう接していいのか分からなかったのだ。それにクリスマスが出てくる意味もよく分からなかった。
が、幸か不幸か、その謎だけは直ぐに解明することになる。弁慶は唇かみしめたまま悔しそうに弁慶を見つめる九郎をなおも不満げに頬膨らませながら睨んだ後、ちらり、と彼を支える敦盛を見、
「この際だから言わせて貰いますよ、九郎」
と、前髪をかきあげながら言い放ったからだ。
「そもそも君は下手すぎです。一体いつになったら上達するんですか?」
「下手…? なにがだ」
とはいえ敦盛だけでなく、言われた九郎も最初、彼の言いたいことが全く分からずに、怒りより先につい困惑してしまった程だった。けれど、
「そんなの決まっているでしょう、だから九郎は九郎だって言われるんです」
不敵で高慢な弁慶の顔を見、なにかに気付いて、ついでに景時やら将臣やらも察したらしく、三人仲よく絶句した。
「!!!!!」
「ぶっ」
「おまっ、お前こんなところで何を」
「こんなところだから言うんですよ、ああ、そうですよね、人前で僕に好きだとも言えない君には分かりませんよね」
「なっ!!!」
九郎の顔が真っ赤になった。と同時に敦盛の顔も一気に火照った。
「そ、そうだったのか……?」
「知らなかった」
「お前たち、鈍すぎ」
同年代なのに一人大人びたヒノエの言葉が追いうちのように敦盛と譲と刺すが、今はそれにショックを受けている場合でない。
「なななななんで、こいつらの前でそんなことを言わなければならん!」
「言って欲しいからですよ」
「だからそれが何故だって言ってる!!」
「まだそんな事言うんですか、だから君はへたれだっていうんですよ、そんなんだからこっちの世界では君は最終的」
「わーわーわーーーー!!!」
なおも続く口論は、叫びながら景時がダイブ(しかも九郎を潰しつつ)してやっと止まった。代わりにがしゃんと瓶やらなにやら転がる音がしたが最早誰も咎めなかった。
景時らしからぬ行動、それは明らかに言ってはいけないあれ、を言おうとしたのだと、現代組有川兄弟は察したが、暴走している軍師殿は気付かない。
「邪魔するんですか景時」
「いや、うん……だってそれは言っちゃいけないでしょ、うん、それにね、オレも、そろそろ飲むのはやめた方がいいと思うよ〜、ほら、望美ちゃんたち来るし」
へらへらと笑う景時がこれほどに心強かったことがあるだろうか。特に譲と敦盛は、固唾をのんで彼の雄姿を見守った。が、対称的に、弁慶は美しく微笑んだ。それこそ見ている皆が恐ろしすぎて、本気で動けなくなる程に。
「……またですか」
「ん?」
そして座したままなれど……スライディングした姿勢のままの景時の襟を、ぐいと、まるで猫でも扱うかの如くに掴みあげながら、まさに見下し吐き捨てるように言う。
「君は迷宮の謎解くのを邪魔をするだけに飽き足らず、今、この僕がささやかに楽しくお酒を飲みたいなんて思っている気持ちも邪魔するんですか」
「いや、楽しく……ないでしょ?」
「楽しいです」
ないない。誰もが思ったけれど誰もが口にできなかったから、引き続き矛先は景時へ向かう。
「そもそも君はいいですよね。こっちの世界では君の好きなからくりがたくさんあって、毎日幸せ。コーヒーもおいしくて、この前は望美さんや譲くんたちと映画も見に行って、やっぱりはしゃいでいたらしいじゃないですか。いいですよね、キャラ立ちまくりですよね。そりゃあ迷宮の謎も解きたくなくなりますよね」
「いや、望美ちゃんのことを心配して……って、いたたたた、腰痛いよ弁慶」
