早朝の海に浮かんでいる舟はとても気持ちのよさそうなものに見えた。
とはいっても漁船なのだろうから、乗っている人たちは忙しくてそれどころではないのだろう。
この季節はどんなものが揚がるのだろうか?
ここと沖とは随分離れていたけれど、たまに男たちの歓声がここまで届くものだから、もしかしたらなにか大きいものでも捕っているのかもしれない。
こその光景に、弁慶はふと熊野別当である甥のことを思い出した。
彼ならきっとどこかから舟を調達してあの中へ混ざりにゆくのではと思えた。
あんなにもまっすぐ熊野を想うような感情は、弁慶にはほとんど無縁だったけれど、彼がああして楽しそうに熊野を語るのは、叔父としたらやっぱり喜ばしいことだった。
なんてことをのほほんと思っていたら、
途端、背後でがさがさと音がした。
音は浜の脇を通る道の向こうの林から聞こえてきた、幸いなことに距離はまだ少しある。
A まさか、本当にヒノエなのだろうか、と、振り返り彼を呼んでみる
B そんなに都合がよく行く筈はない、目の前の大岩に隠れて様子を伺おう