・この先すべて後付けの続編になります
・PSP版(with十六夜記)は未プレイです
朝の光が瞼に落ちて、目が覚めた。
起き上るなり、体が軋んだ。
「っつ」
その上、いつもと同じ頃合いに起きたはずなのに、全身がひどくけだるい。けれど、それをらしくなくくすぐったく感じてしまうのは、久しぶりだったからだろうか。
そう、体が痛いのもそのせいで、けして年のせいなんかじゃない、と、思いたい。つい加減ができなかったから、ということにしておこう。
視線を落とすと、まだすうすうと寝息をたてて九郎が眠っていた。丸くなって少し寒そうだ。そっと、起こさぬように、弁慶は自分の分の布団もかけてやる。身勝手にも、それだけでつい、顔がゆるんでしまうのを抑えきれなかった。
一年ぶりの再会はあまりにも鮮烈で、一年ぶりの抱擁はあまりにもあたたかだった、ゆえに、それだけでは終われなかった。
あの後……九郎に感謝を述べた後、いくらもたたないうちに彼の腹がぐうと鳴ったこともあって、かろうじて夕餉はとった。肩を並べてつまみながら、積もる話をいくらかかわした。
九郎が京に来て弁慶を探しまわっていた時の話が主だった。こんなことを言われていたぞ、と、弁慶の噂話を口にする九郎、というのはなんだかとても新鮮なような気がした。きっと、彼の短い髪も相俟って。
けれど長くは続かなかった。弁慶も、きっと九郎ももっと色々言葉を交わしたかったような気がした、けれど、いつしかどちらからともなく見つめ合い、くちづけていた。やんわりと唇が触れあうだけでたまらなく、あっけなく感情にのまれた。
そのまま何度も触れるだけの口づけを繰り返す。子供のようだ、と自分でも思ったけれど、どうしてかその先に至れずに、ただ唇を重ね指を絡めていた。
九郎のてのひらは少し、本当に少しだけど、薄くなったような気がした。痩せたのかと問えば、九郎は目をそらしつつ、譲の飯は美味すぎた、と、きまりが悪そうに言った。それは弁慶も同意せざるを得なかったので、成程、と、笑顔で返した。
そんな状況に短気を起こしたのは九郎だった。指が離れた、と思った矢先、それは弁慶の襟元に滑り込んできた。怨霊や平家の手の者と戦っていたころと違い、今は重ねが少ない、ので簡単にはだけられてゆく。直に肌を這う九郎の硬い手のひらに、それだけで息が零れ、力が抜けそうになった。
弁慶も九郎の衣をはぎとりにかかった。するすると暴いていった。彼もいくらか緊張しているのか、人差指で肌を首筋から下へとつたえば身を強張らせた。すっかりと熱くなっている彼のものに触れると、いっそう大きくぴくりと揺れた。目を覗きこめば、困惑していて、つい綻んでしまったけれど、それを指摘する時間を与えられるより先に、九郎が再び唇に噛みついてきた。濡れる。今度はもっと深く、絡まる。不意だったから息ができずに、弁慶は逃れようとするけれど、すぐに九郎が追い打ちをかけた。それだけで弁慶は揺らいだ。油がじり、と焦げる音がすぐ耳元で聞こえるような気さえした。
昔ならこんなことはなかった。久しぶりだから、というよりは、多分、もう九郎から離れる必要がないのだと、その事実が弁慶を昔より無防備にしているのではと思えた。以前は、特に鎌倉に来てからは、常に頭の片隅で、九郎に心を許しすぎてはいけない、九郎を利用していることを忘れてはいけない、と思っていたのだから。でもそれだけでこんなに違うものなのだろうか? 愕然とした。幾度と上体が沈みそうになった。まるでこうするのがはじめてだとでもいうような錯覚を覚えた。
けれど今更この性格で、しかも散々に九郎と交わっていたくせにそんな事を思う自分に、更に気恥しさを感じてしまい、
ちょっと待って、と、息も絶え絶えに九郎を押し返すも、うるさい、と一蹴され逆に腕をとられた。その時に交差した、熱に浮かされたような瞳と、なにより短い髪の彼の見目が、弁慶の頬をますます焦がした。
そんな弁慶に容赦なく、あるいは弁慶の乱れに気付いていないのか、九郎はさらに迫ってきた。ざらりと舌が首筋を辿ると、もう閉じることのできなくなった唇から、あ、と、声が漏れた。喉が渇きを訴えた。
無意識に、空いている方の腕が九郎の首に、頭に伸びた。昔なら長い髪を指に絡めるのを楽しんでいたけれど、それはもう無い。かわりに後頭部に手を差し入れると、弁慶のものよりは硬い髪が手のひらに刺さった。音にすればさくさく、とでも言えそうな新鮮な感覚に口元がゆるむ、けれど、それもつかの間だ。九郎の唇が二の腕まで落ちてきた所でいよいよ抑えが利かなくなってきた。
だったら、と、九郎の腕を遮って、その手を自分と、そして九郎の下肢へと伸ばし、はりつめ気味のそれらに指を絡めると、九郎が息をのんだ。目を見開いた彼に意地悪な笑みを返しつつ、もみしだくように両手の指をやわりと動かせば、九郎の整った顔は更に崩れた。いくらもたたないうちに手のひらが濡れた。