「だったら僕の心配もしてくださいよ。僕なんて迷宮が消えないと、罪が償えないんですよ、罪が! いつまで咎に悩まされ続ければいいんですか、いつになったら九郎と幸せに暮らせるんですか。耐えられないですよ、平家に裏切ることだって考えたんですよ。それに、こっちの世界だと僕能無しじゃないですか。僕の軍師としての能力は対人限定なんですよ、迷宮だの幻影だの不思議なものには作用しないんですよ。その上薬師としての能力までとりあげられたんですよ? 僕なんかより立派なお医者さんも薬屋さんもあるから用なしですよ塩酸ブロムヘキシンもアスピリンもマルボロライトメンソールも僕にはさっぱり分かりませんよ。どうしてくれるんですか! 君にはこの気持ちがわからないでしょう!」
ぐいぐいと、襟首掴んで弁慶はふふふと空虚に笑いながら景時をののしる、否、自分をののしる。その姿はあまりにも邪悪で、余計なことを言ったら呪詛でもかけられそうな程で、
「いや、誰もそんな事を思ってないと、思うけどな〜」
「黙りなさい。君も九郎と同類です」
この場では最年長、面倒事を背負いこむことに定評のある景時がはは〜、と、いつものように乾いた笑いを浮かべ、場を和ませようとするが、それで止まる弁慶ではない。再びぐいぐいと景時の襟を引っ張って上下させはじめたが、そこに控えめに手が添えられ、
「あの、その……だが、弁慶殿、このあたりで少し、茶でもいただけばいいのではないだろうか」
「敦盛くん……」
手の持ち主、敦盛がやはり控えめに言うと、ぴたりと止まった。景時をぽい、と放りだし、今までが嘘のように綺麗に正座して敦盛に向き直った。
「君が言うなら、そうしようかな」
「……はあ?」
「だって敦盛くんですよ。八葉の良心ですからね。どうしたらあの変態集団の中で、君みたいないい子が育つんでしょうね」
弁慶はいつもの通りに穏やかに、にこにこと敦盛を見ては和んでいて、一時はほっとした空気が流れたが、
「熊野のおかげだろ?」
ヒノエの一言で再び場が凍った。
余計なひと言を、誰もが思った。譲と敦盛は愕然とする。
「ヒノエ、」
「なんてったって、このオレを育て、このオレが愛する熊野だからね。そこをとっとと出てったあんたには分からないだろうけど? 残念だね、あんたも熊野にそのままいたらきっとこれ以上なく愛らしい叔父上になってただろうに。ま、オレとしたら常にあんたと一緒なんて御免だからどうでもいいけど、熊野の恥だからそろそろ黙れよ年寄り」
しかもさらりととんでもなく挑発的な事を言い出すあたり、ヒノエもさすがに弁慶の甥、というか、
「……ヒノエ、お前も実はそうとう酔ってるんじゃないのか?」
「……譲殿、ヒノエは実は、あまり酒には強くないんだ」
そう、飲み方がべらぼうに上手いだけで、そう強くはないヒノエはすっかり出来上がってて、いつもだったらここまでは立てつかないだろう叔父上をせせら笑う。
その姿はさっきまでの弁慶そのもので、ああ、親戚だ、と誰もがこれ以上なく納得した。と同時にヒノエの言う「これ以上なく愛らしい叔父上」という姿に誰もがよからぬ想像をしてしまい、うんざりした。
そして、現実の叔父上は当然ここで黙る程しおらしくも可憐でもない。
「熊野の恥は君でしょうヒノエ? 別当としての腕はあるようですが、あんな恥ずかしい恰好でちょろちょろしないでください。迷惑です。水軍装束はどこへ行ってもかっこいいとか思いこんでるんじゃないですかこの田舎者、それこそ僕まであんな恰好してたんじゃないかって望美さんに疑われたんですからね」
「……言ってくれるね、でもあんたの今のその服もどうかと思うけど? 何、自分のキャラを生かしてるつもり? 全然生きてないし、ていうか、そもそも白が似合ってないし。狙いすぎてはずしてるよそれ」
「望美さんには好評でしたよ、君のスパッツと違って」
「ネタとして、だろ? オレの姫君の好意を自分に都合よく曲解するんじゃねえよ」
「君こそオレのオレのっていちいち鬱陶しいです」
「事実だから仕方ねえだろ? オレと姫君はクリスマスに最高の夜を過ごした仲だからね……いくらそこの御曹司殿が不甲斐ないからってひがむのは見苦しいってもんだよ、おっさん」
