フォロワーさんに頼まれて!!!
遅くなりましたが、5/23の恋文からのキスの日バディでございまする!!!
楽しんで頂けたら幸いでございまする!!!
お疲れ様です、と言い置いて。
未だ書類と格闘し続けている年上の相棒を尻目にオフィスを出た。
書類仕事が苦手なのは構わないが、それでももう少し仕事を覚えればいいのに、とも思う。
ただ、彼の頭の固さや古い人間だということも加味してしまえば、【仕方のないこと】と行き着いた。
仕方ない、とは思うが、手伝おう、という気にはなれない。
幾ら仕事の相棒であって、気心が知れた仲だろうとも。
守らなければならない一線というのは存在する。
手伝うのは彼にとっては甘やかすだけ。
理性的にそう切り捨てて、ヒーロー事業部のあるフロアからエントランスへと続くエレベーターに乗った。
出勤及び退勤の際は、どんなに持て囃されるバーナビーとは言え一般のスタッフと同じエレベーターに乗る。
特別待遇なのは出動時のみ。
出動時は専用のエレベーターがあるのでそれを使えるが、実は止まる階も限られたもので出勤、退勤時には不便なものである。
最初のうちは慣れなかったが、今では誰かが入ってきても涼しい顔をしていられる。
アポロンメディアという大きなTV局のため、乗ってくるのは様々な人だ。
一般のスタッフや社員であれば、多少ミーハーな者であれば顔を喜ばせてみせる。
そういう場合は可愛いもので、バーナビーも少しだけ気障に「see ya!」と別れ際に言ってみせる。
スタッフや社員専用ということで一般人は流石に乗ってはこないが、それよりもかなりの頻度で俳優やアイドル、アナウンサーも乗ってくる。
男性の場合は偶に握手を求められたりと、相応の挨拶がある。
だが、バーナビーの場合女性からの相応以上の挨拶があった。
辟易した頃もあったが、どの女優やアイドルなら大丈夫なのかは身を持って体験した。
なので、時折に留めているのだが、エレベータの中で秘密裏の取引をし、後に約束の場所で美味しく頂かせてもらうということもある。
もちろん、秘密裏の取引をするのは口の堅い者ばかり。
そして、気付いたのはバーナビーとの取引を恙無く履行するのは年上の女性達のほうが多い。
そう彼女達は、まさに遊ぶことに慣れている。
妙齢の女性になればなるほど、バーナビーの若い肉体を所望せず、贔屓にしているレストランでの食事と酒やデザイナーにスーツを誂えさせたりと、振舞うことに熱中する。
彼女達は揃いも揃って、甘やかしたくなる、とはぐらかすように真意をバーナビーに告げている。
セックスもまた楽しい遊びだが、俗に言う若いツバメを甘やかし、また一人前の男にするのも楽しいのだ、と誰かが言っていたか。
人生経験を積んだ彼女達に、バーナビーは上がる頭はない。
男としての女の扱い方を叩き込んでくれる彼女達は、最早バーナビーの良い教師だ。
バーナビーを乗せたエレベーターは止まることなくエントランスへの階を突き進む。
結局、今日は誰も乗ってはこず、エレベーターはエントランスのある階を知らせて止まった。
開く扉をすり抜けて、ゲートへと向かう。
カーゴに突っ込んだままのIDカードを取り出して、認識させる。
警備員が緊張した面持ちで「お疲れ様でした」と言ったのに対して、バーナビーも穏やかに「お疲れ様です」と返した。
呼び出されない限りは、これからは何の予定もない。
大きなガラス張りの正面玄関を抜け、夕方の外気に触れる。
もうプライベートだ、とバーナビーはジャケットの両脇のポケットに両手をそれぞれ突っ込んだ。
かさり、とポケットの中で指が遊ぶ。
(―なんだ?)