焦らそうとも思っていたはずだった、けれどすぐに足りなくなって、上下に動かし始めれば水音が混じった。九郎の息があがってゆく。互いのもの同士をこすり合わせれば、ますますだ。愛らしい様子に笑みが零れる。甘く痺れるような感覚が胸を満たす。
けれど、駆り立てられているのは弁慶も同じ。自分でしていることとはいえ、彼の熱さに、かたくなってゆくものに余裕がなくなってゆく。両手で自分と、それに九郎の欲を直に測り取れているからますますかもしれなかった。
再び九郎に頬を寄せもたれかかった。鼓動がした。それだけで更に息をこぼしてしまいそうだったというのに、聞き惚れる間もなく、弁慶、と、耳元に熱い息が触れた。風のような随分とたどたどしい声だった。弁慶も返そうと思って視線をあげようとした、けれど上手くできず、返答は喘ぎに変わってしまい、そしてほどなく共に、あっさりと達してしまった。
いくらなんでもあまりにも早すぎだった。だからつい、まだ余韻も抜けきらないし、息すらたどたどしいというのに、弁慶は口を開いてしまった。
「随分、早いですね九郎」
「お前だってそうだろう」
宵闇を深める束の間の静寂を壊す、情緒もなにもないやりとりに、まだ赤い顔の九郎はすこし膨れた。挙句……もしかしたら仕返しなのかもしれない、間髪いれずに弁慶に再び迫った。
ずるい、と思った。弁慶からしたら久しぶりの情事だということもだけどなにより、未だに九郎の髪の短い姿に慣れていなくて、こうして向かい合い他愛のない会話をしただけでも困惑した。見入った。あまりにも一方的だった。なのに、九郎は隙を与えない。そういうところは変わらなかった。……弁慶の中に指をさしいれるのに、少し強張った顔をするところも。
そこからは九郎が優勢になった。探りながら入れられた指に、弁慶の体は簡単に跳ねた。腰が浮き、あられもなく声が出た。その間にも、九郎のもう片方の手がぐいと抱き寄せられて、指が更に奥に伸びる。くるり、と確かめるように内壁をいちどなぞられるだけで、弁慶は止めどなく喘いでしまった。
久しぶりの感触は、あまりにも鋭利に弁慶を犯した。体内を侵すことは自分でもしなかった。ゆえに、それは直に九郎と過ごした日々を連れて来た。
目の前にいる九郎と同時に、幾重もの彼の姿が、この身に沈む記憶がよぎって、たまらずに九郎にすがった。これは九郎だ、と有無を言わさず刻まれた。九郎の事だから無意識なのだろうけれど、その指の動きは慣れ親しんだものなのもなおさらだ。一年以上も月日を隔てているというのにこんなにも的確に、弁慶の弱いところをかすめてゆく彼に、憎らしい、と思うことさえできなかった。
時の流れや変わってしまった関係が、溶け落ちてしまった心が、いくらなんでも弁慶をさらけ出しすぎていた。そのせいであまりにも直接に九郎を感じすぎていた。口づけだけで息をあげてしまったほどだ、今は更に心身を晒されているようで、鋭利すぎて、否応なしに感じさせられている、といった方が近しいとさえ思えた。けれどそれは……心地よかった。彼を遠ざけた自分がそう思うことなど許されるのか、と自問しつつも、彼のもたらす勝手知ったる悦楽に乱れ、まっすぐに向けられる感情に弁慶は沈んだ。ただ瞳を伏せ身を揺らした。
指がふたつ、みっつと増えていくうちに、胸にかかる九郎の息もどんどんと荒く、熱くなってゆくと、今度は弁慶にも少し余裕が出てきた。彼が昂ぶってゆく姿を見れば欲を覚えた。まるで、自分が彼を統べているのだというような……実際は全くの逆なのに、と、内心自嘲しながらも笑みを隠せない。弁慶の様子が変わったことを不思議に思ったのか、九郎が見上げてこようものなら、ますますだ。挑発するようにまっすぐに微笑みを向ける、と、九郎は望み通り、彼のものを弁慶にあてがい、挿れた。後はただ喘ぐのみ、だった。膝で自らの身を支えることもいよいよままならず、ただ、九郎に全てをゆだねた。
その間にも、九郎は弁慶の名を呼んだ。そのたびにどんどんと感覚が高まってゆく気がした、否、気のせいじゃなく、
繰り返し、彼の声で、瞳で紡がれる「弁慶」という言葉に心を底から揺り起こされる。彼を希求する想いを。
遠い過去の透明だった頃の想いを。
彼が好きだということを。
そんなことを抱き合って痛感するなど、浅はかにもほどがあると自分でも思う。一番最初に騙し打ちのように九郎を奪った記憶も相俟って、さらにいたたまれなさのようなものも感じずいはいられなかった、けれど……、
こうして未だに眠っている彼を見つめ続けていればそれだけで、身も心も引きしまってゆく。
九郎はたくさんのものをかなぐり捨てて弁慶に想いを、彼のすべてを伝えに来てくれた。だったら。
今度はこちらの番だった。