「ふふっ、だけど僕に言わせれば君だって大差ないですよ、ヒノエ。どちらかを選ぶなんて無理さ、なんて恰好つけたこと言ってますけどね、そんなの逃げてるだけでしょう?」
「何……?」
かちん、と来たのか、ヒノエの表情がはじめて変わった。強張る。睨む。弁慶はそれを見てますます楽しそうにする。
「ええ、君なんて所詮自分の陣地から出てこないじゃないですか。熊野熊野、熊野しか君にはないんですか? 望美さんがこの世界にいたいと思う気持ちなんて無視してどうせ浚っていくんでしょう、酷いですね、僕にはとてもとてもそんなことはできないですね」
それはどうやらヒノエの気にかけていたところだったらしく、くっ、とヒノエは腕で顔を覆う。
「っ、言ってくれるね」
「ええ、言いますよ、甥のしつけは叔父の役割ですからね」
ふふん、と笑う弁慶、その言いようはあんまりだったが、
「……てめえ」
普段クールなヒノエが怒りで弁慶に飛びかかっていったのはまさに酒の力だとしか言いようがない。彼がガードするより早く、猫さながらに両手を振り降ろす。
「痛っ」
弁慶の白い頬に赤い筋が四本走る。が、それで留まらず、再び、今度は横から爪を光らせるが、
「っ」
それはさすがに弁慶によってはじかれた。思い切り、容赦なく手で手を祓ったぱちーんといい音が響く。挙句、ひるんだヒノエの顔にすかさず今度は弁慶の手が伸び、
「全く、僕も鈍ったもんですね」
両手の親指を口につっこみ、ぐいぐいと横に縦に広げた。
「はっ、はひほ」
「ふふ、これで色男も台無しですね、ヒノエ」
「ふ、ふるせえはなへほのへんはい」
「何言ってるか分かりませんよ、残念ですね」
ぐいぐい、としばらく弄んだあと、弁慶はぽい、とヒノエを投げ捨てた。
「くっ……」
口元を拭ってヒノエは弁慶を見上げる。対称的につまらない事をした、とばかりに弁慶は見下し、吐き捨てた。
「……全く、なんでこんなのがいいんですかね、望美さんも。譲くんや敦盛くんとか、仕方ないから将臣くんとかもっと有望な人材はいるでしょうに。望美さんは素敵な女性だけど男を見る目はなかったということですかね」
だがその発言が今度は別の火を灯す。
「ちょっと待った!」
今まで比較的傍観に回っていた譲が勢いよく立ち上がったのだ。
「ヒノエのことは確かに俺も同意ですが、先輩の悪口は聞き捨てならない」
「事実じゃないですか。そもそも譲くん、君も僕に怒ってる場合じゃないでしょう?望美さんのことを思うなら今すぐ説得してきなさい。ヒノエなんてやめなさいと」
「俺だってそうしたいです!でも、それが、先輩の望みなら……」
「そこが君は甘いんです」
が、ぴしゃりと返り討ちされた言葉に、譲ははっとして顔をあげる。
「そもそも君、幼馴染なんでしょう?望美さんとずっと一緒にいたんでしょう?兄である将臣くんに負けるならまだ分かります、実際将臣くんはチートキャラですからね、分かります。でもなんでヒノエに負けるんですか? 君は16年望美さんをつけまわしてきたのでしょう? 窓から望美さんの部屋を覗いていたのでしょう?」
「してません!! せいぜい先輩の部屋の電気がついたり消えたりするのを見ていたくらいです」
「じゃあ、それでいいです。それだけ望美さんに恋焦がれていたのに、こんな、どこの馬の骨かとも分からない、別当職にかこつけて都の高貴な姫君にお近づきになったり遊び歩いたりするようなヒノエにかっさらわれてもいいんですか? ヒノエはこう見えてそういうことにだけは長けてますからね」
「いや、それは誰もが知っていると思う」
敦盛のつっこみは冷静だったが、譲はすっかり弁慶の話術に囚われている。
「確かに、それは困る」
「そうでしょう? 二度と会えなくなりますよ、望美さんに」