カーゴのポケットの中にはいろいろと入れているが、ジャケットのポケットには物をあまり入れないようにしている。
覚えのない感触を不信に思いつつ、そっとその物体をポケットの中で辿る。
かさりとした乾いた感触は紙だと知れた。
そろりと引き出せば、見慣れた薄茶色。
封筒なのは確かだが、業務用で使われる長封筒ではなく手紙用の封筒。
不審物が入っていないかと、封は開けずに指で確かめる。
と、糊が甘いのか封の部分がぺらぺらとはがれてしまった。
自然とバーナビーは笑ってしまった。
もしも、この手紙が本当に不審物だというなら、もっと丁寧な造りをしていることだろう。
曲りなりにも、不審物という性質上もっとしっかりとしているべきだ。
裏と表をしっかり確認したが差出人は書いていない。
ファンレターならよくあること。
だが、ふと、疑問に思うことがある。
(いつ、入れたんだ...―)
今朝は確かに入ってはいなかった。
出動は今日は2回あったが、会社のロッカーの中に突っ込んでいたはずだ。
だとすると、それ以外ではどこで接触があったのか。
良く考えれば、ファンサービスの一環で握手やサインなどと他人に接することはある。
その上で、バーナビーに気付かせず手紙をポケットに入れるなど、出来るはずもない。
確かに接する機会は大きいが、余程のスリの手練れかでなければ不可能に近い。
どんな人物が何の目的でこのような手紙を入れたのか。
全ての危惧より興味が勝った。
封の甘さも、いつ入れたのかも、実に興味深い。
封筒の中身が覗き、白い便箋が見えた。
躊躇いもなく取り出して、広げればそこには。
確かめたのだから、剃刀など単純な仕掛けもない。
独特ではあるが、丁寧に書かれた文字が短く並んでいるだけ。
さらりとバーナビーは目を通した。
親愛なるバーナビー様
突然のお手紙をお許し下さい。
私は貴方に家族を助けて頂いた者です。どうしてもお礼を申し上げたくてお手紙を致しました。
本当でしたら直接申し上げねばなりませんが、お忙しい様子。
家族を救っていただき、本当にありがとうございました。
これからのご活躍をお祈り申し上げます。
"Dear"から始まるのは、丁寧な文章。
熱烈なファンレターか、と思いきやそうではない。
お礼の手紙に分類されるが、どこかゆったりとした穏やかさはバーナビーの興味を更に引いた。
それに、この手紙はどこか彼女に似ている。
マーベリック事件の際に亡くなったサマンサに。
バーナビーが唯一と家族と呼べるほどに親しかったシッターであるサマンサ。
彼女を思い起こすような、そんな優しい手紙。
駐車場へと辿り着き、愛車に乗り込む。
ふわり、と自分が笑っていることに気付いてバックミラーを見る。
(久し振りだな、こんな気持ち―)
そこには、自分でも納得するほどに穏やかな顔をしている男がいる。
普段ならば、一読して定型の無機質な手紙を返すのが常だ。
だが、無性にこの手紙には、バーナビー自身の手で返信したくなった。
差出人が不明なのがとてつもなく悔しい。
優しい、穏やかな手紙をくれた人はどんな人かと思いを馳せる。
熱烈さも、歓喜すらもなく、自己主張すらない御礼の手紙。
ヒーローという職業に確かに誇りを持っているが、これほどまでにこの職業について良かったと思わせるものはない。
打算も含めて就いた職業ではある。
だから、どこかに負い目があるのかもしれない。
特に、コンビを組んだ相棒は打算も何もなく"誰かの力になる"為にヒーローとなった人だ。
その打算のなさを見せ付けられているからこそなのかもしれない。
それでも、この手紙の主は。
心からの御礼をバーナビーに渡してくれた。
また、明日もヒーローとして立てる。
誰かを支えることができるだけで、それは戦う勇気になり得ることを知った。
再生紙を使った薄茶色の洋封筒。
差出人もなく、便箋が1枚入っているだけ。
その一方的ではあるが、穏やかな手紙のやり取りは月に一度、二度と入っていた。
バーナビーは、その手紙を楽しみにするようになっていた。
確かに、いつ、どこで、バーナビーのポケットの中にこの手紙を忍ばせたのか疑問は残る。
周到に見張っていたいが、手紙が入る日の予測はつかない。
それも含めて、この手紙が待ち遠しくなった。
手紙の主の人となりや、どんな思いで綴っているのか。
それは文面だけで想像するしかない。
自己主張のない、穏やかな人物。
たおやかな女性と思いたいが、男性の可能性も捨てきれない。
手紙の内容も、エスカレートすることはなく、むしろ。
もし読んで頂けていたら嬉しい、とそれだけが差出人の心情として綴られているだけ。
昼夜の気温差が激しいから気を付けて、体を冷やすのは万病の元、しっかり食事を摂って。
どれもバーナビーを心配するものばかり。
