弁慶は波の音のする方へ一歩足を踏み出した。
けれど途端に、いきなり外套の中、腰のあたりがぱあっと白く光って、光が弾けた。
眩しさに目を閉じる。
もう一度開いたら、もっと眩しい光が彼を覆っていて、再び瞳を閉じてしまった。
しばらくそうしていたけれど、さっきまでの黒の空間にはなかった、頬に風あたる感覚がして、そろそろ平気だろうか、と、弁慶はゆっくりと、両手で覆いながら目を開くと、
眼下に青い海が広がっていた。
知らぬ間に、弁慶はどこかの、海の見下ろせる山の中腹にいたのだ。
しかも見覚えがある。
本当に熊野かも知れない、弁慶はあたりを見回す。
けれど周りに見知った顔は無い、頬をつねってみたけれど、夢でもなさそうだ。
「望美さん、九郎?」
名を呼んでも、ただ波が打ち返すばかりで他には人の影一つ見えない。
弁慶はとりあえず深く外套をかぶり直した。
そして、慎重に、さっき光ったあたり……懐に手を偲ばせると、そこには白く小さな、きらきらと輝くものがあった。
「……これは?」
まじまじと眺める。それは真珠の光沢の、鱗のような形のものだった。
弁慶は似たものを知っている。
白龍の逆鱗。
強大な力を持つというそれ。けれど手に入れるには龍神の命を奪わなければならない、
だから実際どのような力を持つのか……人の子ならば、ほとんど誰も知らない。
弁慶が知っているのは彼の仲間の白龍が喉元につけているものによく似ているということと、……神をも恐れぬ平家の主が黒の鱗を持っているのを見た、ただそれだけの理由だ。
ただ、大きさは全く違う。
弁慶の知っているものと比べれば、それは半分ほどの大きさしかない。
それに、陽に透かしてもてもきらきらと輝くばかりで何もおきない。
なのにだったらさっきどうして光ったのか分からない。
これが、さっき聞いた、「白龍の力を借りた」という事なのだろうか?
空を仰ぐ。なんで熊野にいるのかはさっぱり分からなかったし、これが一体今の熊野なのか、そもそも幻じゃないのか、それもよく分からなかったが、
どっちにしても、ここが熊野でないとしても、やるべきことはそう変わらない。
A とりあえず海まで行ってみようか
B それより誰か人を探してみよう