「それは困る!」
譲は立ち上がったまま、拳を握りしめた。
「よし、俺は明日、先輩を初詣に誘う!」
「譲殿……」
「ええ、がんばってください」
「そんなことこのオレが認める訳ないだろ?」
「ヒノエは黙っててくれよ」
「ふ、二人とも、これ以上の混乱は……」
若い恋敵たちは敦盛を間に挟んで睨み合いをはじめる。が、同時に弁慶はにこにこと機嫌良さそうにそれを眺めはじめた。
よかった。譲とヒノエの言い合いなど、どうせ些細な可愛いいざこざの域を抜けぬ筈なんだ。それより平和が訪れてよかった。
誰もが思った。
筈なのに。
突如彼の肩に伸び、ぐいと身をひねらせる腕。
「あ」
「分かったぞ弁慶」
弁慶の向けられた先には、そういえばずっと景時に潰されて黙ったきりだった九郎がいた。
「……九郎が口を開くと面倒なんで、黙っていて貰えますか」
弁慶の顔が再び曇る。が、とんでもない暴言を吐く昔馴染み、軍師、はたまた恋人か、にそう言われても、くじけず起き上がった九郎の目に迷いはない。躊躇いもない。じっと彼の両肩を掴んだまま目を見て、真剣に告げる。
「いいや、ここは譲れない。譲を見て、俺も思った。なるほど、俺も言おう」
「何を」
「そんなの決まっている、俺は、お前が好」
だが、
「ぎっ」
「九郎……?」
ぼす、という音と共に九郎の言葉は遮られた。苦しそうに息を一度吐き出した後、彼の体はあっけなく床に転がった。
「九郎!」
弁慶は悲痛な声をあげ、落ちた九郎の体を揺さぶる、が反応はない。
「悪いな、お前らののろけなんて興味ねえから、寝てもらった」
声が降る。彼が顔をあげると、手を刀のように構えたままの将臣がいた。
「将臣くん、でしたか。そういえば忘れてましたね」
敵意に同調するかの如く、弁慶もゆっくりと立ち上がる。
「……僕の九郎に手をあげるなんて」
「おいおい、さっき自分で散々言葉の暴力でのしておいて、それはねえだろ」
「将臣殿」
緊迫していく空気、ヒノエと譲は睨み合い、景時はへこんでいる、その中で止める敦盛はまさに最後の良心だったが最早完全に焼け石に水。
「全く、まさかあんたがこんなに酒に弱いとはな、しかも、性質が悪いときてる。もっとしおらしく涙でも流してくれればそれはそれで楽しめたのに、……って、俺にも責任はあるけどな」
「で、どうするんですか? 君が責任とって、どうやってこの場を丸めてくれるんでしょうね?」
「そんなの簡単だ」
「将臣殿!!」
「ま、気にするなって敦盛、いつものことだろ」
軽く笑う将臣は本当に、ちょっとそこまで行ってくる、とでもいいそうな程に軽い。が、敦盛はこの先に起こる惨状を知っている。
「……なるほど、力ずくってことですか?」
「さすが、腐っても源氏の軍師だな。ご名答」
「将臣殿、しかし」
平家の……特に知盛、惟盛と弁慶ではちょっと事情が違うのではないか。敦盛は将臣を見てうろたえるが、しかし将臣は聞く耳持たない。対する弁慶も九郎の体から指先を離し、立ち上がる。
「……ようやく、当初の目的に戻ったってところか?」
「ええ、僕の九郎を傷つけてくれた借りもありますしね。手加減はしませんよ」
ボクシングのような構えをとる将臣、対する弁慶も、薙刀こそないけれどそれを真似る。
「そもそも僕、君のこと嫌いだったんですよ」
「へえ?」
「君がとっとと清盛殿から逆鱗を奪って平家を滅ぼしてくれれば、もっと京は平和になったのに」
「随分と自分の都合で言ってくれるな。でも俺からしたら、お前と九郎がいなければ、もっととっとと平家の安泰を得られたんだけどな」
「ふふ、君もそれ、自分の都合ですね」
「誰もかれも自分の都合なんだよ、結局はさ」
この悲劇の幕開けにそうしたように、向かい合い笑む。そこにはけしてさわやかなものなどない。