まるで、天国のサマンサが綴っているような気さえさせる。
亡くしたはずの人の声を、便箋を通して聞いているようだ。
手紙を開く度に、あなたのおかげで立てています、とだけ心の中で返す。
その為か手紙が入っていた翌日は、バーナビーの機嫌はすこぶる良くなった。
書類仕事と格闘していれば、隣のサボることにしたらしい相棒がキャンディを舐めつつ視線を寄越す。
「機嫌いいな。」
仕事上では付き合いは長くなった。
そうなると、相棒の機微など簡単に感じ取ってしまうのだろう。
「えぇ、昨日いいことがあって。」
差出人不明の手紙を貰って喜んでいる、とは流石に言えない。
かなりの確率で、不審物に認定され、没収さいうことになるだろう。
「ふぅん。」
相棒はそれ以上は興味が失せたのか、視線をパソコンのモニタに移してしまった。
ジェイク戦以降、バーナビーが歩み寄った甲斐もあって虎徹との仲は驚くほど近くなった。
食事や酒だけでなく、僅かばかりプライベートも一緒に過ごすようになった。
それほどまでに近くなっていたはずだった。
だが。
身を以って体験した、と言うように、一度だけバーナビーは失敗を犯したことがある。
エレベーター内の秘密裏の取引を、バーナビーには珍しく同年代のシンガーと交した。
無論、信用してだが、女という生き物は強かだ。
売名を目論んだらしく、バーナビーと一緒のところを三流雑誌にリーク。
それを、パパラッチされたまでは良かった。
ところが。
件の三流雑誌は、当事者であるバーナビーに取材をするのかと思いきや。
バーナビーがボロを出すはずがないと理解したのだろう。
その矛先を相棒であるワイルドタイガーに向けた。
バーナビーの彼女ということで、シンガーの名前を確認した取材者に対し。
ワイルドタイガーである虎徹は、これ以上ないという程の模範的な回答をした。
もちろん、それは虎徹がバーナビーを守ろうとした結果に他ならない。
通常なら、ワイルドタイガーはバーナビーよりもボロを出しやすいと思われているだろうが、伊達にこの業界には十年も在籍していないのだ。
「相棒のプライベートまでは、把握していませんから。」
真っ青な顔をして答えただろう。
虎徹はそれ以上を言わなかったという。
そして、それを実践するため、虎徹はその事件以来バーナビーと過ごす時間を極限まで減らしていた。
巻き込んでしまった、という申し訳なさもある。
また、下半身が緩いとでも思われただろう。
特に今のヒーローズはスキャンダルには無縁の人物が多い。
全ての好意を等しく扱うためか、特別な感情をもうち壊すスカイハイ。
ミステリアスとは言うものの、どちらかというと全てをネガティブに捉えてしまう折紙サイクロン。
ラテン系とは公表されてはいるが、視聴率の女王一筋のために女の気配がないロックバイソン。
心は女と豪語するようにオネエの道を走るが、堅実な道を歩むファイアーエンブレム。
高校生という多感な女の子のために、潔癖が災いしてか彼氏の影もないブルーローズ。
年齢的に興味が持てないのか、まだ子供の自由奔放さしかないドラゴンキッド。
そして何より。
五年ほど前に妻を亡くしたというものの、田舎に残した娘のために仕事以外に見向きもしない相棒であるワイルドタイガー。
一世代前のヒーロー以来のスキャンダルだ、と言った虎徹の目は笑っていなかった。
売名行為を目論んでいたこともあって、そのシンガーとは痛み分け状態で事実無根としたが。
シンガーが夢に出てきたのに、と虎徹はずっとぼやいていたか。
夢に出てきた女性は好きになるほうだ、とは言っていたから、思い入れはそこそこはあったらしい。
売名行為を平気でやる要注意人物だ、と知れたと言えば。
嫌味のように「モテるオトコは大変ねぇ」と返ってきた。
それ以来、虎徹はバーナビーと過ごすことを避けている。
特に問題があるわけではないが、彼と過ごす時間が少なくなってしまったのは少し寂しい。
また、いつかのように虎徹と騒がしく酒を呑みたい。
バーナビーがそう思っても、当の虎徹は全くもって興味を示してはくれなかった。
親愛なるバーナビー様
再びのお手紙をお許し下さい。
日中は暑いと申しましても夜は冷え込みます。
騙されたと思って、ジンジャー入りの砂糖を使ってみてください。
これからのご活躍をお祈り申し上げます。
親愛なるバーナビー様
もしこのお手紙を読んで頂けておりましたら嬉しいことはありません。
先日、雑誌でボイルドエッグの皮むきを失敗すると見ました。
茹でたてをすぐに水に浸けてみてくださいませ。
これからのご活躍をお祈り申し上げます。
親愛なるバーナビー様
お手紙を読んでいただけることを願って。
暑いとどうしてもエアコンに頼ってしまわれておりませんか?
夏の野菜は体の熱を取る作用があると申します。
これからのご活躍をお祈り申し上げます。
一枚、また一枚と手紙は増えていく。
気が向いたときに、バーナビーはその手紙を読み返すようになった。
"Dear"から始まり、"I wish you continued success and prosperity."で締め括られる短な手紙。
誰しもお守りを持つが、バーナビーにとってはまさしくこの手紙がそのものになっていた。
かさり、とバーナビーはその手紙をめくっていく。
今は出動待機中のトレーニングセンター内。
ベンチに座って、ゆっくりとその手紙を読んでいた。
十枚にも満たない便箋だが、どんなものよりもバーナビーのための支えとなっている。
手紙を読むバーナビーの近くに、影が一つあった。
「何を、読んでいるんですか?」
ヒーローではない状態の彼は、まさしく礼儀正しいが自信のない好青年という言葉がしっくりくる。
バーナビーは目線を上げて、年下の先輩であるイワン・カレリンを見た。
「手紙ですよ、先輩。」
隠すような内容でもないため、バーナビーは手紙を差し出した。
それを、イワンは戸惑いつつも受け取り、僅かな文面に目を通していった。
読み終えるまでに、時間がかかることはない。
どんなにじっくり読んだとしてもせいぜい五分がいいところだ。
再び、バーナビーの手に戻ってくれば、イワンは少しだけ複雑な顔をしていた。
「その、コイブミみたいですね。」
イワンはバーナビーに聞き慣れない単語を敢えて使っていた。
「コイブミ?」
その聞き慣れない言葉をバーナビーは律儀に聞き返す。
「えっと、"love letter"と言うのが一番近いかもしれません。」
バーナビーの知る限りで言えば、"love letter"とは差出人が宛先へと愛を綴った文章となっている。
だが、バーナビーが一方的に貰い続けたこの手紙には、そんな愛を綴った文章は一文もない。
「あの、その、オリエンタル、というかジャパン古来から、コイブミには直接な愛の言葉を、書かないんです...。」
綴るのは、相手をただ想っているという婉曲な文面だけ。
穏やかで、優しくて、それでいて、強い願い。
愛しているという言葉を使わずに、想っていることを知らしめる。
(どうして、気付かなかったんだろう―)
オリエンタル古来の優しい愛の手紙。
イワンに言われて、ピンとくるものがあった。
これをピンとくるものがあると言わずして何と言う。
慌ててバーナビーは立ち上がる。
ばらばらと手紙が床へと散らばっていった。
大切なものだろうに、とイワンが拾おうとするが、それすらどうでもよくなった。
バーナビーはその便箋以上のものをもう知っている。
「バ、バーナビーさん、手紙!」
イワンが少ない便箋全てを拾い上げてバーナビーに差し出すが、バーナビーは差出人目指して歩き出す。
確かに家族を救った。
大切な、大切な、たった一人の娘。
それに、アドバイスの御礼を言わないと。
手紙の文字が違うなんて、あの人には本当は簡単なことだ。
上司とよくこんな複雑な文字が書けるなって、漢字に対して感心していたんだから。
あと、何が夢に出てきたシンガーだったから気になってた、だ。
なんて人なんだ、あの人は。
あぁ、いや、違うな。
僕がバカだっただけだ。
面倒だから、とトレーニングをバーナビーより先に切り上げて、帰る算段を整えていた人のところへと向かう。
バーナビーの予測した通りに、その人はシャワーを浴びたばかりでバスタオル一枚を巻きつけたままの姿だった。
「虎徹さん!」
億劫そうに髪の水気を拭く虎徹をバーナビーは呼ぶ。
「ンぁ?」
興味がない、と言いたげな曖昧な返事だが、その正体が何かを知っている今は舞い上がるほどに嬉しい。
「朝食のゆで卵、茹でたてを水に浸したら簡単に剥けましたよ!」
言いたいことはそれではなかったが、それでも確かに虎徹の顔がみるみる真っ赤になっていくのだけは確認した。
「い、イキナリなンだってンだ!」
耳まで真っ赤にしているのに、目線は合わせようとはしない。
「あと、最近はちゃんと朝食は摂っています!」
一方的な手紙はどれもバーナビーを心配するもの。
面と向かって言えなくなったから、と彼なりに考えた末での出来る限りの行動。