淀んでいる。まるでこの部屋の空気そのもの。まるで穢された京そのもの。
ゆえに、二人は気付かない。
ただいまーと軽やかな声と共に玄関が騒がしくなったことを。ヒノエと譲の方はそれでぱたりと冷静になったけど、この二人は気付かない。
「将臣殿、神子たちが」
最後の良心の言葉も届かず、
「とどめです還内府!」
「いいから黙って寝ろ!!」
ついに二人は互いに互いの右腕を降りかぶっ…………
たところで、
「……神子、躊躇うことはない」
「はい先生!」
気高く可憐な声が、色彩が、二人の視界に飛び込んだけれど時すでに遅し。
「将臣くんだからお酒飲んじゃダメって言ったのに!」
「弁慶殿見損ないました!」
どすり。正面ではなく左右からそれぞれ入ったパンチに二人は仲良く吹っ飛び、どすりと鈍い音させて床に落ちた。
たった一撃。あっけなくのされた二人は、
「の、望美……?」
「朔殿まで…」
と、それぞれ自分を殴り飛ばした神子に呆然とし、手を伸ばしていたが、結局、
「「しばらく大人しくしてなさい!」」
まるで封印さながらに、再びみぞおちあたりに蹴りをくらって、そのまま意識を失った。
一瞬で場に満ちる静寂。残された面々は当然、硬直するしかなかったが、
「八葉たちの気が穢れていたから急いで帰ってきたら、譲、皆どうなってしまったの?」
白龍の柔らかな声に、はっとした。
「ああ……こっちの世界では、今日は煩悩を発散して新しい気持ちで新年を迎えるものだから……これは、その一環だよ」
「だけど、譲の気、落ち込んでるよ」
「……白龍」
いつも無邪気な龍神、その肩を景時がぽん、と叩く。
「……それ以上言わないでくれるかな、頼むから。オレ、これ以上落ち込みたくない」
ははは、と乾いた景時が見つめるは、勿論この惨状だった。けれどそんな彼に神子は優しい。
「とりあえずケーキ買ってきたからみんなで食べようよ! 将臣くんんたちが一体なにしてたのかも聞きたいけどね」
「そこは……普通は聞かないって言ってくれるんじゃないんだね、望美ちゃん」
「兄上、一言多いですよ」
まるで時間が戻ったかのように、刹那に華やぎを取り戻した有川邸。笑顔の神子たちに、景時及び若い恋敵たちは同様に微笑みを返しながらも、皆一様に思った。
大人しくしていてよかった、と。
寒い。震える体を抱きしめて、弁慶は意識をとりもどした。
ぱちり、と目をあけるとそこはまず闇の中だった。そして、ごーん、ごーんと、どこからか鐘の音が聞こえ、なによりものすごく、寒い。
「ここは……?」
一体何があったのだ。呟いたら、寒さと同時に、殴られたような痛みが頭を襲った。凄く痛い、頭だけじゃなく口も切れているのか、血の味もするし、なにやら顔もひりひりする。ついでにものすごく気持ちが悪い。
吐き気がするから口元を手で覆いつつ、がたがたと歯を鳴らしながら弁慶はきょろきょろとあたりを見回す。けれど闇に目が馴染まなくてよく分からない。そもそも九郎やヒノエほど弁慶は夜目がきかない。ただ、すぐ近くにがたがたと音を激しくたてる扉があるから、ここは玄関だろうか、と推測はできた。
立ち上がろうとしたら、よろけた。と同時に何かにごとりと当たる。手探りでそれを探ると、人のようだ。大柄だ。分からないが、八葉だとしたらこの体躯は将臣のような気がする。
記憶がない。一体どうしてこんなところに弁慶はいるのだろう。喉も痛い。何か、延々としゃべった後のような、それでいて焼けつくような。
壁が欲しい。震えが止まらない。立ち上がりたい。手で床の切れ目をさぐると、また何かに、否、誰かにぶつかった。ひきしまった、けれど先程よりは細身の腕。これは分かる、九郎だ。
「九郎?」
声をかける、が、九郎も眠ってしまっているのか、何も言わない。
「……九郎」
愕然とした。一体何だというのか、敵襲か? 龍脈の穢れか?