「だから、何のことだよ!」
知らないと言いたげなのに、その表情が全てを物語る。
なんて、優しい人だろう。
目元を朱に染めて、どこか泣きそうなのはきっと気のせいではない。
そんな虎徹をバーナビーは捕まえて、逃げ場所を奪う。
壁を背にした虎徹は、少し怯えたような目でバーナビーを見ていた。
「手紙を、ありがとうございます。」
優しくて、温厚な彼の唯一の。
恐らくは、嫉妬。
バーナビーが虎徹ではなく、別の人を選んだということへの嫉妬。
その上で、バーナビーを守るために、プライベートでの二人の時間を犠牲にしたようなものだ。
虎徹自身がバーナビーへの想いに気付いているかは定かではない。
だが、嫉妬してくれたことがこんなにも嬉しい。
「虎徹さん。」
バーナビーに追い詰められて、固まっている彼に呼びかける。
「キスを、させてください。」
突然の申し出に、虎徹は目を丸くする。
どうせ、男同士ですることじゃないとでも言うつもりだろう。
言葉を発しかけて開いた唇を、奪う。
唇を押し付けて、上唇を食む。
ちゅ、と音をさせて吸い付いて、柔らかに唇を舐める。
何度も何度も、咥えた上唇を食んで、無防備な上の歯列を舌先でなぞって。
抵抗をするつもりがないことを確認すれば、舌を中へと差し出す。
奥へと押し込めて、上顎を舐め回す。
「...ん!...ん!」
離れろ、と腕が突っぱねてくるがお構いなしだ。
何しろ、この人に、僕が好きだと気付かせなくてはならない。
引っ込めた彼の舌を追いかけて、掬い上げるように絡める。
僅かに唾液を送って、彼の口腔内を潤いで満たす。
ぬる、ぬる、ぬる、と舌を舐め上げれば。
突っぱねていたはずの腕が、縋る腕に変わった。
逃げたらいいのか、それとも応えたらいいのか。
戸惑ってばかりのキスが、与えられるままに、分け合うような動きへと変貌していく。
バーナビーが侵入していたのが、いつの間にか虎徹が侵入するようになった。
舌先をつついて遊び、入り込んだら甘く吸う。
舌の付け根に差し込んで強く擦れば、任せるように身を委ねてきた。
もっと、もっと、と互いに奥まで導いて。
深い口付けを心ゆくまで交した。
充分と堪能して口付けから解放すれば、虎徹はずるずるとその場に座り込んだ。
「あの手紙は、貴方じゃないと書けない。」
そう、バーナビーを誰よりも知り尽くし、寄り添う者でなければ。
「...ン。」
短い、肯定の返事だけがあった。
十枚に満たない、優しい手紙。
それは、虎徹からバーナビーへの想い。
虎徹の体を支えて、そして抱き締める。
「あなたのおかげで、僕はどんな苦境でも立つことができています。」
やっと、バーナビーは手紙の差出人へ、返事を告げることができた。
虎徹との久し振りの約束を控えて、バーナビーはいそいそと退勤のためにエレベーターへと乗り込んだ。
このまますんなりと、目的階へと止まることなく到達すれば幸運だ。
そう願っていたが、途中の階でエレベータは止まった。
乗り込んだのはある女優一人。
彼女はバーナビーなど目もくれずに、静かに乗り込んだ。
「いい顔をするようになったじゃない。」
目線は合わせず、彼女は言う。
「本物の恋を知ったら、本当の男女の関係になりましょう。貴方はそう言った。」
彼女はかつて、バーナビーを一人前の男にするために甘やかした者の一人。
以前にそう零して、バーナビーと徒に寝るということをしなかった女傑だ。
そして、今はバーナビーは【本物の恋】を知っている。
「そうね。でも、貴方に貴方の為の本当の恋を教えるのも、私たちの嗜みでもあるし楽しみでもあったのよ。」
恐らく、彼女達は知っていたのだ。
バーナビーは女の強さに首を振る。
「今度、またその嗜みと楽しみを奪ってごらんなさい。容赦はしないわ。」
バーナビーに想いを寄せ、誰よりもバーナビーを支えることの出来る虎徹に、スキャンダルのフォローをさせた罪は重い。
命を賭けるぐらいの覚悟をしなければならないだろうか。
エントランスの階を知らせる音がして、エレベータは止まる。
女優の言葉を肝に銘じて、バーナビーはエレベータを降りる。
約束の場所で虎徹が待っている。
早く、彼の隣に行きたかった。
コメントする