震える指で九郎の体に手をかける、服はすっかり冷えているが、体は規則的に上下に動いている。ただ眠っているようだったが、背中を嫌な汗が伝う。
と、そのとき誰かが近づいてくる気配がした。ぎゅ、と無意識に九郎の腕を服ごと握りしめながら、弁慶は闇を裂くように見据える。
けれど誰が、何が来るのか分からない、が、
「……気がつかれたか」
声がかけられようやく分かった。
「敦盛くん、これは」
一体どういうことなのか?思ったが、近距離に来たおかげで浮かび上がった彼の顔を見た瞬間、そんな言葉は消滅した。
……思い出した。そうだ、酒を飲んだんだ。しかも多量に。
「……僕としたことが」
「思い出されましたか」
「ええ、大体」
なんという失態。弁慶は文字通り頭を抱える。
そう、弁慶が酒を飲まないようにしていたのは軍師だから、というのは勿論だったが、こう、なんというか致命的に弱いのだ。ある程度までなら構わないのだが、許容量を超えると一気に来る。挙句、なんだか楽しくなっていつも以上に饒舌になるのだ……ありとあらゆる意味で。
「…………うう」
それで過去にも何度か……その時は幸いな事に景時や、気心知れた九郎の郎党が止めてくれたりしたものだが、本当に昔の話だったので、すっかり忘れていたし、軍師としても酒をやめていたので今更発揮するとも思っていなかったのだ。
幸いなのは盃をかわしていたのが致命的な相手(たとえば頼朝とか)ではなかったということだろうか。だがそれゆえに……現に、今だってやってきた敦盛が弁慶をごく、心配そうに見ている、
それに心が痛む。ものすっごく痛む。少なくとも頭の痛みが気にならないほどに痛む。軋む。切り刻まれる。
どうしよう、困った。弁慶は口元を覆いながら視線だけ反らす。細かすぎて最早覚えていないが、なんだか凄いことを散々言った気がする。特に譲と景時にとんでもないことを言った気がする。
「……皆さんは?」
とりあえずおずおずと問うと、敦盛も似たように、控えめに答えた。
「テレビを見ている」
「そうですか」
彼の言葉を裏付けるように、居間と思われる方角から楽しそうな声が聞こえてくる。可愛らしい神子たちの笑い声に、時折ヒノエや景時の調子のいい声が混じり…たしなめるような譲の声、無邪気な白龍の声が混ざる。おそらくリズヴァーンもいるのだろう。
楽しそうで、それは本当によかった。よかったが、いくらなんでもこのまま何食わぬ顔で帰れるほど、弁慶は若くない。とはいえここに居続けるだけの気合いも根性も、なにより体力もない。
困った。ちらり、と、弁慶は思わず救いを求めるように敦盛を見てしまう。や、こうして心配してくれた彼にすがるなど最も非道にも程がある、けれど未だ酔いが抜けていない弁慶はつい彼を見つめてしまった。
そんな弁慶を敦盛は慰めてくれた。けれど
「………………あまり気にすることはないと思う。知盛殿や惟盛殿は、もっと凄かった」
「…………そうですか」
八葉の良心の言葉は少し的外れで、弁慶を慰めるどころかあんな面子と同じ扱いなことに少なからず傷ついた。
けれど、きっとそれは自業自得。ああ、彼らと同列に落とされるほどの罪を僕は罪を重ねてしまったのか。天を一度仰いで、溜息をついた。
「そうですか……」
繰り返す運命。俯き、傍らの九郎を見つめた。さっきも誰かに言ったような気がするが、いつになったら自分は、こんなにもまっさらな九郎に向き合うことができるのだろう。いつか彼と笑いあうことが許されるのだろうか。
心はまるでこの玄関に満ちる闇のようだった。暗くて、冷たい。どんよりと濁る。
けれど……だからといって、そうここにいたら自分も九郎も冷えてしまうだろう、という事実と同じように言い訳でしかないとしても、罪だというならば償わなくてはならない、その為には留まることは許されない。未だ、どうすればいいのか弁慶は思案したままではあったけれど、
「とにかく、戻りましょうか。九郎たちもそろそろ起こさないと」
今年の咎は、今年のうちに。覚悟を決めて、敦盛に言った。
だというのに……起こすより抱えていった方が早いだろうと、九郎の体の下に自らの腕を差し入れようとしたところで、
「いや、」
控えめな敦盛の声と温かな指が、弁慶を止めた。驚いて、弁慶は彼を見た。そして更に驚いた。……何故か、敦盛は少し恥じらったような表情で俯いていた。
「……どうかしかましたか?」
「ああ、その、弁慶殿」
問いかけにも何故か戸惑う彼の声に、弁慶も戸惑った。しばしの沈黙のあと、けれど、向き直り、きっぱりと言った。
「……その、私にも何か、言葉をいただけないだろうか?」
「……え?」
「先程のあなたの言葉は、見事に皆の確信をついていたように、思う。だから、その、是非……」
私の事も切り捨ててくれないか。
その言葉は控えめだった、けれど、静まり返った玄関で響くには十分な大きさだった、
そしてそう、弁慶を本当に絶句させるのに十分なほどに真摯だった。
「……そう、ですか」
「……ああ……」
「……」
「……」
再び降りる静寂、それは弁慶にはまるで永遠のように感じたが、遠くから聞こえる神子たちの声が有限だと示す、それが更に彼を追いつめる。
「……今、ですか」
「ああ、できれば、今がいい」
「……」
挙句、譲らない姿勢に、気がついた。そういえば、彼の指先は温かく、
改めて見ると、瞳はいつもより微かではあるが、浮かれている。
それってつまり。
敦盛くん君もですか。
だが当然も当然、弁慶はそんな事を言える立場ではなかった。そもそも、すっかりと酔いの抜けてしまった彼に、もはやそんな勢いが存在していなかった。
痛みは感覚を冷ましてゆく。
どうしよう。これじゃまるで拷問だ。
絡め取られるような視線を受けながら、弁慶はちらりと転がる九郎を見た。彼を起こしてしまおうかと思ったのだ。そうすれば今この状況からは逃れられる。
「……」
それでも……けして、九郎を散々に罵った言葉を思い出したからとか、そんな理由だけじゃなく、弁慶は一度、大きく首を振った。
乱れた前髪が目にかかるが気にとめず、ゆっくり九郎から手を離し、重ねられた敦盛のそれも丁寧にどかす。
「弁慶殿?」
そして改めて向き直り、きちんと座して、指をちょこんと床に着いた後、心の底からの気持ちを込めて頭を下げた。
「すみませんでした」
せめてもの救いがあるとすれば多分、明けましておめでとう!!なんていう神子たちの明るい声が家じゅうに響いたのが、それから一拍後だった、ことくらいだった。
私がすみみせんでした。
弁慶が酒弱い設定は、
周囲が九郎景時将臣と強そうなメンバーしかいなかったから弁慶くらい弱い方が楽しいじゃん
ってところから来てます。
最初は望美たちもターゲットだったんですが、
白龍と朔ちゃんを罵る弁慶だけはどうしてもどうしても書けなかったので出かけてもらいました。
みなさんもよい年末をお過ごしください。
弁慶さんを困らせてみた企画(2):記憶を取り戻して困る弁慶
(28/12/09)